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第7話 赤城 有紗の忘却Ⅰ
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「わ、私……は、うっ……」
赤城は口元を抑え、膝を着く。
「ちょっと赤城さん……」
「おや、体調が優れないのかな。君のためにも早く決断をするべきだと思うよ」
エルが膝を着いた赤城に手を伸ばす。
「ううん、大丈夫……です。もう、忘却するものは決まってるから」
赤城が手を取って立ち上がる。
「そんな簡単に……さっきの見たでしょ? 牧島さんの……あれ」
真名が心配そうに赤城を見つめる。
「もちろん。だけど、私には……選択の余地がないから。生き残るためには、この選択肢しか残されてない」
赤城はもう決意したようだった。目つきが今までと違った。
「では、聞かせてもらおうか赤城 有紗。君が忘却する幸福を」
「……」
しばらくの沈黙の後、赤城が口を開いた。
「私は……っ、私、赤城 有紗は……捨てます」
「何を?」
お腹を何度か摩った後、言葉は続いた。
「……この、このっ……お腹の中にいる……私の子供をっ……」
「……へぇ」
それを聞いてエルがニヤリと笑った。
さっきからやたら腹を気にしていると思ったら……妊娠していたのか。
「君にとってその子供はどのくらいの価値がある? どれほど重要な幸福なのか、ボクに教えてくれないか?」
「おかしいよ……自分の子供を……捨てるなんて、赤城さん!」
真名が赤城の肩を揺さぶりながら、諭すように言う。
「じゃあ私が死ねばいいんですか?! そうなれば、この子もどうせ助からないんですよ!」
赤城は真名の手を振り払う。
「それは……」
「……私だって、こんなことしたくない。実の子を愛してない母親なんている訳がない! 私がまだ14歳の子供でも……この子の母親なの!」
赤城は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……その歳で、本気で母親が務まると思うのか」
僕は小声で、冷たい声で言った。
現実的に考えれば経済的にも育てられるわけがない。
「歳なんて関係ない。私も、相手の人も本気で育てるつもりだった! 私みたいな何の取り柄もない人間を愛してくれた人との子供なんだよっ……可愛くて、愛しくて仕方ない!」
さっきまでおとなしかった赤城が感情を爆発させる。
「私、ずっと子供の頃からいじめられた……それは中学に入った後もだった。だけど、子供ができて……このままじゃダメだって思って、私は変わった! 変われたの!」
「で、その子の父親は?」
僕は熱くなる赤城とは対照的に、冷静に質問をぶつける。
「……私が心から愛している人です」
赤城は一瞬口籠った後、そう言った。
「だから、私は愛する人のために生きて帰らなければならないの。ここにこの子を置いてでも……」
「……なるほど、君にとってそのお腹の子がどれだけ大きな幸福かは十分に伝わった……いいだろう、では始めようか! 赤城 有紗の幸福の忘却を」
エルが指を鳴らすと、審判の天秤の輝きが増す。
「……ごめんね……ごめんね」
赤城はお腹を摩りながら、何度も呟く。
自分が生き残るためとはいえ、やはり我が子を犠牲にするのは本意ではないはずだ。
「私が……私がもっと強いお母さんだったら……ごめんね、私なんかの子供で、ごめん……っ」
赤城は両手で顔を覆い、濡れた声で何度も謝る。
そして赤城の元へ、エルがゆっくりと近付いてくる。
「……では、頂こう。君のお腹の中の……幸福を」
「……はい」
赤城は顔を覆うのをやめ、エルに対して頷く。
すると、エルは一瞬だけ笑みを浮かべた。狂気的な、寒気がするほどの冷徹な笑み。
次の瞬間、エルの右腕が半分ほど赤城の腹部の中に埋め込まれていた。
腹から鮮血が噴き出すと共に、エルの笑い声が部屋に響いた。
「ッ……あ……」
赤城は悲鳴すら出せていなかった。ただ、擦れた咳のような音を繰り返すだけだった。
「ああ、まだ随分と小さいね。けれど……これも紛れもない人間であり、命だ。紛れもなく……君の幸福だ」
エルは無慈悲に赤城の腹部を探るように掻き乱す。
そのたびに赤城の表情が苦悶に染まる。
「あっ……ぁ……あああああああ!」
そして、ついにエルが赤城の腹部から右腕を引き抜いた。
その血塗れの手の中には……これから人間として生まれてくるはずだった生命があった。
そしてエルは、あろうことか赤城の腹で眠っていた子を、天秤の方へ投げた。
赤城の子は天秤の上に吸い込まれるように落下する。
「……おお、やはり生命が関わると幸福度も跳ね上がるね、30ポイント獲得だ!」
そして、赤城の方へ天秤が傾く。
牧島の両足と対し、大きくポイントで上回った。
「あ……あ、ああ……い、たい……」
しかし、赤城は喜ぶどころか涙と涎を流しながら破かれた腹を抑えて倒れ込んでいる。
「赤城さん……っひ!」
真名が赤城に駆け寄るが、短い悲鳴をあげてすぐに後退する。
「あ、ああ……あ、戻らない……戻さなきゃ……っ」
破かれた腹からは鮮血と共に赤黒い臓器の一部がはみ出ていた。
その引っ張り出された臓器を、赤城は必死に腹の中に戻そうとしている。
「……いやいや、ボクが悪いのかい? だって、お腹を開かなきゃ中の子供を取り出せないだろう? いくらボクでも、子供だけを無傷で引っ張り出すなんて芸当、出来ないよ」
それを見てエルは言い訳をするように赤城に笑いかける。
すると赤城は臓器をかき集める手を止め、静かに笑った。
「はっ……はは、はは……死ぬんだ、死ぬんだ私」
