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第11話 魔界への扉を開けてしまったかのような緊迫感も特には
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泥のように眠って眼醒めた朝だった。
泥――泥岩のように? シルト岩のように? いっそホルンフェルスになっちゃおうかな。結城はぼんやりとベッドの中でそんな事を思い、ぼんやりと笑った。
昨日までに受けた研修の内容――ノートやテキストに書かれたものを、彼は夜遅くまで熱心に頭に叩き込んでいた。岩石についての知識、イベント時に唱える呪文、儀式の手順、まずまずのところ自分の身についたと言えるだろう。
だがまだ、机上研修が終わったばかりだ。まだまだこれから、現場の研修において多大なる事柄を学んでいかなければならないのだ。
「よし」結城はベッドの中で力強く頷き、しばらくそのまま静止し、目を閉じ、十秒後にごろりと右向きになり、しばらくそのまま動かなかった。
すう
という己れの寝息の音に彼はハッと眼醒め、マットに手をついて体を起こした。目醒し時計は五分経過を示していた。
「うわー、危ねえ」結城は目をこすりながら立ち上がった。「もう少しで泥のように二度寝するとこだった」
◇◆◇
「今日から実技研修となります。まず今日と明日は実際の現場ではなく、練習用として設置された洞窟に入り練習をします。そして明後日から実際の現場での研修、つまりOJTとなります」天津は研修室で三人に説明した。
結城、時中、本原三人の新入社員らには、ライト付きゴーグルと大きなハンマーが渡されていた。
「練習用の洞窟って、どこにあるんですか」時中が訊く。
「この、地下です」天津は床を指差して答えた。「専用のエレベータで降りて行きます」
天津は先立って部屋を出てゆき、三人はそれに従って廊下を進んだ。
「いやあー、わくわくするなあ」結城が肩を上下させながら興奮気味に言う。「海に潜る時みたいなワクワク感だよ」
「そういえば結城さんは、スキューバダイビングをなさるんですよね」天津が肩越しに振り返り訊く。
「はいっ」結城は大きく頷く。「この辺の海はもう、私の庭のようなものでして」
「あまり海を荒らさないでね。皆が困るから」本原が結城の話を遮り忠告する。
「あ、もちろん、そんなことはしませんよ」結城は手を振りながら笑う。「ちゃんとルールを守った上で」
「人間のルールだけじゃダメなの」本原はにこりともせず更に忠告する。「海には海の世界のルールがあるの」
「あ、……海の、世界?」結城は目を丸くして訊き返す。
「海の中にはクーたんが棲んでいるの」本原が、真剣至極な顔で言った。
「クーたん?」結城は大きな声で訊き返した。
「クーたんは海の世界の平和と秩序を守るために日夜活躍しているの」頷きもせず無表情のまま、本原は淡々と説明した。「泡の魔力で敵と闘うの」
「魚?」結城は目を丸くして再び訊いた。
「違う。クーたんは海の守護を司る汎精霊」
「反省礼?」結城はみたび訊いた。
「よく対話し続けられるな。まともな神経じゃない者同士だからか」時中の声に結城が振り向くと、彼は歩きながらゾディアックのように眉間と額に忌々しげな皺を深く寄せていた。
「えーと、このエレベータから降りて行きます」天津の声に結城がもう一度前を向くと、いつの間にか一同はぽつねんと存在するそのドアの前に到着していた。
天津が壁のボタンを押すと、ドアはすぐに左右に開いた。見たところは普通の、どこにでもあるようなエレベータだ。ただその行き先が、通常ではないものだ。洞窟につながる、それはエレベータなのだった。
しかし乗り心地といい内部の様子といい、見た目はどこまでも普通の、どこにでもあるようなエレベータだった。とはいえ地下へ降りてゆくまでの時間は、さすがに長く感じられた。エレベータはどんどん下っていく。
「何分ぐらいかかるんですか」時中がまたしても質問する。「研修用の洞窟まで」
「そうですね、練習用なのでまあ、二、三分程度でしょう」
「じゃあ実際の現場に行く時はもっと時間がかかるのですか」本原が問う。
