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第37話

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 お父様は、熱に浮かされたような目のまま、語り始める。

「確かに以前は、他の貴族達の妨害で失敗した。同派閥内の貴族が遥かに減った今、成功率は遥かに低いかもしれない」

 そう淡々と、お父様は自分の計画が成功する確率が低いことを語る。
 けれど、その表情から熱が消えることはない。
 そんな異常な状態のまま、私を見据えお父様は告げた。

「──だから私は最後の手段を使うことにした」

「……っ!」

 異常なその様子に、思わず息を呑んだ私に、お父様はそう告げた。
 私の様子など一切気にせず、お父様は一方的に続ける。

「アイリス、仕方ないと分かってくれるな。何せ、これはお前のせいでもあるのだから。お前がアリミナの誘惑した令息達を勘当させ、将来を見越し私が派閥を強化しようとしたのを阻んだのだから」

「なっ!?」

 その瞬間、私は驚きのあまり声をあげていた。

 今までアリミナが勝手に暴走していたと思っていた令息達の誘惑は、お父様が糸を引いていたこと。
 それは今まで私が予想もしていなかったことだ。

 ……だが、次期当主の令息を誘惑しただけで、自身の派閥が強化できると考えるお父様の浅い考えが、何より信じられなかった。

 当たり前だが、次期当主は未来の当主であれ、その家の権限全てを握っているわけではない。
 将来的にも何も、ただ次期当主から外されておしまいだ。

 そもそも私が仲裁に行っていなければ、公爵家は敵だらけになっていただろう。

「何を考えているのですか!そんなことできる訳がないでしょう!」

「黙れ!そんな詭弁を私が聞くと思うな!」

 それ故に咄嗟に私は声を上げたが、それがお父様に伝わることはなかった。
 苛立ちを露に私を睨みつけ──けれどすぐに、その顔に笑みを浮かべ吐き捨てる。

「……まあ、お前の煩い小言ももう聞くことはないと思うとせいせいするがな」

  お父様の言う、最終手段が想像よりも遥かに悪いものだと私が理解したのはその時だった。
 不気味なお父様の表情に、思わず後ずさる。

「おっと、じっとしていてくれないかい?」

 ……そして私は、私を連れてきた男に掴まれることになった。

 思わず肩を震わせた私に、お父様が告げる。

「逃げようとは考えるなよ、アイリス。その男は数千人、いや、数万人に一人しか持ちえない魔法を扱える人間だ。お前程度に振り払えはしない」

 お父様の言う最終手段。
 それにこの男が関わっていると私が理解したのは、その時だった。
 知らず知らずの間に、私はその男に対して身構える。
 けれど、そんな私に対し男の顔には嘲りが浮かんだだけ。
 そんな私達を見て、お父様は告げる。

「お前が第二王子に傾倒していることも知っている。だが、今回ばかりは諦めろ。今さら、お前にできることはない」

 そのお父様の言葉には、自身の計画に対する自信が溢れていた。
 そう、私には何をしようが覆ないと。

 ……それは紛れもない事実だった。

 私程度では、今からどう動こうが無駄だろう。
 私は数多く優秀な友人を持っており、有力視されがちだが、その実能力は高くもない。
 冷静さを欠き、アリミナの暴走だと勘違いしてしまい、お父様の計画に気づけなかった時点で、私にはどうすることもできないのだ。

「ふ、ふふ、うふふふ」

 それを理解した上で、私は笑った。

 お腹を押さえ、私はさも堪えきれないと言った様子で笑う。
 自分に敵意を持つ屈強な男達に囲まれた、孤立無援の状態で。

「……な、何がおかしい!」

 突然笑いだした私に、お父様が怒声をあげるが、その声に含まれた動揺を隠せはしない。
 私は驚愕の隠せないお父様の目を真っ直ぐと見据え、告げる。

「その程度で本当に、王位争奪戦に参加するおつもりなのですか、お父様?」

 背後に立つ傭兵を無視し、私はゆっくりと歩き出す。
 後ろではなく、前。
 お父様の方へと。

「──自分の派閥を潰したのが、他の貴族という程度しか知らない癖に」

「アイリス、お前は一体何を言っている……」

 私を睨むお父様の目は、言外に何かを知っているのかと問いかけている。
 しかし、それを無視し私は告げる。

「宣言しますわ。お父様の野望は成功しない。公爵家は潰されて終わるでしょう」

「っ!黙れ!おい、アイリスを牢に連れて行け!」

 不快感を隠そうともせず、そう吐き捨てたお父様の言葉に従い、傭兵達が私を囲む。
 それ故に、私が小さく呟いた言葉は、誰の耳にも入ることはなかった。

「ライルハート様によって」

 もし、言葉が聞こえたとしてもお父様は信じないだろうと思いながら、それでも私はそう確信していた。
 ライルハート様は、お父様程度にはどうすることもできない存在だと。

 だから大丈夫だと、私は自分の胸の痛みを無視し、小さく呟く。

「ライルハート様……私など気にせず、公爵家を潰してくださいね」

 ──そして私は、公爵家と共に滅びることを決意した。


 ◇◇◇


 更新、遅れてしまい申し訳ありません……
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