諦めたように遠くを見つめる赤城。
「けど、ありがとう……天使さん」
「ん?」
赤城は口元を抑え、膝を着く。
「ちょっと赤城さん……」
「おや、体調が優れないのかな。君のためにも早く決断をするべきだと思うよ」
エルが膝を着いた赤城に手を伸ばす。
「ううん、大丈夫……です。もう、忘却するものは決まってるから」
赤城が手を取って立ち上がる。
「そんな簡単に……さっきの見たでしょ? 牧島さんの……あれ」
真名が心配そうに赤城を見つめる。
「もちろん。だけど、私には……選択の余地がないから。生き残るためには、この選択肢しか残されてない」
赤城はもう決意したようだった。目つきが今までと違った。
「では、聞かせてもらおうか赤城 有紗。君が忘却する幸福を」
「……」
しばらくの沈黙の後、赤城が口を開いた。
「私は……っ、私、赤城 有紗は……捨てます」
「何を?」
お腹を何度か摩った後、言葉は続いた。
「……この、このっ……お腹の中にいる……私の子供をっ……」
「……へぇ」
それを聞いてエルがニヤリと笑った。
さっきからやたら腹を気にしていると思ったら……妊娠していたのか。
「君にとってその子供はどのくらいの価値がある? どれほど重要な幸福なのか、ボクに教えてくれないか?」
「おかしいよ……自分の子供を……捨てるなんて、赤城さん!」
真名が赤城の肩を揺さぶりながら、諭すように言う。
「じゃあ私が死ねばいいんですか?! そうなれば、この子もどうせ助からないんですよ!」
赤城は真名の手を振り払う。
「それは……」
「……私だって、こんなことしたくない。実の子を愛してない母親なんている訳がない! 私がまだ14歳の子供でも……この子の母親なの!」
赤城は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「……その歳で、本気で母親が務まると思うのか」
僕は小声で、冷たい声で言った。
現実的に考えれば経済的にも育てられるわけがない。
「歳なんて関係ない。私も、相手の人も本気で育てるつもりだった! 私みたいな何の取り柄もない人間を愛してくれた人との子供なんだよっ……可愛くて、愛しくて仕方ない!」
さっきまでおとなしかった赤城が感情を爆発させる。
「私、ずっと子供の頃からいじめられた……それは中学に入った後もだった。だけど、子供ができて……このままじゃダメだって思って、私は変わった! 変われたの!」
「で、その子の父親は?」
僕は熱くなる赤城とは対照的に、冷静に質問をぶつける。
「……私が心から愛している人です」
赤城は一瞬口籠った後、そう言った。
「だから、私は愛する人のために生きて帰らなければならないの。ここにこの子を置いてでも……」
「……なるほど、君にとってそのお腹の子がどれだけ大きな幸福かは十分に伝わった……いいだろう、では始めようか! 赤城 有紗の幸福の忘却を」
エルが指を鳴らすと、審判の天秤の輝きが増す。
「……ごめんね……ごめんね」
赤城はお腹を摩りながら、何度も呟く。
自分が生き残るためとはいえ、やはり我が子を犠牲にするのは本意ではないはずだ。
「私が……私がもっと強いお母さんだったら……ごめんね、私なんかの子供で、ごめん……っ」
赤城は両手で顔を覆い、濡れた声で何度も謝る。
そして赤城の元へ、エルがゆっくりと近付いてくる。
「……では、頂こう。君のお腹の中の……幸福を」
「……はい」
赤城は顔を覆うのをやめ、エルに対して頷く。
すると、エルは一瞬だけ笑みを浮かべた。狂気的な、寒気がするほどの冷徹な笑み。
次の瞬間、エルの右腕が半分ほど赤城の腹部の中に埋め込まれていた。
腹から鮮血が噴き出すと共に、エルの笑い声が部屋に響いた。
「ッ……あ……」
赤城は悲鳴すら出せていなかった。ただ、擦れた咳のような音を繰り返すだけだった。
「ああ、まだ随分と小さいね。けれど……これも紛れもない人間であり、命だ。紛れもなく……君の幸福だ」
エルは無慈悲に赤城の腹部を探るように掻き乱す。
そのたびに赤城の表情が苦悶に染まる。
「あっ……ぁ……あああああああ!」
そして、ついにエルが赤城の腹部から右腕を引き抜いた。
その血塗れの手の中には……これから人間として生まれてくるはずだった生命があった。
そしてエルは、あろうことか赤城の腹で眠っていた子を、天秤の方へ投げた。
赤城の子は天秤の上に吸い込まれるように落下する。
「……おお、やはり生命が関わると幸福度も跳ね上がるね、30ポイント獲得だ!」
そして、赤城の方へ天秤が傾く。
牧島の両足と対し、大きくポイントで上回った。
「あ……あ、ああ……い、たい……」
しかし、赤城は喜ぶどころか涙と涎を流しながら破かれた腹を抑えて倒れ込んでいる。
「赤城さん……っひ!」
真名が赤城に駆け寄るが、短い悲鳴をあげてすぐに後退する。
「あ、ああ……あ、戻らない……戻さなきゃ……っ」
破かれた腹からは鮮血と共に赤黒い臓器の一部がはみ出ていた。
その引っ張り出された臓器を、赤城は必死に腹の中に戻そうとしている。
「……いやいや、ボクが悪いのかい? だって、お腹を開かなきゃ中の子供を取り出せないだろう? いくらボクでも、子供だけを無傷で引っ張り出すなんて芸当、出来ないよ」
それを見てエルは言い訳をするように赤城に笑いかける。
すると赤城は臓器をかき集める手を止め、静かに笑った。
「はっ……はは、はは……死ぬんだ、死ぬんだ私」
諦めたように遠くを見つめる赤城。
「けど、ありがとう……天使さん」
「ん?」
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