負社員

葵むらさき

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第55話 押して駄目なら引いてみな、引いても駄目なら落としちゃえ

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「開かない?」天津が厳しい表情で問う。「どういう事?」
「何か、邪魔が入ってる感じだな」酒林が低く呟く。「あの野郎」
「スサノオか」大山が溜息混じりに続ける。
「しつこい輩だ」石上も怒りのこもった声で言う。
「もう『スサノオ』じゃなくていいすよ」伊勢が、拍子抜けするほどに明るい声で言った。
「え?」他の神たちは一瞬驚いたが、「ああ……」とすぐに納得した。
「あの“出現物”野郎」伊勢は声に笑いをすら含んで呼び捨てた。
「あ」大山が思い出したように問う。「クライアントさんの方は、大丈夫そう?」
「あ、はいもう」伊勢が元気良く答える。「全部お任せするからーって、磯田社長が」
「さっすが」住吉が賛辞の声を送る。「マダムキラー」
「俺どっちかっていうと城岡君推しなんだけどね」伊勢が答える。
「あーあのちょっと拗ねたようないっつも斜め下とか見てる感じの子」住吉がさらに答える。
「なんかちょっと守護してあげたくなるよね」伊勢がくすくす笑う。
「まあ」大山が割って入る。「了承もらえたとはいえ、クライアントの業務時間延ばすわけにはいかないからな。急ごう」
「了解」酒林が応える。「鹿島さん、いけそうすか」
「うん、いや」鹿島は肯定して否定した。「スサ……あの出現物が何をどうするつもりなのか」
「まさかさっきのホットスポットに神舟ごと持って行こうってんじゃないだろうな」酒林が推測する。「空洞強化とかなんとかの為に」
「しかし」天津が疑問の声を挙げる。「空洞を造ったとしても、そこに入る新人がいなくなってしまったとしたら意味がないんじゃ」
「やめてよ、縁起でもない」木之花が戦慄の声で遮る。
「ごめん」天津は比喩的に肩をすくめる。
「けどあまつんの言う通りだよな」酒林が続ける。「空洞に入って地球と対話する役割の新人をマグマと一緒に融かしちまったら」
「やめてってば」木之花は金切り声に近い声で遮る。
「ごめん」天津が再度謝る。
「コールドプリュームに、引っ張ってくか」鹿島が提案する。「向こうがホットプリュームまで持って行こうって腹積もりなんだったら」
「コールドプリュームに?」神たちは一斉に繰り返す。
「ああ」鹿島は頷く。「地球システムに乗っからせてもらうって事になるけどな」
「でも、コールドプリュームというとコアの方にまで下ろすって事?」大山が確認する。「大丈夫すか?」
「正直」鹿島はゆっくりと答える。「わからん」
「ええっ」
「鹿島さんにも?」
「まあ確かに、そんなとこにまで手を出したことないもんな」神たちは騒ぎ出した。
「あいつ」伊勢がぽつりと呟く。「何やってんだかな……たく」

     ◇◆◇

「恵比寿さーん」結城が天井に向かって呼びかける。
 白い壁が湾曲しながら天井まで続くが、窓もなければ昇降口を開くレバーらしきものも付いていない。
「おーい」結城が両手を口の横に当てて再度声をかける。「誰かー」
「何が起こっているのか」時中は苛立ちを隠そうともせず眉根を最大限にしかめて言う。「どうにかならないのか」
「私たちは岩の中にいるのでしょうか」本原が質問する。
「うん」結城が本原に答える。「恵比寿さん、そう言ってたよね」
「ではこのままだと酸素がなくなったりするのでしょうか」本原が再度質問する。
「――」結城そして時中はすぐに回答できなかった。
「これで」本原がウエストベルトからハンマーを抜き出す。「叩いたらまずいでしょうか」三度質問する。
「――」結城そして時中はやはり即答できかねた。
「これは」本原はさらにウエストベルトからデコレーションの施された黒い端末機器を取り出した。「どういう表示なのでしょうか」
「――」結城そして時中は言葉もないまま本原の差し出す端末画面を見た。
 そこには、白い数字が激しく動いていた。激しく数値が上昇していくかと思えば突然ぴたりと止まり、すぐに今度は激しく下降を始める。
「なんだ? この数字」結城が時中ばりに眉根を寄せて端末画面に顔を近づける。
「何を表すものなのか」時中は結城の肩の上から同じく眉根を寄せて端末画面に顔を近づける。
「またマヨイガさまがお越しになるのでしょうか」本原は推測を述べた。
「まさか!」結城は勢い良く否定した。「もういいでしょあの人は。お越しにならなくていいよもう」首を振る。
「何というか、数字がプラス方向とマイナス方向に引っ張り合っているような感じがするな」時中はマヨイガの話には乗らず、冷静に端末画面上の数値の動きを目で追い続けていた。「二つの力が拮抗しているようだ」
「何の?」結城が訊き、
「何のですか」本原が訊いた。
「――」時中は首を傾げた。「妥当なところで言うならば、スサノオと神たちだろうな」
「ほうほう」結城は繰り返し頷く。「俺らを取り合って引っ張り合いっこしてるのか」
「では私たちはどうなるのでしょうか」本原が質問する。
「神さまたちが勝てば無事に出られるんだろうけど」結城が腕組みする。「スサノオが勝ったらどうなるの? マグマと一緒に固められるってこと?」
「ばかな」時中が唾棄する。「正気じゃない」
「まあ、スサノオだもんねえ」結城が溜息混じりに言う。
「――」時中と本原は言葉もなく結城を見た。
「ん?」結城が二人を見返す。
「スサノオはお前ではないのか」時中が問う。
「俺?」結城が自分を指す。「いやいや、違う違う」両手を広げて振り、首も振る。「俺は俺」
「けれどスサノオは自分がスサノオだということに気付いていない可能性が高いと伊勢さまが仰っていました」本原が問う。「結城さんは自分がスサノオだということに気付いていないのではないのですか」
「えー」結城は自信のない声で疑う。「気付いてないこともないと思うけどねえ」
「では気付いているのか」時中が問う。
「いや、気付いてない」結城は否定する。
「ではスサノオだけれど気付いていないのですね」本原が問う。
「えーと」結城は天井を振り仰ぎ目を閉じた。「天津さーん」
「どっちでもいい」時中が結論を出した。「何とかしろ」白い神舟の壁をぐるりと指差す。
「何とかー」結城は目を閉じたまま何かに呼びかけ、それから「あっそうだ!」と目を開けた。「忘れてた」
「何をだ」時中が問い、
「何をですか」本原が問う。
「あのお方をだよ」結城は両腕を天井方向に向けて伸ばした。「偉大なる、母なる地球さま」
「――」時中と本原はすぐに返答できなかった。
「お――い」結城はひときわ声を大にして呼んだ。「鯰――」

