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第10話 侵食
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【7月8日 試合当日:塚原 祐介】
とうとう今日が試合だ。昨日は夕飯が少々寂しかったが、ぐっすり眠る事も出来て体調も万全だ。
しかも、杏奈も俺の為にお参りやら色々してくれたみたいだし、不思議と力が湧いてくる。
俺は普段の朝練より早く30分早く起きて、普段使わない電車を乗り継いで試合会場である西高のグラウンドまで向かう事にした。
ちなみに杏奈は、昨日の疲れがあったのか朝は起きてこなかった。それだけ疲れるとは、どれだけ遠い神社までお参りに行ったのだろうか。
とりあえず、今日くらいはゆっくり眠らせてやる事にした。
最寄りの駅から歩いて10分。住宅街の中に西高の校舎が見え始めた。私立の進学校なので規模も大きく、外観も素晴らしいものだ。
「相変わらずでけぇな、西高は……」
今まで合同練習などで何度か足を運んできたが、やはり何度見てもその学校の大きさに驚かされる。
そして、大きな校門の隣には学校の守衛所がある。部外者が学校内に入るときには、この守衛所で受け付けを済まし、許可を得なければならない。当然、セキュリティーの問題上、必要な仕組みである。毎回試合のたびに許可を確認するのも面倒なのだが、俺は守衛所の初老の警備員に話しかける。
「すいません、今日ここでサッカーの試合をする南高の者です。事前に許可はとってあるはずなんですが……」
「ああー、南高のサッカー部の方ですね。どうぞ」
「ありがとうございます」
守衛所で入校許可証を受け取り、俺は西高のグラウンドへ向かった。
西高のグラウンドは信じられないほど整備が整っている事で有名だ。整えられた人工芝に、試合をするにも十分すぎる面積。さらに数千人規模の客席まで完備されている。
うちの高校もこの完備されたグラウンドをたまに貸してもらうので、場所は既に把握済みですぐに辿り着けた。
「おはようございます!」
俺は顧問や先輩に挨拶をしつつ、南高側のベンチに自分の荷物を下ろす。
「おっ、祐介」
「あ、和彦……じゃなくて部長! おはようございます」
おっと危ない。この間のように下の名前で呼びそうになったが今は部活中、あくまで先輩後輩の関係だ。俺は慌てて和彦に部長と言い直した。
「ははっ、そんな慌てて言い直さなくてもいいだろ」
「いえ……部活じゃあ先輩後輩の関係なんで、そこははっきり区別しないと……」
俺は純粋に和彦をサッカー選手として尊敬していた。だからこそ部活では和彦と呼ぶつもりはなかった。
それに、和彦と呼ぶとなんとなく10年前の夏休みを思い出してしまう。そして、浮かんできてしまうのだ、10年前に消えた優姫の顔が。試合中に変な事に気を取られたくもなかったし、これからも部活では和彦と呼ぶ事はないだろう。
「あー……それより聞いたか、祐介? 昨晩の話」
和彦が突如、声のトーンを下げて言う。
「……はい? 何の事ですか?」
「今日、試合出る西高選抜メンバーに中学の時に同じだった奴いただろ、西崎とかいう」
「ええ……あいつが、何か?」
「……ありゃ、なんも知らねぇのか……お前、今朝のニュース見てないのか」
和彦は表情を曇らせて頭をボリボリ掻きはじめる。
「一体……何なんです?」
俺は少し恐れながらもそう聞く。和彦がこういう表情をするのは、決まって悪い知らせの時だ。
「それがよ……」
和彦は少し躊躇いながらも話してくれた、その真実を。
「そいつ、昨日の夜……トラックに轢かれたらしいんだよ。今も意識不明の重体だと……」
「……えっ」
俺には確かに聞こえた。
西崎、昨日、轢かれた、重体、意識不明と。
後からじわじわと頭の中にそれらの単語が脳内に溶けて、広がっていく。
「……に、西崎が……西崎が重体……どういう事だよ、それ!」
俺は我を忘れて和彦に掴み掛る。
「ちょっ、待て! 落ち着けって! お前、本当に知らなかったのか!? 朝のニュースで散々、騒いでたろ!」
