悪役令嬢は魔王に愛される

影茸

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2.青年

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 「っ!どうしよう……」

 パニックから落ち着いて、まず私の心に浮かんできたのは激しい後悔だった。
 床に点々と続く血は、男性のもの。
 そしてそのことは私が投げた物が男性にかなり深い傷を与えたことを示している。
  助けて貰った人間に対して悲鳴をあげて物を投げつけ怪我をさせる、それは控えめにいっても人として最悪なことで、

 「ぁぁあ……」

 改めて自分のしたことの酷さに気づいた私は罪悪感で丸くなる。
 そして、私が懸念しなければならない問題はそれだけではない。
 あの青年が何の意図で私を助けてくれたかは分からない。  
 だが、例え善意で私を救ってくれたとしてもその恩を仇で返され、私を追い出そうと思わない訳がない。
 しかし、今私はこの場所から追い出されるわけにはいかない。
 ここがどこなのか正確な位置は分からないが、恐らく今も私を追いかけてきている村人達の目に止まらない場所であることは確かだろう。
 そしてそんな場所から、今の体力が極限まで削られた状態で出ていかなければならないのは何としても避けたい。

 ー そうだな、助けて欲しくなったら言いに来いよ。お前程の美貌なら直ぐにハーレムの一員にしてやるからな。

 「っ!」

 私の頭に村人達に追いかけられるきっかけとなった勇者の言葉が蘇る。
 今私を追いかけてくる村人達は勇者が出した私を捕らえることが出来れば賞金を渡すという言葉で私を追いかけている。
 勇者は私を極限まで追い込み、妾として側に置くつもりなのだ。

 「絶対に、そんなことは認めない!」

 だが、それだけは何としても避けなければならないこと。
 だから私は何としてもこの家の持ち主である青年に許してもらわなければならず、

 「くっ!」

 だが、そう分かっていながらも手の震えが止まることはなかった。
 
 少しでも気を抜けば直ぐにまたパニックに陥ってしまいそうで、私は手の甲をつねり痛みで正気を保つ。
 しかし今は耐えられても、目の前に男性が立っていれば私は恐らく冷静ではいられない。
 それでも私は何としてでもここに置いて置く必要があって……

 「どうすれば……」

 どうしようもない現状に私は、苦渋に満ちた表情で言葉を漏らす。
 どれだけ必死に自分を抑えようとしても、それは思い通りにはいかなくて、

 『落ち着いたか?』

 「みゃあ!」
 
 その時、私の横に立てかけられていた鏡が突然暗くなり、白い文字を浮かべた。
 その突然のことに私は思わず思考を停止させる。

 『みゃあって……』

 だが、鏡はその私を動揺を知ることなく言葉を綴る。

 「何で、こんな場所に通話鏡があるの!」

 次の瞬間、鏡に次々と綴られる言葉でようやく硬直が解けた私の叫び声が家をふるわした………








 
 通話鏡、それは一流の職人と魔法使いが手を合わせないと作れない魔法具と呼ばれる道具の中でもさらに貴重なな鏡で、国宝として扱われている。
 その鏡の前で話すと、ついになっている鏡にその言葉を届けることができる。
 
 「こ、国宝がどうしてこんな場所に……」
 
 そして私が恐る恐るそう呟くと、

 『えっ?』

 鏡にそんな文字が写り、消えた。
 それから少し無言の時間を経て、

 『………拾った?』

 「絶対嘘!」

 何故か疑問形で浮かび上がった言葉に私は突っ込む。
 通話鏡が使えているということは、私の目の前にある鏡以外に、青年の目の前にもある鏡をあわせ、二対の鏡があることになる。
 そして国宝級の魔法具を2つも拾いましたと言われて信じられるわけがない。

