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愚者達 (カイン視点)
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まるで状況が分からなかった。
だが、伯爵家夫妻にもそんな俺に頼る余裕は一切なかった。
「なっ! どういうことだ! もっと他の場所を探したのか!」
「い、いえ、詳細には……。ただ、屋敷の周囲の風を凌げるような場所は一通り見てまいりました」
「まさか、あの子逃げ出したの!? こんな寒い中、何を考えているの!」
「くそ! とにかく、もう一度外を探してこい!」
「は、はい!」
……ようやく俺が少しだけ状況を飲み込めたのは、使用人が再度部屋を出ていった時だった。
そんなことありえない、そう自分に言い聞かせながら俺は尋ねる。
「ま、まさかサーシャリアを外に出していた訳ではない、よな?」
「ええ、少し躾として」
その俺の言葉をなんでもないように、伯爵家当主は肯定する。
その言葉を聞かせされて、俺は一瞬俺は言葉の意味を理解できなかった。
いや違う。俺が理解できなかったのは言葉の意味じゃない。
──凍死しかねない状況に娘を追いやりながら、平然としているこの家族が理解できなかったのだ。
呆然としている俺に対し、どう思ったのか伯爵家当主は苦々しい表情で話し始める。
「申し訳ありません、カイン様。どうやら、サーシャリアが考えなしな行動に……っ!」
……俺が、我慢の限界を迎えたのはその瞬間だった。
何か胸糞悪い言葉を重ねる伯爵家当主の胸倉を掴み、強引に睨みつける。
「考えなしなのは、お前だろうが……!」
そして、その顔を殴った。
「がっ!」
がたがたと、周囲の物を撒き散らしながら、貴族らしい重い巨体が地面に横たわる。
だが、すぐに伯爵家当主はその身体を跳ね起こした。
「……若造が! サーシャリアは私の娘だ! 教育に文句を言われる……」
「まだ気づいていないのか? サーシャリアは命の危険にあるのだそ!」
その伯爵家当主の怒声を遮り、俺は睨みつける。
震えた声で、横に立つアメリアが告げる。
「そ、そんな大袈裟な……」
「追い出されたサーシャリアの服装は?」
それを無視して、俺は騒ぎに集まってきた使用人へと尋ねる。
その使用人は少し迷うように視線を揺らしていたが、誤魔化しきれず小さな声で告げた。
「そ、その、就寝用の薄着、だったと思います。お嬢様の履いていた室内用の履物が玄関に落ちていたので、裸足なのだと思います」
サーシャリアを殺す気にしか思えないその話に、俺は伯爵家の人間を怒鳴りつけたくなる。
けれど、そんな暇もなかった。
俺は咄嗟に、俺を送ってきた従者の名を呼ぶ。
「……っ! ルキア、来い!」
「はい」
「この辺で寒さを凌げそうな場所を片っ端から調べる! 急いで馬車をだせ!」
「分かりました!」
近くに控えていたらしい従者が、玄関の方へと走っていく。
その音を聞きながら、俺は自分も外へ出る用意を始める。
「そ、そんな本当にサーシャリアは……」
伯爵家夫妻の声が聞こえてきたのはその時だった。
目をやると、今さらながら自分のやったことが理解できたのか、その顔は青い。
けれど、この状況になってもなお、二人は責任を認める気はなかった。
「そんなつもりなんて私は……」
「き、気にする必要なんてない。あれは躾だ、勝手なことをしようとしたサーシャリアが悪いのだ!」
「そもそも、あの子を追い出した使用人は誰よ! 外套を被せることもできなかったの!」
「あ、あの時は……」
「うるさい! この騒ぎが収まればお前は首だ!」
「そ、そんな! 私は……」
……どうしようもない、その姿に俺は舌打ちを漏らしそうになる。
けれど、このまま放置する訳にはいかなかった。
呆然と固まっているアメリアへと、俺は声をかける。
「おい、あの二人が落ち着いたら言っておけ」
「カイン、さま……?」
アメリアの顔からはまだ動揺が消えていなかったが、素直に頷く。
「サーシャリアが行きそうな貴族を徹底的に調べろ。もちろん、話が広まらないように意識しながらな」
何度も頷くアメリアに、話が伝わったと確信した俺は、最後に告げる。
「サーシャリアが死んでいたら、俺は伯爵家を許さないからな」
「……っ!」
その瞬間、アメリアの顔がさらに蒼白に染る。
しかし、それ以上何も言うことなく俺は身を翻す。
「くそ! どうしてこんな面倒なことに!」
ルキアの所へと急ぎながら、俺の頭にあったのは。
