狂った妹の殺し方

柘榴

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第9話 願いと祈り

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【7月7日 練習後 午後7時:塚原 祐介】

 軽い調整練習を行い、練習の終わりに顧問のミーティングが始まる。

「明日は西高との練習試合だ。練習だとは思わず、これは地区予選の前哨戦だと思え! 分かったな!」
「はいっ!」

 顧問の気合の入った言葉に、部員一同が大声で応える。
 俺の所属する南高サッカー部と西高サッカー部は昔からこの地区での1、2を争う強豪校同士だ。つまり練習試合とは、今年の地区予選の結果を占う為の大切な前哨戦でもある。
 特にここ数年は南高は西高に地区代表を奪われているため、部員の気合の入り方も他の練習試合とは一回り違う。
「明日の集合も早い、今日はもう解散だ! 良いか、明日は戦争だぞ!」
 顧問がそう言って足早に撤退する。部員たちもいつもよりピリピリとした空気感を放ちながらベンチへさっさと戻って行く。この空気感が明日の練習試合の重要さを物語っている。

 ……戦争、か。
 俺は杏奈の言葉を思い出しながら駆け足でベンチに向かい、自分の荷物を手早くまとめる。タオルで汗をさっさとふき取り、急いで制服に着替えていつも通りベンチを後にする。

「お疲れ様でした!」
 先輩たちに適当に挨拶をして、俺はいつも通り電車に乗り遅れないように急ぎ足で校門を目指す。特に明日は試合だ、さっさと家に帰って休みたい。
 しかし、今日は随分と暑い日だった。さっき汗を拭きとったのにもう制服のシャツが湿っている。
 校門を目指して走っていても、顔に当たる風が生暖かい。

「っは……はぁ……」
 やっと校門を潜り抜け、そのままスピードを維持して駅まで全力疾走した。
 途中、何度も息切れで立ち止まりそうになるが、脇腹を抑えながらも走り続ける。
 そして、駅に着く頃には見事に制服は汗でびしょびしょになっていた。着ていて非常に気持ちが悪い。
「あー……腹痛ぇ」
 だが、そのおかげで普段より少し早い時間に電車に乗る事ができたそうだ。学校から駅までの最速記録更新だ。

「っふぅ……なんとか間に合った……」
 俺は自分へのご褒美として自販機に500円玉を押し込み、普段飲まないコーラのボタンを迷わず選択する。 
 炭酸飲料はスポーツマンにとっては糖分の塊でしかないので、普段はなるべく飲まないように心がけているのだ。
 しかし、記録更新の喜びと明日の試合の前祝という名目で、今日くらいは飲んでもバチは当たらないだろうと思いながら自販機からコーラを拾い上げた。
 ボトルのキャップを開け、俺はなんの躊躇いもなく、コーラを口の中に一気に流し込む。
 ……ああ。コーラってこんなに美味かったけ。汗を流した後、夜風に当たりながら飲むコーラは最高の一言だった。俺は喉の渇きを潤すため、たった数分で500mlのボトル1本をほぼ空にしてしまう。

「……っぐふ。さすがに一気に飲み過ぎたか」
 あまりの美味さに一気飲みしてしまったが、今さらになって後悔する。胃が炭酸飲料で満たされ、腹が膨れてしまった。
「あー、きもちわりぃ……これで夕飯食えなかったら……杏奈怒るだろうなぁ」
 杏奈は自分の作った料理が残されると、少し悲しそうな顔をして怒る。 最初はギャーギャー喚くのだが、最後のほうには『……なにが不味かったのかな? 肉? 魚? 野菜? それとも……全部?』と半泣きになって質問責めしてくる。
 その時の杏奈の表情がたまらなく辛そうで、俺には見るに耐えられなかった。妹の辛そうな顔を好む兄などいないだろうから、当然なのだが。
「……あいつ、試合前だからトンカツで勝つ! とかいって揚げ物ばっか作ってるだろうな。試合前だから重いものは勘弁してほしいんだがな……」 
 俺はぶつぶつと小言を呟くも、それをコーラと一緒に飲み込んで電車に乗り込んだ。
 
