上 下
7 / 29
英雄の帰還

カルバス

しおりを挟む
 「っ、違う!何かの間違いだ!」

 言葉を失いまるで金魚のように口を開け閉めするサーゼルの姿に俺、カルバスは嘲笑を漏らす。
 それは酷く惨めな姿だった。
 今までの余裕ぶった仮面が剥がれ、サーゼルは周囲にそう隠しきれない焦燥を顔に張り付けながらそう叫ぶ。
 
 その時の彼にはもう、賢王と呼ばれていた頃の名残など存在しなかった。

 そこに居たのは悪事がバレ必死に言い訳するただの罪人でしかなかった。

 「全て陰謀だ!」

 サーゼルは今焦ることこそが余計疑いを濃くすることにも気づかず、唾を飛ばしながらそう怒鳴る。
  
 「本当、なのか……」

 「で、でもまさかあの賢王がこんなことを……」

 「本人の言葉が真実が本当に違いないだろう!っ!俺はライム様になんてことを……」

 そんな中、徐々に民衆達の疑いは募っていた。
 
 「やっぱり、ライムはライムか」

 そしてその民衆達の態度を見て、俺は思わず微笑み漏らす。
 本人が出て来てライムの容疑を否定した。 
 それは確かにライムが冤罪であったことに目を向ける大きな要因なのかもしれない。
 だがそれでも大々的に行われた裁判の中、こんな風に直ぐ民衆達がライムを信じ始めているのは、俺がいなかった二年間もライムは変わらず必死に頑張っていたのだろう。

 魔族が攻めて来た時、戦える力など一切持たないくせに民衆を逃す時間を作るため1人で魔族の元まで出向いて行った、あの時のように。
 
 「くそっ!何で俺はライム様を信じられなかったんだ!ライム様をあんなに罵ってしまって……」

 1人の民衆の声がして、そしてその声に続いて何人もの鳴き声が聞こえる。
 彼らはライムのこと信じられなくて疑ってしまった人間なのだろう。 
 
 だが、それでもライムを罵ってしまったのはライムのことを本当に信じていたのが理由なんだろう。
 事実を知らず、冤罪でライムを罵ったことそれは決して笑って流せることでもない。
 
 「くそぉ!」

 でも、それでもライムはこんな風に泣いている民衆達をあっさりと許してしまう気がした。
 そして自分が被害者であるくせに泣きながら謝り出す姿が頭に浮かんで俺は思わず溜息を吐く。
 本当にライムは甘い。
 被害者のくせに勝手に謝ってくる相手がどれだけ苦しんでいるのか、そんなことを想像して謝るなんて正直戦場を生きて来た俺は最初信じられなかった程。

 ーーー でも今はその頭に浮かぶ彼女の姿が愛おしくてたまら無い。

 「あぁ、本当に俺も大概だ……」
 
 今も感じるライムの視線。
 おそらく彼女は未だ何が起こったか分かってい無いだろう。
 ライムは酷く頭がいい。
 だが、その代わり自分の想像してい無いことが起きれば思考が停止してしまう。
 そして俺は二年前と同じようにそんな状態に陥ったライムに駆け寄って、正気を取り戻させたい衝動に駆られる。
 だが、その衝動を俺は歯を食いしばって耐える。
 
 ライムと見つめ合いたい。
 あの可憐な、でも何処か抜けている顔を早く満面の笑みにしたい。

 「全部ライムがしたんだ!令嬢を殺したのも全てライムだ!」

 だが、今はまだその願いは叶えられ無い。
 俺は底冷えする目で国王を睨みつける。
 民衆へと逆効果であることに気づかず叫び飛ばすサーゼル。
 そしてあの男だけは決して許すことはでき無いと、そう静かに俺は決意を固めた。

 


 ◇◆◇




 「へぇ?本人が、国王に殺されかけたと証明しているのにまだそんなことを言うつもりか?」

 「っ!」

 底冷えした、殺意さえ込められた声は決して大きな声でもないのにも関わらず、今まで大声で騒ぎあっていた民衆達をも黙らす。
 そして、その声の標的であるサーゼルの顔からは血の気が引いていた。
 
 その時、ようやくその場にいる殆ど全員があることを確信しただろうことを俺は悟る。

 目の前の男は本当に英雄なのだと。
 彼は自身の婚約者を守るために再度この王国に戻って来たのだと。

 「衛兵!こいつは偽物だ!早く捕らえろ!」

 ーーー だが1人、目の前のサーゼルだけはそのことを認めようとはしなかった。

 いや、サーゼルは実際には一番最初に俺が英雄であることを悟っていたのだろう。
 だが、自分の立場を守る為にサーゼルは絶対に表立って認めることが無かっただけで。

 「こいつはただの偽物だ!ライムが、この売女の身体が目的なだけのただの変装だ!」

 サーゼルは民衆の感じる俺の印象を少しでも下げるために、そうライムを嘲笑いながら告げる。
 
 その自分の言葉によって、民衆達が怒りの表情を浮かべ始めていることにも気づかずに。

 「そうだ!この女達もだ!おそらくライムに金で雇われた人間に違いない!それで変装して全てのこの私、賢王に罪をなすりつけようとしただけの偽物だ!」

 そう叫ぶサーゼルの顔には本当にそれで誤魔化せたと思っているのか、安堵の色が浮かんでいた。
 そしてさらにライムを貶そうとサーゼルは口を開き、

 「私の、大切な娘を、偽物だと!」

 その時裁判の広場の中、被害者側に座っていた複数の人間が立ち上がって怒りの込めた口調でそう叫んだ。
 サーゼルは自分の言葉を阻まれた不機嫌さをその立ち上がった人間にぶつけようと苛立ちげに口を開く。

 「なっ!」

 そしてその立ち上がった人間が誰であるかを悟り、絶句した。
 サーゼルはその人物から距離を取ろうと後ろに数歩下がる。
 だが、その間に立ち上がった人間達はサーゼルとの間を詰め彼の胸倉を掴む。

 「私の娘が偽物だと?少し、話を聞かせて頂きましょうか!」

 怒りの表情でサーゼルの胸倉を掴む中年の男、それはこの国で国王でさえ無視でき無い力を持つ名門貴族の党首、つまりプリマ達の父親達だった……
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

「君は運命の相手じゃない」と捨てられました。

音無砂月
恋愛
幼い頃から気心知れた中であり、婚約者でもあるディアモンにある日、「君は運命の相手じゃない」と言われて、一方的に婚約破棄される。 ディアモンは獣人で『運命の番』に出会ってしまったのだ。

殿下はご存じないのでしょうか?

7
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 学園の卒業パーティーに、突如婚約破棄を言い渡されてしまった公爵令嬢、イディア・ディエンバラ。 婚約破棄の理由を聞くと、他に愛する女性ができたという。 その女性がどなたか尋ねると、第二殿下はある女性に愛の告白をする。 殿下はご存じないのでしょうか? その方は――。

処理中です...