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「ヘンリエッタ嬢。君に詫びねばならない。」
先ほどの穏やかな空気を一転させたエドワードにヘンリエッタは驚いた。
エドワードは瞬く程の一瞬で、王族の覇気を纏った。彼は真実からヘンリエッタに向き合おうとしている。
ヘンリエッタもそれに居住まいを正した。
「君に詫びるのは今の事ではない。二年前、私はハロルドを犠牲にした。今もそれを悔いている。ハロルドばかりではない。ヘンリエッタ嬢、君にも。」
その先をヘンリエッタは聞きたいとは思わなかった。もう終わった事だ。既に終わってしまった事を今更掘り返されても古傷が疼くだけに思えた。
「君達を犠牲にした事を無駄にしたくは無かった。だから、君達が再び婚約を結べたことを、私は心から嬉しく思っていたのだよ。」
真正面から見据えてくるヘンリエッタの視線をそのまま受け止めて、エドワードはヘンリエッタの榛色の瞳を見つめ返した。
「ふっ、ハロルドが君に惹かれるのも頷ける。そんな強い眼差しで王族である私を真正面から見据えるご令嬢を、君以外に私は知らない。清々しいほど清廉で凛々しく逞しい。得難い女性であるのだな、なあ、ハロルド。」
背後のハロルドに言いながら、視線は尚もヘンリエッタに向けられている。ヘンリエッタもそんなエドワードから視線を外せずにいた。まるで縫い留められてしまったように動かすことが出来ずにいる。
エドワードは今、何を話そうとしているのだろう。聞きたくないのに思い出したくないのに、今聞かなければ大きな事を違えたままこれから先の人生を進んでしまう事になる。
それはハロルドから打ち明けてほしいと思った事だ。それを大元の原因であろうエドワードが語ろうとしている。
縫い留められた視線の先を、漸くハロルドに移せば、直ぐに真っ青なロイヤルブルーの瞳に囚われた。ここに来て、初めてヘンリエッタはハロルドを視界に入れた。
見つめ合う二人をそのままに、エドワードが話し出す。
「私が真実望む婚約者はエレノアではない。」
「え?」
漸く視界に入れたハロルドから再びエドワードを見る。
「私の真の婚約者はカトレア王女だ。」
カトレア王女とは、隣国の第三王女である。エレノアの妹君である。
「君は知っているだろうか。隣国王女のカトレアが側妃殿下のお腹だと。エレノアとは異母姉妹だ。ロバートと同じ様な立場であろう。
私はね、彼女を、カトレアを得る為にハロルドを利用したのだよ。結果、君はその犠牲となって不遇な憂き目を見ることとなった。君が修道院へ行こうとしていたと聞いて、私は自分で自分が嫌になったよ。」
そこでエドワードはほんの一瞬目を伏せた。金色の睫毛がエメラルドの瞳に影を作った。それも直ぐに正面を向き直しヘンリエッタへと向けらた。
「カトレアに婚約を打診したのは私の意志だ。王弟として兄に仕えるのに、彼女は私の妃として申し分無かった。何より彼女に惹かれていた。側妃腹と言ったが、隣国は過去に少々問題があってね、側妃より王妃の方が生まれの爵位が低いんだ。カトレアの母は隣国の筆頭公爵家の長子であった。それに対して王妃は男爵令嬢だ。言いたい事は解るよ。まるで下世話な小説か何かの様だ。
その通り、隣国王は元々の婚約者であるカトレアの母との婚約を解いて、お気に入りの男爵令嬢を王妃に据えた。そうして公爵家の力を欲する為に、婚約を解消した元の婚約者を側妃に迎えた。そう言われている。まあ、真実は神と王と側妃のみが知るのかな。」
突っ込みどころ満載の話しに、初っ端からヘンリエッタは覚悟した。思った以上にこの話が面倒なものを孕んでいるのが聞く前から解ってしまった。