「いいから! 何があったっていうんだよ!」
「……昨日の夜8時くらいだったか、東神社の前に横断歩道あるだろ? あそこで派手にトラックに轢かれたらしい……しかも、事故じゃないらしいんだよ。その西崎ってやつ……手足を手錠で縛られた上、目と口まで塞がれたまんま道路に寝かされてたらしい」
「な……なんだよ、それ」
「しかも、轢いたトラックはそのまま逃亡。あそこの辺りは人通りも少ないし、街灯もないから目撃者も期待できないだろうし……犯人を捕まえるのも難しいんじゃねぇか、多分」
東神社の横断歩道。あそこは見通しも悪く、夜は街灯もなく人通りも少ないので地元の住人でも夜は気味が悪く近づかないような場所だ。俺たちも昔はよくあそこは危ないから行くなと両親に散々教えられた気がする。
だが、何故そんな時間に西崎がそんな所に……。
「あいつ……なんで」
「さぁ……今日の試合のゲン担ぎに神社でお参りでもしたんじゃねぇのか? まぁ、結局は本人が試合にすら出れなくなっちまったわけだが……」
……いや、お参りなんかじゃない。
あいつは、西崎は神頼みなんかするような奴じゃない。自分の力だけを信じ、勝利にのみ固執するような人間が、わざわざ試合前日の調整練習を犠牲にしてまでお参りになど来るはずがない。
あいつは、昔から自分以外の力を頼ろうだなんてしなかった。だが、お参りではないなら一体なぜ東神社の方向に向かっていたのか。
「……アレ、見てみろ。あっちの連中も西崎が事故って相当に動揺してる。そんだけ西崎はあのチームで大きな戦力だったって証拠だ」
和彦の指先の向こうには顔を真っ青にして狼狽える西高のサッカー部員達がいた。恐らく何人かは今日の朝になって西崎の事故の事を聞いたのだろう、動揺するのも無理も無い。
しかも、西崎は1年生ながら既にレギュラー、あちらの戦力に大きな穴を空けたのも間違えない。
「試合どうこう以前に自分たちの仲間が死にかけてるんだからな……無理もないだろ」
「……ああ、だが連中が動揺してるのはそれだけの理由じゃない」
「……え?」
和彦の表情がより一層険しくなる。
その表情を見て俺の背筋も冷たくなるが、和彦はゆっくりと口を開き続きの言葉を吐き出した。
「……これはニュースでは伏せられていて、現場近くに住んでる知り合いから聞いたんだが……無くなっていたらしい、西崎の……右足の親指が」
そして、和彦の口から出た言葉に俺は一瞬、思考を停止する。
右足の親指が、無くなった?
同じ言葉が脳内で何度も反復するが、脳内で咀嚼が上手く出来ない。
「最初は轢かれた衝撃で欠損したと思われてたらしいが、どうやら……人為的に切り取られていたそうだ。その話が近所に広まって、まだ近くに犯人が潜んでるんじゃないかって現場近くは大騒ぎだったらしい」
「なんだよ……それ」
耳にした情報を脳が処理するのにタイムラグが生じた。そんな凄惨な事が、昨日身近で起こっていたなんて。
この真夏に、冷や汗で徐々に体温が失われていくこの感覚……初めてではない。
そうだ。10年前、幼馴染の優姫が行方不明だと知らされた時の気持ち悪い感覚と同じだ。
「……おい、大丈夫か? すまん。今話すような内容じゃなかった」
黙り込んでしまった俺を見て、和彦は申し訳なさそうに言う。俺を動揺させてしまい、試合に影響させてしまうんじゃないかとでも考えているんだろう。
「ああ……平気って言ったら嘘になるけど、大丈夫だ。試合に影響出すようなマネはしないから……」
俺は作り笑いでそう答えておいた。こうでもしないと和彦の方が試合に影響を出しそうだ。
「そうか……悪かったな」
「……気を取り直して! やるからには今日絶対勝ちにいきましょ!」
俺は西崎の事を頭から振り払い、空元気で取り繕った。俺が動揺して試合に影響させるわけにはいかない。
気付けば試合開始の時刻が迫り、部員たちのほとんどが集まり始めていた。西高側は動揺したままだが、うちの方はいつもと変わらず気合いが入っていた。
「よし! 今日こそ西高をぶっ潰すぞ!」
