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 「くそっ!」

 慰謝料だと全てをアーザスに奪われた自屋の中、俺は地面に拳を振り下ろした。
 鈍い痛みが走り、拳の皮膚が破れる。
 しかし、その痛みさえどこか遠くに感じる程の苛立ちを俺は覚えていた。

 今まで俺は、必死に理不尽に耐えてきた。
 俺を虐げ、暴力を振るうものはアーザスだけではない。
 アーザスのような勇者パーティーの貴族どころか、騎士さえ俺を虐げ、暴力を振るう。

 ……俺は勇者パーティーの一員でありながら、ずっとそんな扱いを受けてきた。
 ただ、平民というだけで、手柄を立てる度に嫉妬で暴力を振るわれるのだ。

 それでも俺がこの場所に残り続けたのは、勇者スーシャ、幼馴染みである彼女を置いていくことができなかったからだった。

 ──スーシャは感情を失い、別人のようになってしまっていた。

 簡単な話だ。
 魔族を殺し、世界を救う勇者。
 そんな、奇跡みたいな存在などありはしなかったのだ。
 あったのはただ、廃人とかすのを承知で精霊をその身体に入れられ、人工的に作り出された哀れな超人。

 王国は、魔族という本来であれば人間よりも遥かに優れた能力を持つ生物を殺すために、一つの村の人間全てを犠牲にして実験を行ったのだ。
 その村を盗賊に潰されたことにして。

 その唯一の成功例こそが、スーシャだった。
 そして、家族、感情、その全てを強引に奪い、代わりに圧倒的な力を手にしたスーシャを王国は勇者として戦争に送り込んだのだ。

 ……そう、スーシャは王国によって全てを奪われたのだ。

 「くそ!」

 その事実を知ったときの後悔、それを思いだして俺は顔を歪める。

 俺とスーシャは幼馴染みとはいえ、同じ村にいたのは十才まで、王国に潰された村は、その後サーシャが引っ越しをして移り住んだ村だ。
 だから俺は、スーシャの村が潰れたと聞いたとき、悲しみ昔交わした迎えにいくという約束を果たせなかったことを後悔しながらも、その村がどうなったか確認しにいくことはなかった。

 ……その時、サーシャを探しにいけば、手遅れになる前に彼女を救えたかもしれないのに。

 全てを知らされたとき、俺はそう後悔して決めた。
 もう、あのときのような失敗は犯さないと。
 今度こそ、サーシャを救って見せると。

 その思いがあったからこそ、俺は意味で必死に耐えてきた。
 どんな理不尽にも。
 その思いさえ、王国は踏みにじろうとして来て。

 だから、俺はある決断を下すことにした。

 「そっちがその気なら、俺も好きにさせてもらう。──サーシャ、勇者を誘拐してやる」
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