上 下
78 / 169

彼の価値 (ソシリア視点)

しおりを挟む
 実のところ、確かにセインは偽造婚約に無関係ではなかった。
 というのも、偽造婚約の発端それは私とセインが婚約稼ぎまでの時間稼ぎなのだから。
 そう、多くの人が勘違いしているが、契約婚姻はアルフォードから申し込まれたものではない。

 私から、アルフォードに提案したものなのだ。

 現在、私とセインが恋人であることは公にはなっていない。
 その理由は、セインと私の身分差だった。
 公爵令嬢であり、今や父をしのぐと言われる私に対し、当初セインは近衛に成り立て。
 その時すでに影の候補ではあったが、手柄もなにも持たない状態だった。

 とはいえ、それも時間があれば大した問題にはならなかっただろう。
 ……しかし、そこまで待つのを周囲は許してくれなかった。

 自分で言うのも何だが、私は美人の部類に入る。
 その上、持つ権力は王家に継ぐとも言われている。
 そんな人間が、誰とも婚約しない状態でいれる訳がなかった。

 だか私は、アルフォードに持ちかけて契約結婚を交わしたのだ。
 理由は二人とも同じ。
 いらぬ縁談を避けるために。

 それが、私とアルフォードが交わした婚約の理由。
 確かに、その契約とセインは無関係などではない。

 ……ただ、だからといってこの婚姻がセインのせいだとは、私はみじんも考えていなかった。
 だから、私は首を捻りながらセインに問いかける。

「どうして? これは三人の契約よ。誰が悪いわけでもない」

 そう問いかけると、なぜかセインはばつが悪そうに顔を背ける。
 そして、小さめの声で呟いた。

「……俺がもっと早くこの地位までこれていれば、おまえの名前を汚すことなんてなかった」

 まるで想像もしていなかった発言に、私は思わず固まる。
 そんな私に、更にセインは続ける。

「アルフォードと婚約破棄すれば、令嬢であるお前の名前の方が大きく傷つく。……それなのに、俺はただ見ていることしかできなかった」

 そう語るセインの顔に浮かぶのは、心からの後悔だった。
 本気でセインは私の名前が傷つくことを恐れている。

 ……そのことを理解して、私は思わず笑っていた。

「ふ、ふふ。まさか、そんなことを気にしていたなんて」

「……うるせえ。好きな女に負担をかけて悔いない男なんていねぇよ」

 私の反応に、セインは拗ねたように顔を逸らす。
 ……ふと、あることに私が気づいたのはその時だった。
 セインの方を見ると、彼は頑なにこちらを見ようとしない。
 その態度は、暗にこれ以上何も聞くな、と言外に主張していたが、それを無視して私は口を開いた。

「それじゃ、頑なに付き合っていることを隠しているのも、私の名誉のためなの?」
しおりを挟む
感想 333

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...