ヘンリエッタの再婚約

桃井すもも

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「ブリジット、どう思う?ちょっと私には...」
「素敵よね、BBべべ。」

ヘンリエッタとマルクスに、同時に同意を求められたブリジットは、

「とても良くお似合いです、お嬢様。」
と、至極真面目な顔で答えた。

ドレスが仕上がった。コーラルピンクのドレスである。

「こんな明るい色を着るのは幼い頃以来よ。」
「でも似合ってる。それで良いじゃない。」

それに、とマルクスは続ける。

「それに、甘い色合いも貴女が纏えば品が出るのだと言う良い証明になっているわ。」

「そ、そう?でも、これは流石に...」

マルクスがデザインしたドレスは、ホルターネックのバックレスドレスであった。前身頃のシングルストラップを首の後ろでリボン結びに結わえている。その為、背中は大きく開いて素肌を晒す事となる。
乙女のヘンリエッタにはハードルが高い大人のドレスであった。

「貴女、お胸がささやかだから嫌らしさが出ないのよ。その分、スカートを膨らませているから可憐さも残している。大人のお色気と令嬢の初々しさに吸いつく様な白い肌。欲をそそるポイントが三つ巴のドレスよ。これ、絶対売れるわ。」

もう商いの算段に入っているマルクスに、ヘンリエッタは渋々頷いた。

「それでマリー、貴女はどんな衣装にしたの?真逆、コーラルピン「止して頂戴。そんな訳無いでしょう。」

全身コーラルピンクを纏ったマルクスを想像したが、彼なら似合うのではないかと思った。本人は全否定であったが。

「限りなく漆黒に近い濃紺の生地にシャンパンゴールドの刺繍を入れるわ。貴女と私の色を纏うの。」

「貴女の瞳は鮮やかな青なのよ。ロイヤルブルーがきっと似合うわ。」

「貴女のコーラルを引き立てたいのよ。私達、二人で一人なのよ。」
「「確かに。」」

ヘンリエッタとブリジットは同時に頷く。

「そうねえ。貴女の装飾品にゴールドを入れようかしら。私の髪色の。真鍮細工にシトリンを入れて...」

そこからは、マルクスは暫しイメージする様にヘンリエッタを見つめた。あまりに見つめられるから、ヘンリエッタはむずむずと恥ずかしくなってしまった。



ヘンリエッタは、多分どこかで待っていた。ハロルドが、今度は彼らしい誠意を見せてくれるのだと。
自分の心の内は小説に投影しながら昇華した。した筈である。
音信不通の婚約者。それを確かめない婚約者。ハロルドもヘンリエッタも、多分どちらも間違っている。

王家主催の夜会であるから、ハロルドはエドワード殿下に侍るのだろう。そうであるなら一言そう文に書いてくれたなら、ヘンリエッタは納得出来るのに。

考え過ぎるとついつい後ろ向きの言葉が出て来る。いけない、いけない、と気持ちを切り替えてトルソーを眺めた。
トルソーにはコーラルピンクのドレスが掛けられて、まるで頬を上気させる初々しい令嬢の姿を体現したような甘やかな色彩を放っていた。

母の侍女や侍女頭まで眺めて「素敵ですわ、お嬢様。」と溜め息を漏らしていたから、マルクスのデザインしたドレスは、きっと夜会でも貴婦人方を虜にすることだろう。まあ、それも私次第だけれどね、とヘンリエッタはやや自虐的な事を考える。

「マリーったら、ささやかなお胸って言ったわね。」

密かな劣等感をくすぐられてしまって、ヘンリエッタは少しばかり拗ねてしまった。

「こんな子供っぽい姿だから婚約者の心が離れてしまったのかしら。」

ヘンリエッタに妖艶な魅力があったなら、ハロルドはもっと誠意を示してくれたのだろうか、そんな事まで考えてしまう。

両手で胸元に手の平を当ててみる。
「ほんと。悔しいくらいささやかだわ。」

ヘンリエッタの拗ねてしまったおヘソは暫く元に戻らなかった。


夜会の当日は、久しぶりに引き籠りのお嬢様が外に出るからと、またまた母の侍女達まで参入してヘンリエッタを装った。

「お嬢様は磨けば光る珠なのです。」

自信たっぷりに侍女が言うのにも、へそ曲がりのヘンリエッタは「磨かなければどうなるのだろう」と相変わらず後ろ向きな事を考えていた。

コーラルピンクはヘンリエッタの白い肌に良く馴染んだ。ホルターネックの後ろ姿は、うなじに結ばれたストラップリボンが令嬢らしく可憐であるのに、背中の露わになった真っ白な諸肌が艶めかしく、つい指先で触れたい欲を唆る。

白い頬に薄紅色の頬紅をはたき、唇には以前も使った淡桃色の紅を塗った。
目元も淡い紅の粉に目尻ばかりはきりりと漆黒のラインを引いて、「凄いわ、目が大きく見える」とヘンリエッタを驚かせた。

耳元に飾る耳飾りは、マルクスの言った通り真鍮細工の小花が大粒のシトリンを囲んでおり、真鍮の鈍色と輝石の透明感が美しい。

「このシトリンはマリーの色ね。」と言えば、ブリジットがお嬢様のお色でもありますわ、と言う。

プラチナブロンドの髪をゆったりと結い上げて、飾る生花は棘を抜いた蔓薔薇であった。小さな薔薇の花弁を幾つも重ね合わせて、左耳の上に飾った。

「可憐にしてつやめかしい。お美しゅうございます、お嬢様。」

侍女頭がそう言うと、何故だか拍手が起こった。まるで、良くぞここまで化けてくれましたと言わんばかりの拍手であった。


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