「長くかかるところもあれば、そんなにかからないところもあります」天津は説明する。「あ、ちなみにトイレはなるべく事前に済ませといて下さい。中に設備がないわけでもないのですが、行ってる余裕がない事もありますから」笑う。
「余裕、とは」時中が突っ込む。「時間的な余裕ですか、それとも精神的な」
「――えーと」天津は薮蛇といいたそうな表情を垣間見せつつも「まあ、最初は両方、でしょうかね……」ともぐもぐ答える。「皆さん緊張するでしょうし」
「うん、確かにそうですね」結城は大いに納得の声を挙げた。「本原さん、トイレは大丈夫かな」
本原は答えず、エレベータはその直後減速しゆっくりと止まった。ドアが左右に開く。
「おおっ」結城が叫ぶ。
だがそこはただのエントランスで、いきなり岩盤が口を開けて三人を待っているわけではなかった。小さな、ビルのロビーと似た空間だ。
「このドアの向こうから、洞窟になります」天津がまた先に立ち、スチール製と見えるドアのノブを握る。「それでは皆さん、参りましょう」そして天津はドアノブを内側に引いてドアを開き、外へ出てから三人に振り向き頷いた。
出てみると、思ったほど広くはなく、幅三メートルもあるだろうか、ごつごつとした岩に囲まれた道が先へと続いていた。
「こんなところでイベントが行われるんですか」先頭に立った結城は、質問した。
すぐに天津が返事をしてくれるものと思っていたが、誰の声も聞えない。不思議に思い振り向くと、三人とも各自の耳を両手で塞いでいた。
「すみません、結城さん」天津が申し訳なさそうに、だが眉をしかめつつ結城に答えた。「ここは狭い洞窟の中ですので、音声が反響してしまいます。できればお声はもう少し小さく、控えていただければと」
「あ」一瞬、また普通の声で返事をしそうになったが、修は慌てて「控え」た。「すいません」
「いえ。ええと、イベントは、はい、もう少し進んだところで行われます」天津が取り繕いの笑顔で説明した。
「実際のイベントには、何人参加するんですか」時中が続いて質問した。
「基本的には、皆さんのみです」天津は三人を手で示した。
「我々」結城が訊き返しかけ、
「うるさい」本原がさえぎった。
泥――泥岩のように? シルト岩のように? いっそホルンフェルスになっちゃおうかな。結城はぼんやりとベッドの中でそんな事を思い、ぼんやりと笑った。
昨日までに受けた研修の内容――ノートやテキストに書かれたものを、彼は夜遅くまで熱心に頭に叩き込んでいた。岩石についての知識、イベント時に唱える呪文、儀式の手順、まずまずのところ自分の身についたと言えるだろう。
だがまだ、机上研修が終わったばかりだ。まだまだこれから、現場の研修において多大なる事柄を学んでいかなければならないのだ。
「よし」結城はベッドの中で力強く頷き、しばらくそのまま静止し、目を閉じ、十秒後にごろりと右向きになり、しばらくそのまま動かなかった。
すう
という己れの寝息の音に彼はハッと眼醒め、マットに手をついて体を起こした。目醒し時計は五分経過を示していた。
「うわー、危ねえ」結城は目をこすりながら立ち上がった。「もう少しで泥のように二度寝するとこだった」
◇◆◇
「今日から実技研修となります。まず今日と明日は実際の現場ではなく、練習用として設置された洞窟に入り練習をします。そして明後日から実際の現場での研修、つまりOJTとなります」天津は研修室で三人に説明した。
結城、時中、本原三人の新入社員らには、ライト付きゴーグルと大きなハンマーが渡されていた。
「練習用の洞窟って、どこにあるんですか」時中が訊く。
「この、地下です」天津は床を指差して答えた。「専用のエレベータで降りて行きます」
天津は先立って部屋を出てゆき、三人はそれに従って廊下を進んだ。
「いやあー、わくわくするなあ」結城が肩を上下させながら興奮気味に言う。「海に潜る時みたいなワクワク感だよ」
「そういえば結城さんは、スキューバダイビングをなさるんですよね」天津が肩越しに振り返り訊く。
「はいっ」結城は大きく頷く。「この辺の海はもう、私の庭のようなものでして」
「あまり海を荒らさないでね。皆が困るから」本原が結城の話を遮り忠告する。