 『……とにかく』

 「誤魔化した………」

 私はあまりにも無茶な話の変え方に呆れる。
 だが、青年はそんな私を無視して話を続ける。

 『先程のことについて』

 「っ!」

 先程のこと、それが私がパニックに陥っていたときであることは確認する必要さえない。
 先程話した限り、少なくとも青年は私に怒りは覚えていないだろう。
 だがそれは私の主観でしかなく、さらに怒りを覚えていないとしても私をこの家に置いておいてくれるかはまた別の話でしかない。
 だから私は青年が言葉を発するよりも前に誠意を見せようと口を開いて、

 『「ごめんなさい!」』

 そして2人の声が重なった。
 
 「えっ?どうして……」

 まさか青年から謝罪されると思っていなかった私の口から疑問が漏れる。
 
 『いや、無神経だったなぁと。聞くつもりはないけども、大変なことがあったんでしょ?だったら責めるのはおかしいしね』

 「でも怪我して……」

 『いや、あんなの擦り傷だから。それにこっちだって、その、汗で濡れていたから身体拭く時に見ちゃったし……』

 「えっ?」

 そこで私はようやく自分の服が変わっていることに気づき、赤面する。
 そんなことにも気づかなかったのは正直抜けていたとしかいうことができない。
 でも初対面の人に、それも異性に裸を……と私がそう衝撃を受けている時に青年からフォローが入る。

 『まぁ、下着は変えてないから下着までだけど……』

 「そうなんだ……」

 そう話して行く内に私は青年が度を超したお人好しなことを悟る。
 女性が無防備に寝ていたとしても襲うこともない、それだけでこの時代ではなかなか見かけない善人だ。

 だが私の心に浮かんできたのは、青年が何か企んでいるのではないかという疑いの心だった。

 「はぁ、私って最悪だな……」

 必死に納めてきた領民にさえ裏切られ、私は人間不信に陥っているのかもしれない。
 だがそれでも青年をも信じられないのは正直自分でも衝撃で、私は鏡に拾われないようそっぽを向いてそう漏らした。

 『腹減っただろう?飯は今から送るから』

 青年は私がそんなことを考えているとも知らず、窓からスープらしきものを入れてくる。
 私が怯えないよう、窓から腕だけを入れて。

 『食べたら窓の外に置いておいてくれればいいから』

 その言葉を最後に通話鏡は普通の鏡に戻り、窓から人の気配が消える。
 最後まで気を遣ってくれた青年を未だ信じられない自分に罪悪感を覚えながら私はスプーンを取ってスープにつける。

 「はぁ、」

 そして、スプーンを口につけてスープを飲み、

 「っ!」

 ーーーその美味しさに言葉を失った。
 
 スープには野菜と鳥肉か兎肉らしき肉が入っていて、じっくりと煮込まれたことを示すようにスープは野菜に染み込んでいる。
 さらにスープは肉の脂と、野菜からのエキス、その上沢山のな調味料が合わさり奥深なコクが生み出されていた。
 私は歯ごたえのいい肉をほうばり、喉越し滑らかなスープを一心不乱に啜る。
 
 「ぅぁ、」

 そしてその頭をよぎるのはお母様の作ったスープだった。
 有名な料理人さえ、雇える名門でありながら料理を作るのは何時もお母様の仕事だった。
 その中でも特にスープが美味しくて、何故こんなにも美味しいのかと尋ねるとお母様はいつも笑って答えていた。

 ー 貴女への愛情がこもっているからよ。

 「ぅ、ぅぁぁぁあっ、」

 それはもう戻らない幸せな記憶。
 もうお母様のスープを飲むことは出来ない。
 けれども、この青年のスープはお母様のスープを思い出せる程美味しくて、

 そして愛情がこもっていた。

 私はスープを飲みながら泣いた。
 通話鏡が作動していないことを感謝しながら、散々泣き腫らし、そしてその日はそのまま眠りについた。

 それが私と不思議な、そうまるでお伽話に出てくる隠者様のような青年との、初めての出会いだった………
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