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 私の言葉に対し、顔をこちらに向けたマークの顔に浮かんでいたのは隠しきれない恐怖だった。
 まるで懇願してるかのような目を私に向ける。

 「ここは婚約のパーティーでしたわよね?一歩譲って婚約破棄はいいとしましょう?けれどもこの場で言い出すのは重大なマナー違反ではなくて?」

 だが私は、そのマークの懇願をあっさりと無視した。

 「それに先程喚いていた彼女、彼の方は以前貴方といた人間ですわね。やはり貴方は浮気していたのですね。もしかして、彼女を正妻にするためにこんな茶番を演じてみせたのかしら」

 私はまるで傷ついた様子を振舞いながら、どんどんとマークの悪事を口にしていく。
 マークに逃げ場がなくなるように、計算しながら。

 「私が本当に豪遊したかという証拠もなく、強欲令嬢なんて罵って……マーク、貴方はそんな人でしたのね」

 「……頼む、辞めてくれ。もう……」

 マークは青を超えて土気色になった顔で、そう呟いた。
 私以外、誰の耳にも入らない程の弱々しい声で。
 それに私は、マークに対して呆れを覚えていた。

 無駄な戦いを挑み、その結果どん底に陥れられる。
 それは情けなくとも、まだ許せるものだろう。
 人はどれだけ無謀だと知りつつ、挑まないといけない時があるものだから。

 ……だが、その無謀を働いた理由が人に唆されたという酷くどうしようもない理由な上、少しどん底に陥っただけで諦めるマークは、あまりにも情けなかった。

 その姿に、私はマークを後に残してこの場から去りたい気になる。
 しかし、そうして去るにはマークのやろうとしたことは許せるものではなかった。

 強欲令嬢、貴族社会では蔑むために使われるその名を実は私は嫌いではなかった。
 元は私に振られた貴族達が広めた名前だが、その名前は私の本質をついたものだったから。
 物欲に関しては、私はそれほど無いだろう。
 だが、家族や領民のことに関しては、私は自他共に認める強欲な人間だった。

 だから私は、マークに強欲令嬢と罵られても、別に怒りなんて覚えていなかった。

 たしかに婚約破棄されれば、私はこの先婚約の機会が減るかもしれない。
 しかし、それも私は気にしていなかった。
 そもそもマークとの婚約だって政治的な理由があった、政略的なものだし、私は最早理想の結婚なんて求めていない。
 それに元々悪い自分の評判が下がったところで、特に思うところなんて無かった。

 だから私は、マークが自分を攻撃するだけならば、ある程度の自衛しかしないつもりだった。
 そう、ただの婚約破棄であれば、マークに対して攻撃するつもりも、必要も無いはずだった。

 …… だが、マストーリ家を狙うとなれば話は別だった。

 マークとしては、マストーリ家の悪評を利用としたのは、出来心でしか無かったのだろう。
 しかしそんなことは最早関係ない。
 大切なものに手を出そうとした時点で、私にはマークを許すつもりなど一切なかった。
 それを教えるべく、私はマークへと笑いかけその耳元で呟く。

 「やり過ぎなければ、良かったわね」

 「…………っ!」

 その瞬間、マークの顔は絶望に染まった。
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