「あ、もちろん、そんなことはしませんよ」結城は手を振りながら笑う。「ちゃんとルールを守った上で」
「人間のルールだけじゃダメなの」本原はにこりともせず更に忠告する。「海には海の世界のルールがあるの」
「あ、……海の、世界?」結城は目を丸くして訊き返す。
「海の中にはクーたんが棲んでいるの」本原が、真剣至極な顔で言った。
「クーたん?」結城は大きな声で訊き返した。
「クーたんは海の世界の平和と秩序を守るために日夜活躍しているの」頷きもせず無表情のまま、本原は淡々と説明した。「泡の魔力で敵と闘うの」
「魚?」結城は目を丸くして再び訊いた。
「違う。クーたんは海の守護を司る汎精霊」
「反省礼?」結城はみたび訊いた。
「よく対話し続けられるな。まともな神経じゃない者同士だからか」時中の声に結城が振り向くと、彼は歩きながらゾディアックのように眉間と額に忌々しげな皺を深く寄せていた。
「えーと、このエレベータから降りて行きます」天津の声に結城がもう一度前を向くと、いつの間にか一同はぽつねんと存在するそのドアの前に到着していた。
天津が壁のボタンを押すと、ドアはすぐに左右に開いた。見たところは普通の、どこにでもあるようなエレベータだ。ただその行き先が、通常ではないものだ。洞窟につながる、それはエレベータなのだった。
しかし乗り心地といい内部の様子といい、見た目はどこまでも普通の、どこにでもあるようなエレベータだった。とはいえ地下へ降りてゆくまでの時間は、さすがに長く感じられた。エレベータはどんどん下っていく。
「何分ぐらいかかるんですか」時中がまたしても質問する。「研修用の洞窟まで」
「そうですね、練習用なのでまあ、二、三分程度でしょう」
「じゃあ実際の現場に行く時はもっと時間がかかるのですか」本原が問う。
「長くかかるところもあれば、そんなにかからないところもあります」天津は説明する。「あ、ちなみにトイレはなるべく事前に済ませといて下さい。中に設備がないわけでもないのですが、行ってる余裕がない事もありますから」笑う。
「余裕、とは」時中が突っ込む。「時間的な余裕ですか、それとも精神的な」
「――えーと」天津は薮蛇といいたそうな表情を垣間見せつつも「まあ、最初は両方、でしょうかね……」ともぐもぐ答える。「皆さん緊張するでしょうし」
「うん、確かにそうですね」結城は大いに納得の声を挙げた。「本原さん、トイレは大丈夫かな」
本原は答えず、エレベータはその直後減速しゆっくりと止まった。ドアが左右に開く。
「おおっ」結城が叫ぶ。
だがそこはただのエントランスで、いきなり岩盤が口を開けて三人を待っているわけではなかった。小さな、ビルのロビーと似た空間だ。
「このドアの向こうから、洞窟になります」天津がまた先に立ち、スチール製と見えるドアのノブを握る。「それでは皆さん、参りましょう」そして天津はドアノブを内側に引いてドアを開き、外へ出てから三人に振り向き頷いた。
出てみると、思ったほど広くはなく、幅三メートルもあるだろうか、ごつごつとした岩に囲まれた道が先へと続いていた。
「こんなところでイベントが行われるんですか」先頭に立った結城は、質問した。
すぐに天津が返事をしてくれるものと思っていたが、誰の声も聞えない。不思議に思い振り向くと、三人とも各自の耳を両手で塞いでいた。
「すみません、結城さん」天津が申し訳なさそうに、だが眉をしかめつつ結城に答えた。「ここは狭い洞窟の中ですので、音声が反響してしまいます。できればお声はもう少し小さく、控えていただければと」
「あ」一瞬、また普通の声で返事をしそうになったが、修は慌てて「控え」た。「すいません」
「いえ。ええと、イベントは、はい、もう少し進んだところで行われます」天津が取り繕いの笑顔で説明した。
「実際のイベントには、何人参加するんですか」時中が続いて質問した。
「基本的には、皆さんのみです」天津は三人を手で示した。
「我々」結城が訊き返しかけ、
「うるさい」本原がさえぎった。
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