西高グラウンドに俺たち南高の雄叫びが響き渡った。そして、俺の中では煮え切らない雰囲気のまま試合が始まった。
とうとう今日が試合だ。昨日は夕飯が少々寂しかったが、ぐっすり眠る事も出来て体調も万全だ。
しかも、杏奈も俺の為にお参りやら色々してくれたみたいだし、不思議と力が湧いてくる。
俺は普段の朝練より早く30分早く起きて、普段使わない電車を乗り継いで試合会場である西高のグラウンドまで向かう事にした。
ちなみに杏奈は、昨日の疲れがあったのか朝は起きてこなかった。それだけ疲れるとは、どれだけ遠い神社までお参りに行ったのだろうか。
とりあえず、今日くらいはゆっくり眠らせてやる事にした。
最寄りの駅から歩いて10分。住宅街の中に西高の校舎が見え始めた。私立の進学校なので規模も大きく、外観も素晴らしいものだ。
「相変わらずでけぇな、西高は……」
今まで合同練習などで何度か足を運んできたが、やはり何度見てもその学校の大きさに驚かされる。
そして、大きな校門の隣には学校の守衛所がある。部外者が学校内に入るときには、この守衛所で受け付けを済まし、許可を得なければならない。当然、セキュリティーの問題上、必要な仕組みである。毎回試合のたびに許可を確認するのも面倒なのだが、俺は守衛所の初老の警備員に話しかける。
「すいません、今日ここでサッカーの試合をする南高の者です。事前に許可はとってあるはずなんですが……」
「ああー、南高のサッカー部の方ですね。どうぞ」
「ありがとうございます」
守衛所で入校許可証を受け取り、俺は西高のグラウンドへ向かった。
西高のグラウンドは信じられないほど整備が整っている事で有名だ。整えられた人工芝に、試合をするにも十分すぎる面積。さらに数千人規模の客席まで完備されている。
うちの高校もこの完備されたグラウンドをたまに貸してもらうので、場所は既に把握済みですぐに辿り着けた。
「おはようございます!」
俺は顧問や先輩に挨拶をしつつ、南高側のベンチに自分の荷物を下ろす。
「おっ、祐介」
「あ、和彦……じゃなくて部長! おはようございます」
おっと危ない。この間のように下の名前で呼びそうになったが今は部活中、あくまで先輩後輩の関係だ。俺は慌てて和彦に部長と言い直した。
「ははっ、そんな慌てて言い直さなくてもいいだろ」
「いえ……部活じゃあ先輩後輩の関係なんで、そこははっきり区別しないと……」
俺は純粋に和彦をサッカー選手として尊敬していた。だからこそ部活では和彦と呼ぶつもりはなかった。
それに、和彦と呼ぶとなんとなく10年前の夏休みを思い出してしまう。そして、浮かんできてしまうのだ、10年前に消えた優姫の顔が。試合中に変な事に気を取られたくもなかったし、これからも部活では和彦と呼ぶ事はないだろう。
「あー……それより聞いたか、祐介? 昨晩の話」
和彦が突如、声のトーンを下げて言う。
「……はい? 何の事ですか?」
「今日、試合出る西高選抜メンバーに中学の時に同じだった奴いただろ、西崎とかいう」
「ええ……あいつが、何か?」
「……ありゃ、なんも知らねぇのか……お前、今朝のニュース見てないのか」
和彦は表情を曇らせて頭をボリボリ掻きはじめる。
「一体……何なんです?」
俺は少し恐れながらもそう聞く。和彦がこういう表情をするのは、決まって悪い知らせの時だ。
「それがよ……」
和彦は少し躊躇いながらも話してくれた、その真実を。
「そいつ、昨日の夜……トラックに轢かれたらしいんだよ。今も意識不明の重体だと……」
「……えっ」
俺には確かに聞こえた。
西崎、昨日、轢かれた、重体、意識不明と。
後からじわじわと頭の中にそれらの単語が脳内に溶けて、広がっていく。
「……に、西崎が……西崎が重体……どういう事だよ、それ!」
俺は我を忘れて和彦に掴み掛る。
「ちょっ、待て! 落ち着けって! お前、本当に知らなかったのか!? 朝のニュースで散々、騒いでたろ!」
「いいから! 何があったっていうんだよ!」
