悪役令嬢は大精霊と契約を結ぶ

影茸

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悪役令嬢は精霊と出会う

29.後悔

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 王子の一言に私は証拠を手にしたことを確信し、胸に喜びと達成感が溢れる。
 胸に確かな熱を伝える精霊石、それは精霊石がきちんと作動している証。
 つまり私は成功したのだ。
 これで、王子を……

 「ははっ!抵抗してみるか!」

 「っ!」

 ーーー だが私の喜びは欲望のままに服を奪おうとする王子の前に霧散した。

 必死に身体をよじり私は王子の手を避けようとする。
 だが王子が強く服を掴んでいたせいで私はバランスを崩し倒れこむ。
 
 「なっ!」

 そしてそのまま私はまるで王子に押し倒されているような態勢に陥ってしまう。
 身体に嫌悪感による悪寒と鳥肌が立ち、私は反射的に王子を突き飛ばそうとする。

 「っ!」

 だが、その手は途中で止まった。
 決して私は弱くはない。
 目の前の王子程度ならば簡単に押し退け逃げ切ることができるだろう。

 ーーー だが私は自分の胸の固い感触に逃げようとしてはいけないことを悟った。

 逃げようとすれば私が相手にしなければ王子だけで無くなる。
 部屋の前にいる王子の護衛も私は相手にしなければならないのだ。
 そしてそんな状況では私の勝機は五分五分になる。
 その間にこの精霊石が壊れる可能性は決して低くないのだ。
 だけど、私は絶対にこの精霊石を持ち帰らなければならないのだ。
 だから、私は身体から力を抜いた。
 
 「やっと大人しくなったか……」

 王子は私が抵抗をやめたのをどう思ったのか下卑た笑みを浮かべる。
 その顔に私の胸に屈辱が広がる。

 「っ!」

 ー あれ?私はここで襲われれば全て精霊石に記録がとられるんじゃ……

 さらに最悪の想像が頭に浮かぶ。
 そして精霊石から感じる熱に私はその想像が的を射たものであることを悟る。
 つまり私はさらなる屈辱を晒さなければならなくなるのだ。
 
 ー 姉さん……

 ー アリス……

 そして頭には父と弟の姿が浮かぶ。
 浮かんだ彼らの表情は苦痛に耐えるように歪んでいて、そのことが一番私の心をかき乱す。
 その時何故か見ている天井が歪み初めて、そしてその時ようやく私は自分が泣いていることに気づく。
  
 ー あぁ、本当に私は弱いなぁ……

 何時も私は自分がやるべきことをやった後、酷く心が弱くなる。
 自分が何をしたのか、それを突きつけられ心がぼろぼろになって行く。
 本当に情けない。

 「やったぞ!とうとう……っ!」

 だけど、それでも私は俯くことはなかった。
 何事かブツブツと呟きながら私の上着を剥ごうする王子を睨みつける。
 私は情けない人間だ。
 何時も自分の情けなさに後悔ばかりしている。
 周りの人間の思いを無視して、自分の決断をいつも押し通す。
 だけどそれによって幸せにできた人なんて数える程しかいない。

 ー 俺がお前の味方でいてやるよ。

 ーーー でも、それでも自分の決断だけには私は後悔したことはないのだ。

 私の頭にあの青年の言葉が、優しい声が蘇る。 
 本当に彼が存在しているのか、あれは私のただの夢でしかないのではないか。
 今でもその問いに私は答えられない。
 
 でもそれでもあのひと時に私は救われ、そして望んだのだ。

 青年の言っていた私に似ている人。
 それが誰かなんてわからないし、分かれることもないだろう。
 けれどもそれでもあの青年にあんな優しそうな声を出させた人間に似ていると言われて私は嬉しかったのだ。
 私のことではない。
 そう分かっているはずなのに、それでも自分のことを肯定されているように感じる青年の声に喜びを覚えたのだ。
 
 ーーー だから私はせめて青年が肯定してくれた人間として生きようと。

 私は弱い。
 どうしようもなく情けなく、その弱さを自分でも嫌っている。
 
 けれども絶対に自分がやりきる、そう決めたことだけは絶対にやりきる。
 その後どれだけ情けなくなったていい。
 人に当たり散らして私自身が自分を許せな無くなるほど酷い姿になってもいい。
 
 ーーー それでも一番大切な私の宝物を奪われなければ。

 「っ!何だよその目は!」

 だから私に対して急激に王子が激昂した時も私は目をそらすことはなかった。
 激昂した王子の拳が私へと振り落とされる。
 その拳が私は精霊石だけは当たらないことを確かめて私は痛みに備えて目を固く閉じる。

 「ぎぁっ!」

 だが、目を閉じた私に想像した痛みが訪れることはなかった。
 その代わり何故か王子の悲鳴が聞こえて私の身体が軽くなる。

 「相変わらず、あんた馬鹿だな」

 
 ーーー そして酷く懐かしい声がした。

 「っ!」

 ー そんな都合のいいことあり得ない。

 私の頭の冷静な部分がそう告げるのが分かる。
 だが、その時既に私はその冷静な部分の言葉を聞いていなかった。
 ただ、彼は期待を裏切ることはない、そう信じて目を開く。

 「何だよ。間抜けな顔して?」

 「ぁぅ……」

 ーーー そしてその私の想像通りの人物が前に立っていた。
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