 家に帰ってみると、その日の夕食の予想は見事に当たった。カツ丼だった。
「はーい、今日はカツ丼でーす! 勝つにかけて……」
 杏奈は予想通りの反応だった。試合前の夕飯の、いつもの光景、のはずだった。
 だが、今日はいつもとは少し違った。いつも通りの試合前日の夕飯ではなかった。
「……なぁ、杏奈」
「ん、どうしたのお兄ちゃん? 早く食べて、寝なきゃ!」
 杏奈もいつも通り試合前の俺を気遣ってくれる。しかし、俺は気付いてしまったのだ。

「せっかくの料理にこんな事言いたくないんだが……どうして今日はコンビニ弁当なんだ?」
 俺は少し控えめに聞いてみる。
 そう、ここがおかしかった。普段、どんなに忙しくても自分の手料理にこだわる杏奈が、なぜ今日に限ってコンビニ弁当なのか。
 兄である俺の試合前日だ。妹の杏奈は尚更、俺に手料理を振舞いたいはずだ。少なくとも今まではそうだった。
「あー……うん、ごめん……ちょっと今日色々忙しくってさ……料理する時間なかったっていうか……」
「……色々って、何かあったのか?」
 あの杏奈が夕飯より優先すべき事、それはよっぽどの事だ。
「いや、全然大した事じゃないから! てか、お兄ちゃんの為に良い事したって感じだし!」
「はぁ? なんだ、それ。お前……なんか変な事隠してないか?」
「変な事扱いとかひっどーい! 私なりに出来る事をやっておいたのにー! もう、なんでそんな私の事疑うような言い方なのよ~……」
 安奈は足をバタバタと振り上げる。
 ……まずい、怒らせてしまったか。
「いや……お前が料理より優先させる事があったなんて、なんか意外だったから……」
「そりゃ、あるよ! 明日の試合への下準備! 私、言ったじゃん! 絶対にお兄ちゃんを勝たせてあげるって! その為のお参り的な?」
 杏奈は誇らしげに平坦な胸を張って見せる。
 まぁ、杏奈の事だ。どうせわざわざ遠くの神社まで勝利祈願のお参りにでも行って、予想以上に帰りが遅くなったとかいうオチだろう。
「……どうせ遠い神社にでも勝利祈願でもしたんだろ、前もそうだったんだよなぁ……」
「べっ……別に遠くたっていいじゃん。御利益があるんだから」
「……まぁ、お前がその貧しい胸を張ってそう答えるなら信じよう。遠い中わざわざありがとな、杏奈」
「へへっ……どういたしま……って、お兄ちゃん……今、私の胸が何て言った? はっきり聞こえなかったんだけど、もう1回言ってくれないかな……?」
 これもいつも通り。杏奈は貧乳がコンプレックスらしく、ネタにするたびに殴り掛かってくる。中学生になって更に貧乳ネタに敏感なり始めた。
「いてててて! 俺、明日試合だから! ギブ、ギブ!」
「うるっさい! 今ここで殺してやる!」
 俺が杏奈をからかい、杏奈が怒る。俺たち兄妹のいつも通りの光景だ。

 ……だが、こうして俺たちがじゃれ合うのも、今思えばこの日が最後だったのかもしれない。

『お兄ちゃんの為』

 この言葉の本来の意味を、俺は理解出来ていなかった。

「そういえば今日、七夕だねー。お星さまにもお願いしなきゃ! 明日は……お兄ちゃんが勝てますように! あとお父さんとお母さん、神様にもちゃんとお祈りしなきゃ……」

 そう言いながら杏奈は祭壇へ手を合わせ、祈りを捧げる。
 そんな事を無邪気に言う杏奈が、裏ではあんなに恐ろしい事をしている事実に、俺はまだ気付いてすらいなかった。
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