上 下
3 / 169

婚約破棄

しおりを挟む
「……すまない、サーシャリア。私との婚約をなかったことにしてくれ」

 想像もしていないそんな言葉を私が送られたのは、日が暮れた時間。
 奮発して赴いたレストランでのことだった。

 私は呆然と声の主である婚約者、侯爵令息カインの顔を見上げる。
 そんな私の視線に、居心地が悪そうに顔を俯かせながら、それでも彼がその言葉を訂正することはなかった。
 そんな彼の姿に、どんどんと不安が胸に広がっていくのを感じながら、私は尋ねる。

「ど、どうして? 私が何か悪かったの? それなら、私直すから!」

 そう言いながら、私はまだ希望を抱いていた。
 それなら、と言ってカインが婚約破棄を撤回してくれることを。
 けれど、そんな望みが叶うことはなかった。

「違う。君が悪いわけじゃない」

「なら、どうして」

「……好きな人が、できてしまったんだ」

 まるで想像もしていなかった理由に、私は唇を噛み締める。
 今までのことを思い返しても、カインの態度の変化はなかった。
 どうして、いつ、一体誰?
 そんな思考が頭に過ぎるが、すぐに私は頭からそんな考えを振り払う。
 とにかく今は、婚約破棄を撤回させることこそが最優先だ。

「待って、カイン。そんなこと言われても、私の一存では決められないわ。これは家同士の取り決めよ」

 その瞬間、カインの顔が曇る。
 それを、婚約破棄ができないと気づいたからの反応だと判断した私は、さらに説得を続ける。

「ね、もう少しゆっくり考えましょう。少なくとも、お父様達、カルベスト伯爵家が婚約破棄を了承するわけがないわ」

 何とかして、婚約破棄を取り消そうとする両親の姿、それを私は容易に想像できた。
 カインも想像できたのか、さらに顔を歪める。
 普段ならば、決して好きではない二人だが、今だけは感謝する。
 その二人のおかげで、カインを思いとどまらせることができるのだから。

 しかし、その私の判断は大きな勘違いだった。

「……大丈夫、それについては問題ないよ」

「え?」

 その判断の理由が分からずカインを見つめるが、その理由を彼が話すことはなかった。
 ただ、カインは顔を俯かせたまま告げる。

「本当に、すまない」

 その様子にカインが本気だと理解した私は、混乱しつつも考える。
 どうして、私の両親の厄介さを知るカインが、こんな行動に出たのかと。
 婚約破棄など、絶対にあの二人が許すわけがないのに。

 ……いや、もしかしたら。

 ふと、ある考えが私の頭に浮かんだのはその時だった。
 その考えがあっていれば、カインが両親が問題ないと判断するのも理解できた。
 何せ、両親は彼女を責めることはほとんどないのだから。
 しかし、すぐに私はその考えを否定する。

 その考えが正しいことに薄々気づきながらも、認めたくなくて。
 想像している答えを否定して欲しくて、私はカインに問いかける。

「相手は、誰なの?」

「……伯爵令嬢、アメリア・カルベスト」

 だが、その答えは無慈悲なものだった。

「君の妹だ」

 呆然とその言葉を聞きながら、私は悟る。

 ──とうとう妹に、婚約者まで奪われたことを。


◇◇◇

この度、久々に新連載を始めます。
中編程度で終わらせられたらいいなぁ。
明日のお昼に次話投稿予定です。

(追伸)投稿直後にタイトル変更申し訳ありません。
しおりを挟む
感想 333

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」 伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。 3年後。 父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。 ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。 「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」 「え……?」 国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。 忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。 しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。 「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」 「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」 やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……  ◇ ◇ ◇ 完結いたしました!ありがとうございました! 誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

婚約者がツンツンしてきてひどいから婚約はお断りするつもりでしたが反省した彼は直球デレデレ紳士に成長して溺愛してくるようになりました

三崎ちさ
恋愛
伯爵家の娘ミリアは楽しみにしていた婚約者カミルと初めての顔合わせの際、心ない言葉を投げかけられて、傷ついた。 彼女を思いやった父の配慮により、この婚約は解消することとなったのだが、その婚約者カミルが屋敷にやってきて涙ながらにミリアに謝ってきたのだ。 嫌な気持ちにさせられたけれど、その姿が忘れられないミリアは彼との婚約は保留という形で、彼と交流を続けることとなる。 初めのうちは照れながらおずおずとミリアに接するカミルだったが、成長に伴い、素直に彼女に気持ちを伝えられるようになっていき、ミリアも彼に惹かれていくようになる。 極度のシャイで素直な気持ちを言うのが苦手な本来ツンデレ属性な男の子が好きな女の子を傷つけないために、素直な気持ちを伝えることを頑張るお話。 小説家になろうさんにも掲載。

婚約破棄 能力が低いとののしられたので本気でざまぁします

春秋花壇
恋愛
婚約破棄 能力が低いとののしられたので本気でざまぁします ざまぁの詩 かつての言葉が耳に残る 「能力が低い、何もできぬ者」 冷たい言葉、軽蔑の眼差し 私の心を、深く刺した。 だが、時が流れ、今は違う 無力だった日々は過去の幻 力をつけ、知恵を得て 私は今、強く立っている。 あの言葉は、私を傷つけた けれど、それが私を作った 今、私は誇りを胸に抱き その全てを超えてきた。 あなたが見ていた私とは違う 私は私を知っている そして、今、見せてあげる あなたの目の前で、私の真の力を。 私は笑う、心の底から あなたが消えた影の中で ざまぁ、という言葉を 自分の勝利で響かせて。

処理中です...