上 下
38 / 169

婚約の理由 (ソシリア視点)

しおりを挟む
 食事が終わると、サーシャリアは顔を真っ赤にした状態で、いそいそと食堂を後にしていく。
 それに罪悪感を覚えて、私は小さく嘆息を漏らす。
 そして、その原因となった人間へと、問いかけた。

「それで、どうするの?」

「……なんのことだ」

 このごに及んで、見苦しくとぼけるアルフォード。
 だが、逃がすわけがなかった。

「可愛そうなくらいサーシャリアにアッタクしておいて、今さら誤魔化せるとでも? 私たちの婚約についてに決まっているじゃない」

 アルフォードは気まずげに顔を逸らすが、それを無視して私は続ける。

「それで、私たちの婚約が偽物だと、いつサーシャリアに教えるの?」

 そう、実のところ私とアルフォードの婚約は、婚約の申し込みを避けるための隠れ蓑でしかなかった。
 ……というのも、サーシャリアの婚約を知ってもなお、アルフォードはサーシャリアのことが諦められなかったのだ。
 だが、音楽の天才として国民にまで絶大な人気を持つ、アルフォードと夫婦になりたい人間は多い。
 私とアルフォードの婚姻は、それを避けるための契約婚姻だった。

 そうである以上、今も続ける理由が私には分からなかった。

「もう婚姻を解消して、サーシャリアに偽造を明かしていいんじゃないの? このままじゃ、サーシャリアにも避けられるわよ?」

「いや、まだ解消はしない」

 しかし、アルフォードがその言葉に頷くことはなかった。

「婚約は続ける。そうすれば、下心に気づかないサーシャリアに存分にアピールできる。そこから、好感度があがったのを見て……」

「せこいわね」

「……っ!」

 私の言葉に、自覚があったらしいアルフォードの表情に気まずさが浮かぶ。
 そもそも、そんなことをするまでもなく、サーシャリアは間違いなく、アルフォードに好意を持っているだろう。
 むしろ、婚約者がいる上でのアピールは好感度が下がる未来しか見えない。
 けれど、私がそう言う前に、アルフォードは続けた。

「……それでも、俺はもうサーシャリアを諦められない」

 かつてを思い出したのか、その表情に苦痛を滲ませながら、アルフォードは続ける。

「せめて、どうしてあんな振られ方をしたのか、原因が知りたい。それからじゃないと、俺は動かない」

 その言葉に、私は何も言えなかった。
 あのとき、自分が振られたと理解した瞬間のアルフォードの表情を覚えているから。

 ……そして、その点について私もおかしいと感じていた。

 私の記憶が間違っていなければ、サーシャリアは学生の頃からアルフォードに思いを寄せているように見えた。
 なのになぜ、あんな振り方をしたのか。

 一つ、どの答えの想像を頭に抱きながら、私は思う。
 婚姻について明かすのは、その答えを確かめてからでも、いいだろうと。

「……分かったわ。その話は後にしましょう。色々と言っておかないと行けない話があるし、ね」

 何よりも優先すべきこともあるのだから。
 そう考えた私は、アルフォードへと話し始める。

「今朝、サーシャリアから追い出されるまでの経緯を聞いたのだけど……」
しおりを挟む
感想 333

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

処理中です...