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第43話
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お父様に啖呵を切った後、私が連れてこられたのは屋敷の離れの建物の三階にある牢獄だった。
月明かりと小さな蝋燭の火、それ以外光源がない暗い牢の中、私は小さく口を動かした。
「後はライルハート様を待つだけ」
もう既に、私の顔には先程お父様を嘲笑した時の激情は浮かんでいなかった。
あるのは、どうしようもない未来を予測しての悲嘆だった。
ライルハート様なら父の野望をあっさり阻止してみせる、それは私の偽りざる思いだった。
いや、確信と言ってもいい。
貴族社会で幾ら軽視されていようが、本当はライルハート様がどれだけ凄い人間なのかを私は知っている。
父程度の人間では、相手になりすらしないだろう。
……だが、それはライルハート様が私を助けてくれると思っているのと同義ではなかった。
公爵家当主がこんなことを考えていた今、私もまた今までと同じように生きていけないことを私は理解していた。
良くて修道院行き、悪くて平民落ち。
そして最悪父の悪事に協力していたとされ、処刑されてもおかしくはないだろう。
──どんな未来になったとしても、この先ライルハート様と共に歩む可能性は皆無だった。
その想像に、私は思わず弱音を口にしてしまいそうになり、口を噛み締め耐える。
「………っ!」
夜会でのライルハート様との会話、それを鮮明に覚えているからこそ、なおさら現状に対する絶望が増す。
ここにはいないライルハート様に、泣き叫びながら助けを請えたい。
そんな衝動が、頭の中から消えない。
が、私はその衝動に従う気なんてさらさらなかった。
「もう私は、間違わないと決めたはずよ!」
思い出すのは、数年前ライルハート様を絶望に叩き落としたあの時の出来事。
あの時、私はお父様を止められなかった。
見ていることしかできなかった。
あの時の後悔は、まだ私の胸の中焼き付いている。
だからもう、あの時の過ちは犯さない。
例え死ぬことになろうが、絶対にライルハート様の弱みにはならない。
血が滲むほど唇をかみしめて、私はそう覚悟を固める。
それでも、一筋の涙が私の意思に反して頬に線を描くのだけ、私は堪えることができなかった。
やりきれない気持ちが、小さな呟きとなって私の口から溢れる。
「折角ここまで来たのだから、妻としてライルハート様の隣を歩きたかったなあ」
一度だけだっていいから、あの人の隣に立ちたかった。
例え、それが一夜の夢だったとしても。
無理だと思いながら、私はそう願うことを止めることができなかった。
叶いもしない願いを振り払うように、軽く頭を振って口を開く。
「……せめて、次にライルハート様の隣に立つ人が、良い方であるよう………っ!?」
──私の少し先の壁が轟音共に崩れたのは、その時だった。
突然の出来事に、私は何が起きたかまるで理解できなかった。ただ呆然と、土煙が立つ壁にできた穴を見守る。
そこから聞き覚えのある声がしたのは、次の瞬間のことだった。
「何を言っているアイリス?俺はもう、お前以外を横に立たせるつもりなんて無いんだが」
「───っ!」
一拍起き、私の頭にある人物が浮かぶ。あの人なら、こんなことができても決して不思議ではない。
「遅くなったが迎えに来た」
「ライルハート様……?」
次の瞬間、崩れた壁から顔を出したのは、私の婚約者だった。
月明かりと小さな蝋燭の火、それ以外光源がない暗い牢の中、私は小さく口を動かした。
「後はライルハート様を待つだけ」
もう既に、私の顔には先程お父様を嘲笑した時の激情は浮かんでいなかった。
あるのは、どうしようもない未来を予測しての悲嘆だった。
ライルハート様なら父の野望をあっさり阻止してみせる、それは私の偽りざる思いだった。
いや、確信と言ってもいい。
貴族社会で幾ら軽視されていようが、本当はライルハート様がどれだけ凄い人間なのかを私は知っている。
父程度の人間では、相手になりすらしないだろう。
……だが、それはライルハート様が私を助けてくれると思っているのと同義ではなかった。
公爵家当主がこんなことを考えていた今、私もまた今までと同じように生きていけないことを私は理解していた。
良くて修道院行き、悪くて平民落ち。
そして最悪父の悪事に協力していたとされ、処刑されてもおかしくはないだろう。
──どんな未来になったとしても、この先ライルハート様と共に歩む可能性は皆無だった。
その想像に、私は思わず弱音を口にしてしまいそうになり、口を噛み締め耐える。
「………っ!」
夜会でのライルハート様との会話、それを鮮明に覚えているからこそ、なおさら現状に対する絶望が増す。
ここにはいないライルハート様に、泣き叫びながら助けを請えたい。
そんな衝動が、頭の中から消えない。
が、私はその衝動に従う気なんてさらさらなかった。
「もう私は、間違わないと決めたはずよ!」
思い出すのは、数年前ライルハート様を絶望に叩き落としたあの時の出来事。
あの時、私はお父様を止められなかった。
見ていることしかできなかった。
あの時の後悔は、まだ私の胸の中焼き付いている。
だからもう、あの時の過ちは犯さない。
例え死ぬことになろうが、絶対にライルハート様の弱みにはならない。
血が滲むほど唇をかみしめて、私はそう覚悟を固める。
それでも、一筋の涙が私の意思に反して頬に線を描くのだけ、私は堪えることができなかった。
やりきれない気持ちが、小さな呟きとなって私の口から溢れる。
「折角ここまで来たのだから、妻としてライルハート様の隣を歩きたかったなあ」
一度だけだっていいから、あの人の隣に立ちたかった。
例え、それが一夜の夢だったとしても。
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「何を言っているアイリス?俺はもう、お前以外を横に立たせるつもりなんて無いんだが」
「───っ!」
一拍起き、私の頭にある人物が浮かぶ。あの人なら、こんなことができても決して不思議ではない。
「遅くなったが迎えに来た」
「ライルハート様……?」
次の瞬間、崩れた壁から顔を出したのは、私の婚約者だった。
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