……今さらすぎる、伯爵家の言うことを鵜呑みにした後悔だった。
だが、伯爵家夫妻にもそんな俺に頼る余裕は一切なかった。
「なっ! どういうことだ! もっと他の場所を探したのか!」
「い、いえ、詳細には……。ただ、屋敷の周囲の風を凌げるような場所は一通り見てまいりました」
「まさか、あの子逃げ出したの!? こんな寒い中、何を考えているの!」
「くそ! とにかく、もう一度外を探してこい!」
「は、はい!」
……ようやく俺が少しだけ状況を飲み込めたのは、使用人が再度部屋を出ていった時だった。
そんなことありえない、そう自分に言い聞かせながら俺は尋ねる。
「ま、まさかサーシャリアを外に出していた訳ではない、よな?」
「ええ、少し躾として」
その俺の言葉をなんでもないように、伯爵家当主は肯定する。
その言葉を聞かせされて、俺は一瞬俺は言葉の意味を理解できなかった。
いや違う。俺が理解できなかったのは言葉の意味じゃない。
──凍死しかねない状況に娘を追いやりながら、平然としているこの家族が理解できなかったのだ。
呆然としている俺に対し、どう思ったのか伯爵家当主は苦々しい表情で話し始める。
「申し訳ありません、カイン様。どうやら、サーシャリアが考えなしな行動に……っ!」
……俺が、我慢の限界を迎えたのはその瞬間だった。
何か胸糞悪い言葉を重ねる伯爵家当主の胸倉を掴み、強引に睨みつける。
「考えなしなのは、お前だろうが……!」
そして、その顔を殴った。
「がっ!」
がたがたと、周囲の物を撒き散らしながら、貴族らしい重い巨体が地面に横たわる。
だが、すぐに伯爵家当主はその身体を跳ね起こした。
「……若造が! サーシャリアは私の娘だ! 教育に文句を言われる……」
「まだ気づいていないのか? サーシャリアは命の危険にあるのだそ!」
その伯爵家当主の怒声を遮り、俺は睨みつける。
震えた声で、横に立つアメリアが告げる。
「そ、そんな大袈裟な……」
「追い出されたサーシャリアの服装は?」
それを無視して、俺は騒ぎに集まってきた使用人へと尋ねる。
その使用人は少し迷うように視線を揺らしていたが、誤魔化しきれず小さな声で告げた。
「そ、その、就寝用の薄着、だったと思います。お嬢様の履いていた室内用の履物が玄関に落ちていたので、裸足なのだと思います」
サーシャリアを殺す気にしか思えないその話に、俺は伯爵家の人間を怒鳴りつけたくなる。
けれど、そんな暇もなかった。
俺は咄嗟に、俺を送ってきた従者の名を呼ぶ。
「……っ! ルキア、来い!」
「はい」
「この辺で寒さを凌げそうな場所を片っ端から調べる! 急いで馬車をだせ!」
「分かりました!」
近くに控えていたらしい従者が、玄関の方へと走っていく。
その音を聞きながら、俺は自分も外へ出る用意を始める。
「そ、そんな本当にサーシャリアは……」
伯爵家夫妻の声が聞こえてきたのはその時だった。
目をやると、今さらながら自分のやったことが理解できたのか、その顔は青い。
けれど、この状況になってもなお、二人は責任を認める気はなかった。
「そんなつもりなんて私は……」
「き、気にする必要なんてない。あれは躾だ、勝手なことをしようとしたサーシャリアが悪いのだ!」
「そもそも、あの子を追い出した使用人は誰よ! 外套を被せることもできなかったの!」
「あ、あの時は……」
「うるさい! この騒ぎが収まればお前は首だ!」
「そ、そんな! 私は……」
……どうしようもない、その姿に俺は舌打ちを漏らしそうになる。
けれど、このまま放置する訳にはいかなかった。
呆然と固まっているアメリアへと、俺は声をかける。
「おい、あの二人が落ち着いたら言っておけ」
「カイン、さま……?」
アメリアの顔からはまだ動揺が消えていなかったが、素直に頷く。
「サーシャリアが行きそうな貴族を徹底的に調べろ。もちろん、話が広まらないように意識しながらな」
何度も頷くアメリアに、話が伝わったと確信した俺は、最後に告げる。
「サーシャリアが死んでいたら、俺は伯爵家を許さないからな」
「……っ!」
その瞬間、アメリアの顔がさらに蒼白に染る。
しかし、それ以上何も言うことなく俺は身を翻す。
「くそ! どうしてこんな面倒なことに!」
ルキアの所へと急ぎながら、俺の頭にあったのは。
……今さらすぎる、伯爵家の言うことを鵜呑みにした後悔だった。
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