上 下
19 / 169

手札 (カイン視点)

しおりを挟む
「……ま、まさか突然来られるとは。カイン様、一体、どういたしましたか?」

  別室に従者を控えさせ、客室に入った俺を迎えるカルベスト伯爵家当主。
 その顔には焦燥が浮かんでいた。
 明らかに不審な態度に、俺は嫌な予感を覚える。
 確かに俺は、伯爵家当主夫妻が帰ってきたのを見計らい、連絡をせず押しかけるようにやってきた。

 だが、それを考慮しても夫妻の態度は妙な焦燥を感じられた。

 そこまで考えて、俺は無駄なことだと考えるのを辞める。
 ……夫妻の焦燥の理由など、分かりきっているのだから。

 おそらく、俺との契約を破ろうとしているのだと。
 そう、アメリアを第二夫人にするという契約を

 それだけは絶対に許すわけにはいかない。
 そう判断した俺は、何とか不安を笑みの下に隠し、口を開いた。

「突然の訪問申し訳ない。だが、以前した話を詰める必要があると思ってな。そう、サーシャリアを第二夫人にする話について」

 その瞬間、分かりやすく夫妻の顔が歪む。

「そ、そんな急に言ってこられましても……」

「私達も疲れてまして……」

 ありきたりな言葉で、時間を伸ばそうとする夫妻に俺は苛立ちを覚える。

 そもそも、第二夫人についての話は前々から決まっていた話だった。
 こんなことならば、婚約破棄の際に第二夫人について切り出すよう話を進めていればよかったかもしれない。
 今さらながら俺は、自分は好んでアメリアと婚約した訳ではないと示すため、その場で第二夫人について切り出すことを避けた自分の判断を後悔する。

 ……商会の内通者がいなければ、このまま伯爵家が契約を白紙にしようとしているのにも気づかず、手遅れになっていたかもしれない。

 けれど、まだ遅いわけではない。
 そう判断した俺は、できれば切りたくなかった自分の手札を切ることを決意する。

「あら、カイン様!」

 できれば聞きたくなかったその声が響いたのは、その瞬間だった。
 それは夫妻でも想像していなかったことなのか、顔を青くして彼らは立ち上がる。

「さ、下がりなさい、アメリア!」

「今私達は、大事な話をしているのよ!」

「いいじゃない、お父様、お母様。私達は婚約者なのだから!」

 しかし、その制止を聞くことなく、アメリアは俺にすり寄ってくる。
 その際、俺が顔をしかめなかったのは奇跡だった。
 この女に近寄られる度、毎回俺は思わざるを得ない。

 ……どうして、あんな初歩的な騙し討ちに引っかかってしまったのかと。

 かつて、使用人の姿をしていたアメリアを侍女と思い込み、俺は手を出した。
 サーシャリアを落とすにあたって、いつものように内通者を作ろうとしたのだ。
 そして、甘やかされ頼めばなんでも教えてくれるアメリアは、内通者としては最適だった。

 ……あの噂の性悪の伯爵令嬢であることを除けば。

 俺の隣へと、許可もなく座ったアメリアは自分の腕を自然と絡めようとしてくる。
 それを避けた俺は、今までの苛立ちもこめ、冷淡に吐き捨てた。

「君の姉上のことで忙しい。後にしてくれないか?」

「……っ!」

 避けられたことと、自分の意識する姉を使って逃げられたことに、アメリアの顔が屈辱に染まる。
 だが、アメリアはその顔に挑発的な表情をうかべ、口を開いた。

「あら、つれないこと。姉上よりも、私との会話の方が楽しくってよ」

「すまないが興味がない」

 アメリアの誘いを、俺はそちらもみずに断る。
 頭の軽い男ならば誘われたかもしれないが、今の俺にはなんの効果もない。
 それよりも重要なことが目の前にあるのだから。

 それ故に、アメリアが来る前に切ろうとしていた手札をきることにした。

「それよりも悪いが忙しいんだ。──君の姉上を迎えないと、私の侯爵家次期当主の座が揺らぎかねないのでね」


 ◇◇◇

 この度、タグを「屑家族」→「屑家族(デバフ)」に変更しました。この先の展開をお楽しみください。
しおりを挟む
感想 333

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

処理中です...