下々で流行りの小説に擬えるなら、側妃腹のカトレアを異母姉のエレノアが虐げていたと言うところか。
「隣国への遊学を決めたのは、婚約を打診していたカトレアの近くにいる為だ。当然エレノアが茶々を入れてくるのも承知していた。予想外であったのは、エレノアがハロルドに一目惚れしたことかな。」
「一目惚れ..」
ここで漸くヘンリエッタは言葉を発した。なんとも拍子抜けした声音であったが。
「エレノアは、当然の様に私に纏わりついて、器用にもハロルドからも離れなかった。カトレアはね、聡明な姫なんだよ。姉の愚行に呆れ果て、争い事の火種となる私との婚約話を手放そうとした。そうして王妃の生まれである男爵家より爵位の劣る準男爵の嫡男へ嫁ごうとした。そうやってエレノアの気を削ごうとした。
それを私はどうしても見逃せなかった。準男爵家の嫡男とは、カトレアの護衛騎士でね、カトレアは、私との婚約話を蹴って側付きの護衛に懸想した愚かな姫を演じて、母や公爵家に害意が及ばないよう画策した。思うに、エレノアのことが心底面倒になったのではないかな。
ヘンリエッタ嬢。エレノアとは蛇の様な女だよ。あること無いこと屁理屈で難癖をつけて人を貶めるのが得意なんだよ。王妃も似た様なものでね、隣国の未来が保たれているのは王太子殿下と第一王女殿下が父王似であったからだ。元の婚約者を側妃に落とした隣国王とは噂のような愚王ではないのだよ。あまり深くは明かせないがね。
残念なのは、それを私が見抜けなかった事だ。後で父からお叱りを受けたよ。知っていたならハロルドも、そうして君も犠牲にせずとも済んだんだ。後始末を宰相に、それからハロルドの父にも負わせてしまった。私はこの過ちを教訓にせねばならないんだ。物事の裏側に鼻を利かせる嗅覚を磨かねばならない。」
悲しげにも情けなさげにも見える眉を下げたエドワードの顔を、ヘンリエッタは瞬きも出来ぬまま見詰める外は無かった。
先ほどの穏やかな空気を一転させたエドワードにヘンリエッタは驚いた。
エドワードは瞬く程の一瞬で、王族の覇気を纏った。彼は真実からヘンリエッタに向き合おうとしている。
ヘンリエッタもそれに居住まいを正した。
「君に詫びるのは今の事ではない。二年前、私はハロルドを犠牲にした。今もそれを悔いている。ハロルドばかりではない。ヘンリエッタ嬢、君にも。」
その先をヘンリエッタは聞きたいとは思わなかった。もう終わった事だ。既に終わってしまった事を今更掘り返されても古傷が疼くだけに思えた。
「君達を犠牲にした事を無駄にしたくは無かった。だから、君達が再び婚約を結べたことを、私は心から嬉しく思っていたのだよ。」
真正面から見据えてくるヘンリエッタの視線をそのまま受け止めて、エドワードはヘンリエッタの榛色の瞳を見つめ返した。
「ふっ、ハロルドが君に惹かれるのも頷ける。そんな強い眼差しで王族である私を真正面から見据えるご令嬢を、君以外に私は知らない。清々しいほど清廉で凛々しく逞しい。得難い女性であるのだな、なあ、ハロルド。」
背後のハロルドに言いながら、視線は尚もヘンリエッタに向けられている。ヘンリエッタもそんなエドワードから視線を外せずにいた。まるで縫い留められてしまったように動かすことが出来ずにいる。
エドワードは今、何を話そうとしているのだろう。聞きたくないのに思い出したくないのに、今聞かなければ大きな事を違えたままこれから先の人生を進んでしまう事になる。
それはハロルドから打ち明けてほしいと思った事だ。それを大元の原因であろうエドワードが語ろうとしている。
縫い留められた視線の先を、漸くハロルドに移せば、直ぐに真っ青なロイヤルブルーの瞳に囚われた。ここに来て、初めてヘンリエッタはハロルドを視界に入れた。
見つめ合う二人をそのままに、エドワードが話し出す。