「……昨日の夜8時くらいだったか、東神社の前に横断歩道あるだろ? あそこで派手にトラックに轢かれたらしい……しかも、事故じゃないらしいんだよ。その西崎ってやつ……手足を手錠で縛られた上、目と口まで塞がれたまんま道路に寝かされてたらしい」
「な……なんだよ、それ」
「しかも、轢いたトラックはそのまま逃亡。あそこの辺りは人通りも少ないし、街灯もないから目撃者も期待できないだろうし……犯人を捕まえるのも難しいんじゃねぇか、多分」
東神社の横断歩道。あそこは見通しも悪く、夜は街灯もなく人通りも少ないので地元の住人でも夜は気味が悪く近づかないような場所だ。俺たちも昔はよくあそこは危ないから行くなと両親に散々教えられた気がする。
だが、何故そんな時間に西崎がそんな所に……。
「あいつ……なんで」
「さぁ……今日の試合のゲン担ぎに神社でお参りでもしたんじゃねぇのか? まぁ、結局は本人が試合にすら出れなくなっちまったわけだが……」
……いや、お参りなんかじゃない。
あいつは、西崎は神頼みなんかするような奴じゃない。自分の力だけを信じ、勝利にのみ固執するような人間が、わざわざ試合前日の調整練習を犠牲にしてまでお参りになど来るはずがない。
あいつは、昔から自分以外の力を頼ろうだなんてしなかった。だが、お参りではないなら一体なぜ東神社の方向に向かっていたのか。
「……アレ、見てみろ。あっちの連中も西崎が事故って相当に動揺してる。そんだけ西崎はあのチームで大きな戦力だったって証拠だ」
和彦の指先の向こうには顔を真っ青にして狼狽える西高のサッカー部員達がいた。恐らく何人かは今日の朝になって西崎の事故の事を聞いたのだろう、動揺するのも無理も無い。
しかも、西崎は1年生ながら既にレギュラー、あちらの戦力に大きな穴を空けたのも間違えない。
「試合どうこう以前に自分たちの仲間が死にかけてるんだからな……無理もないだろ」
「……ああ、だが連中が動揺してるのはそれだけの理由じゃない」
「……え?」
和彦の表情がより一層険しくなる。
その表情を見て俺の背筋も冷たくなるが、和彦はゆっくりと口を開き続きの言葉を吐き出した。
「……これはニュースでは伏せられていて、現場近くに住んでる知り合いから聞いたんだが……無くなっていたらしい、西崎の……右足の親指が」
そして、和彦の口から出た言葉に俺は一瞬、思考を停止する。
右足の親指が、無くなった?
同じ言葉が脳内で何度も反復するが、脳内で咀嚼が上手く出来ない。
「最初は轢かれた衝撃で欠損したと思われてたらしいが、どうやら……人為的に切り取られていたそうだ。その話が近所に広まって、まだ近くに犯人が潜んでるんじゃないかって現場近くは大騒ぎだったらしい」
「なんだよ……それ」
耳にした情報を脳が処理するのにタイムラグが生じた。そんな凄惨な事が、昨日身近で起こっていたなんて。
この真夏に、冷や汗で徐々に体温が失われていくこの感覚……初めてではない。
そうだ。10年前、幼馴染の優姫が行方不明だと知らされた時の気持ち悪い感覚と同じだ。
「……おい、大丈夫か? すまん。今話すような内容じゃなかった」
黙り込んでしまった俺を見て、和彦は申し訳なさそうに言う。俺を動揺させてしまい、試合に影響させてしまうんじゃないかとでも考えているんだろう。
「ああ……平気って言ったら嘘になるけど、大丈夫だ。試合に影響出すようなマネはしないから……」
俺は作り笑いでそう答えておいた。こうでもしないと和彦の方が試合に影響を出しそうだ。
「そうか……悪かったな」
「……気を取り直して! やるからには今日絶対勝ちにいきましょ!」
俺は西崎の事を頭から振り払い、空元気で取り繕った。俺が動揺して試合に影響させるわけにはいかない。
気付けば試合開始の時刻が迫り、部員たちのほとんどが集まり始めていた。西高側は動揺したままだが、うちの方はいつもと変わらず気合いが入っていた。
「よし! 今日こそ西高をぶっ潰すぞ!」
西高グラウンドに俺たち南高の雄叫びが響き渡った。そして、俺の中では煮え切らない雰囲気のまま試合が始まった。
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