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悪役令嬢は精霊と出会う

4.アストレア家 II (カイン)

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 王子の性根はねじ曲がっている。
 そのことは前々から知っていた。
 問題を起こし、国王陛下に叱られている時でさえその目には反感が浮かんでいた。
 しかもその根底にあるのは全く根拠のない自信だった。
 王族に生まれた、そのこともあの王子の性根をあれだけ捻じ曲げた原因の1つなのだろう。
 それだけでは絶対にないが。
  本当に王子はあの賢王と呼ばれる国王陛下から生まれたのか信じられない程の人間だった。
 
 そしてだがらカインは油断していた。

 その手の人間に1番聞くのは恐怖を覚えさせること。
 戦場を駆け抜けて来た過去を持ち、そのことを何よりも知っていたからこそ、だがらカインは忘れていたのだ。

 「私はお前との婚約を破棄する」

 王子が限りなく愚鈍でもあったという、そのことを………


 ◇◆◇


 アリスに婚約破棄を告げた時、王子の目に浮かんでいたのは嗜虐的な光と、そして怒りだった。
 それを見てカインは恐らく、王子がアリスに突然婚約破棄を告げた理由、それはアリスに対する逆恨みだと悟る。
 つまり王子はカインの怒りに触れた時の醜態を全てアリスの責任だと思い込んでいるのだ。
 そしてカインはそのあまりにも最悪な自己完結をしている王子に呆れる。

 だが、1番驚くべきは真正面でカインの怒りに触れながら、それでもこんな場所で婚約破棄をする意味を分かっていないその知能だった。

 おそらく王子は王族に婚約破棄される、それがどれだけの意味を持っているか、そしてその婚約破棄をこの貴族の溢れた場所ですればアリスの人生にどれだけの影響を与えるのかを分かっている。
 だが、考えられているのはそこだけだ。

 「そんなことを、俺が許すと思うのか」

 カインの言葉づかいが荒くなって口角が釣り上がり、怒りによって獰猛な猛獣のような殺気が辺りに充満する。
 そしてそのカインの様子にアリスに掛けられた罪が冤罪だと分かったアストレア家の面々に緊張が走る。
 
 「っ!マルズ!」

 そこで国王陛下が広場に駆け込んでくるのが見える。
 一瞬カインの胸に国王陛下がアリスの冤罪を解いてくれるのではないか、という希望が湧く。

 ーーーだが、こちらに視線を一瞬寄越した国王陛下の顔に浮かんでいたのは、許しを請うような苦渋に満ちたものだった。

 そして、その顔でカインは国王陛下がアリスを犠牲にしようとしていることを悟った。

 「巫山戯るなよ……」

 「っ!」

 次の瞬間、カインの口から言葉が漏れる。 
 それは決して大きくない声だが、そこには今にも溢れ出しそうな怒りが込められていた。
 そしてその声にアストレア家の部下は当主の意思を悟る。
 
 つまり、戦争も辞さないという。

 「国王陛下、どういうことでしょうか」

 ー 巫山戯るなよ老害、次はないと言ったよな?

 カインは表面上は丁寧に、言外にアリスに罪をなすりつけることは許さないと告げる。
 そしてそのカインの言葉に国王陛下の顔色が変わり、周辺の貴族達がこちらに向けて様々な感情のこもった視線を寄越す。
 だが、それでも国王陛下は謝罪を告げることはなかった。
 それはつまり、カインの要請を断ったことで、

 アリスに罪をかぶせようとしている証だった。

 「はぁ、」

 カインの口から溜息が漏れる。
 確かに今ここで嘘だと国王陛下が言える訳がない。
 何故ならそれは王家の信頼をドブに捨てることになるのだから。
 あの屑王子の婚約破棄の理由に対して、殆どの貴族が異論を唱えない理由、それは王子を信じているからではない。

 ーーーそれは絶対にやってはいけないタブーだからだ。

 「あの屑はそのことを一切知らずにやっているだろうが……」

 カインは憎々しげに、アリスを嘲笑っている王子を見てそう告げる。
 そしてもしそのタブーを王家が犯したことが分かれば王家は潰れる。
 それだけでなく、この国は混乱に陥る。
 おそらく国王陛下はそれだけは絶対に許さない。
 戦争に陥ることになれど、絶対にアリスに罪をかぶせようとするだろう。
 
 「だが、それはこっちも同じだよ」

 しかし、そのことが分かりながらもカインには引くつもりはなかった。
 婚約を交わす時、アリスが王子に対して何も思わなかった訳がない。
 夜、しのび泣く声が聞こえた時、カインは王家を潰そうかとも思った。
 それどころか、王家は政略結婚を受け入れたアリスを最後まで利用し尽くそうとしている。

 「もう2度と、お嬢様を泣かせない!」
 
 「っ!」

 そしてその気持ちはアストレア家全員のものだった。
 カインはそのことを隣からした声に悟り笑う。
 王子と婚約を取り交わした時、その時アリスに告げられてからカインはアストレア家のために動いてきた。
 
 そしてアストレア家は第二の家族のような存在になっていた。

 「ははっ、」

 だからこそ、アストレア家全員が同じ気持ちであることが酷く嬉しかった。
 そしてカインは背後に向かって頷き、立ち上がろうと足に力を入れる。

 「国王陛下、王子の仰られたことは全部真実であります」

 「なっ!」

 そしてカインは再度アリスの声に押しとどめられることとなった。
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