「うるさいよ」多少うんざりしながらも甲高い声が答えた。

「ああ、鯰さま」結城が両手を額の前で強く組む。「どうか私たちをここからお出し下さい」
「やなこった」鯰は即答した。「あたしにゃ関係ない」
「そんな、そこを何とか」結城は組んだ両手を頭上で前後に振りながら請うた。「地球さまのお力でなんとかしていただけないすか」
「岩っちに何しろって?」鯰が問う。「あんたらをその丼みたいなやつから引っ張り出せっていうの?」
「あ、そうそう、そうっす! 丼から!」結城は意志の伝わったことへの歓喜によりますます声を大きくした。「いけますか!」
「ちょっと待って」鯰はそう言ってしばらく黙った。
「よし!」結城は両の手を拳に握り締め叫び、他の二人を振り向いた。
 時中と本原は共に無言で両耳を塞いでいた。

     ◇◆◇

「神舟が」神たちは叫んだ。「融けていく」
「いや」木之花が絶望の悲鳴を挙げる。「やめて」
「地球がやってるんだ」天津もかすれた声で言った。「どうして」
「鯰」恵比寿が池に向かって叫ぶ。「何やってんだ地球は」
「あんたらがもたもたしてるからでしょ」鯰はうんざりしたような声で答えた。「新人たちが岩っちに頼んでくれって言うからそうしただけだけど」
「やめろ」酒林が叫ぶ。「今あの子らを出したら熱で融かされる」
「あーそれはしないって」鯰は呑気な声で答えた。「岩っちが言ってた」
「え?」神たちは拍子抜けした。「それはしない?」
「岩っちのシステムの中に人間を加えるのは御免だってさ」鯰は地球の言葉を伝えた。「岩っち、ちょっと怒ってるかも」
「――」神たちは誰も、すぐに返答できなかった。
「あの子たちは」木之花が茫然と問う。「どうなるの」
「さあ」鯰は甲高い声で短く答えた。「どこかの洞窟に解放されると思うけど。後はよろしくねー」
「おい」
「どこの洞窟だ」
「地球に聞き出してくれ」
「鯰」神たちは口々に要望を叫んだ。
「おたくらに教えたらスサノオにもばれるから教えないってさ」鯰が答える。「まあ、運が良けりゃあの子ら自身で戻って来るさ」
「おい」
「待て」
「教えてくれ」
「鯰」神たちは口々に要望を叫んだが、鯰からの回答はなかった。
「まずいな」鹿島が眉を寄せる。「スサノオの手は防げるとしても、他の出現物が出たら」
「どこに」天津が苦しげに声を絞り出す。
「プレートすべてをサーチするか」大山が焦燥の声で言う。「しかし時間がかかり過ぎる」
「まさかマントルじゃないよね」恵比寿がかすれた声で言う。
「くっそ、せめて何かヒントとか手がかりとか」住吉が歯噛みする。
「大丈夫す」伊勢が皆に声をかける。「あいつがきっと動くす」
 神たちははっと顔を挙げた。
「ここで動かなかったら、ぶっ飛ばすす」伊勢は目を細めて言い放った。
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