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第32話 (アリミナ目線)

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 「あら、ライルハート様。奇遇ですわね」

 お姉様に令息達に向かわせ、ライルハート様に話しかけたあの時、私の胸にあったのは自分の幸運に対する歓喜だった。
 今まで、私がライルハート様を狙っていたのは、あくまで姉への当てつけが理由でしかなかった。
 だからこそ、それが済んだ後はライルハート様との婚約を解消することさえ考慮していた。
 が、今のライルハート様の姿を目にして、私の中からそんな考えは消え去ることになった。

 ──それ程までに、今のライルハート様の姿は麗しかった。

 私が前世で行なっていた乙女ゲームの攻略対象にさえ及ぶのではないか。
 そう思えるほど、現在のライルハート様はイケメンだった。
 もちろん、そもそも比べる対象ではないのは分かっている。
 だが、そんなことさえ頭から抜けてしまう程、ライルハート様はイケメンだった。
 それは私にとってまるで想像していてもいなかった事態で、同時に何よりの幸運だった。

 ああ、本当に私はなんて運がいいのだろう。
 この世界に特別な力を持って生まれたことも、こうしてライルハート様と結ばれる機会を得たこともそう。
 まさしく私は、世界に愛された人間に違いない。


 ………そう思っていたからこそ、ライルハート様に置いていかれた現在、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 「…嘘、でしょ」

 私に振り返ることなく、真っ直ぐとテラスへと向かっていくライルハート様の姿に、私は小さく口を動かす。
 今、なにが起きているのか私は理解することができなかった。

 姉の不貞を男どもに装わせ、疑念を抱かせた最適なタイミングで、私はライルハート様をダンスに誘った。
 それも、私の持つ魅了の力を最大に利用した状態で。

 ……なのに、ライルハート様はまるで私に興味を示すことはなかった。

 「これは、何かの夢よ……」

 その事実を信じられず、私はぶつぶつと口を動かす。

 私の誘いを断る男など、今まで存在しなかった。
 そう、父親でさえ私の思い通りだ。
 なのに何故………。

 令息達からお姉様を守るよう立ちはだかるライルハート様が見えたのは、その時だった。

 「………っ!」

 その光景に、ようやく私は理解させられる。
 ライルハート様にとって、恋愛対象となりうるのはただ一人、お姉様だけであることを。

 ……彼にとっては、私でさえただの路傍の石に過ぎないことを。

 それは、この世界で私が初めての敗北だった。
 次の瞬間、私はその場から走り出した……。
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