「私が真実望む婚約者はエレノアではない。」
「え?」
漸く視界に入れたハロルドから再びエドワードを見る。
「私の真の婚約者はカトレア王女だ。」
カトレア王女とは、隣国の第三王女である。エレノアの妹君である。
「君は知っているだろうか。隣国王女のカトレアが側妃殿下のお腹だと。エレノアとは異母姉妹だ。ロバートと同じ様な立場であろう。
私はね、彼女を、カトレアを得る為にハロルドを利用したのだよ。結果、君はその犠牲となって不遇な憂き目を見ることとなった。君が修道院へ行こうとしていたと聞いて、私は自分で自分が嫌になったよ。」
そこでエドワードはほんの一瞬目を伏せた。金色の睫毛がエメラルドの瞳に影を作った。それも直ぐに正面を向き直しヘンリエッタへと向けらた。
「カトレアに婚約を打診したのは私の意志だ。王弟として兄に仕えるのに、彼女は私の妃として申し分無かった。何より彼女に惹かれていた。側妃腹と言ったが、隣国は過去に少々問題があってね、側妃より王妃の方が生まれの爵位が低いんだ。カトレアの母は隣国の筆頭公爵家の長子であった。それに対して王妃は男爵令嬢だ。言いたい事は解るよ。まるで下世話な小説か何かの様だ。
その通り、隣国王は元々の婚約者であるカトレアの母との婚約を解いて、お気に入りの男爵令嬢を王妃に据えた。そうして公爵家の力を欲する為に、婚約を解消した元の婚約者を側妃に迎えた。そう言われている。まあ、真実は神と王と側妃のみが知るのかな。」
突っ込みどころ満載の話しに、初っ端からヘンリエッタは覚悟した。思った以上にこの話が面倒なものを孕んでいるのが聞く前から解ってしまった。
下々で流行りの小説に擬えるなら、側妃腹のカトレアを異母姉のエレノアが虐げていたと言うところか。
「隣国への遊学を決めたのは、婚約を打診していたカトレアの近くにいる為だ。当然エレノアが茶々を入れてくるのも承知していた。予想外であったのは、エレノアがハロルドに一目惚れしたことかな。」
「一目惚れ..」
ここで漸くヘンリエッタは言葉を発した。なんとも拍子抜けした声音であったが。
「エレノアは、当然の様に私に纏わりついて、器用にもハロルドからも離れなかった。カトレアはね、聡明な姫なんだよ。姉の愚行に呆れ果て、争い事の火種となる私との婚約話を手放そうとした。そうして王妃の生まれである男爵家より爵位の劣る準男爵の嫡男へ嫁ごうとした。そうやってエレノアの気を削ごうとした。
それを私はどうしても見逃せなかった。準男爵家の嫡男とは、カトレアの護衛騎士でね、カトレアは、私との婚約話を蹴って側付きの護衛に懸想した愚かな姫を演じて、母や公爵家に害意が及ばないよう画策した。思うに、エレノアのことが心底面倒になったのではないかな。
ヘンリエッタ嬢。エレノアとは蛇の様な女だよ。あること無いこと屁理屈で難癖をつけて人を貶めるのが得意なんだよ。王妃も似た様なものでね、隣国の未来が保たれているのは王太子殿下と第一王女殿下が父王似であったからだ。元の婚約者を側妃に落とした隣国王とは噂のような愚王ではないのだよ。あまり深くは明かせないがね。
残念なのは、それを私が見抜けなかった事だ。後で父からお叱りを受けたよ。知っていたならハロルドも、そうして君も犠牲にせずとも済んだんだ。後始末を宰相に、それからハロルドの父にも負わせてしまった。私はこの過ちを教訓にせねばならないんだ。物事の裏側に鼻を利かせる嗅覚を磨かねばならない。」
悲しげにも情けなさげにも見える眉を下げたエドワードの顔を、ヘンリエッタは瞬きも出来ぬまま見詰める外は無かった。
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