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第8話 香川 幸也の尻尾切りⅡ
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「妻と娘の何を知っている。彼女たちはただ海外旅行に……」
家に入るなり、香川は苛立ちながら唯に問う。
「うん、行くつもりだったね。けれど、そうはならなかった。なぜなら、私がそう仕向けた」
「一体、何をした!」
唯の曖昧な回答に、香川は苛立ちを抑えきれずに唯の胸倉を掴み上げる。
「怖い怖い、随分と奥さんと娘さんを大事に思っているんだね。どうやら、私の準備も無駄にはならなかったみたいだね」
「お前、2人に何をした!?」
「私はまだ何もしていないよ。だってそれは、君の役目だからね」
そして、唯は高級そうなソファーの方へ目線をやる。
そこには、何かを包んでいるように毛布が何重にも重ねてあった。
香川は唯を突き飛ばし、ソファーの毛布を引きはがし始める。
「由美、真紀!」
毛布に包まれていたのは、香川の妻と娘だった。
「大丈夫、攫ってきて薬で眠らせてるだけ。まだ何もしてないよ。けれど、これからどうなるかは君次第だ」
香川は瞬時に状況を理解した。
唯に妻と娘を人質に取られていること。そして、恐らく唯は自分に対して過去の復讐をしようとしていること。
「何をすればいい? どうすれば、2人を解放してくれる?」
ならば、今は唯に従うしかないと判断し、即座に香川は唯の望みを問う。
それを見て、やはりこの男は3人の中でも最も頭が回り、狡賢い人間だと唯は確信した。
「嫁と娘を人質にされると随分と弱腰だね。なに、2つだけ私の頼みを聞いてほしいだけ。1つは私の娘と親子鑑定を受けること。もし君が父親なら、今の家族はめちゃくちゃだろうけど……彼女たちの命は助けられる」
「娘というのは……あの時の」
唯は黙って頷く。
香川はてっきり中絶したものだと思っていた。だから、もう唯とも関わることは無いと思い安心していたのだ。
だが、自分と唯の子供かもしれない娘が、この世には存在していると知らされ、香川は動揺を隠しきれていなかった。
「分かった。受ける……もし俺が父親なら、養育費の援助くらいはさせてもらう。だから……この事は」
「それともう1つ、あの頃の私の痛みを知ってほしいんだ。別に反省したり懺悔しろなんていうつもりはない。ただ、私の痛みを知って、他人の痛みの分かる立派なパパになってほしいんだ」
香川の声を遮り、唯は話を強引に進める。
だが、香川も覚悟を決めたようで、黙って首を縦に振った。
「……分かった。俺のしたことは到底許されることじゃない。君が望むなら、その痛みも受け入れる。だから、2人は……」
「うん、助けるよ。香川くんがこの場で私の痛みを受け入れてくれればね」
唯のあまりにも残酷な要求に、香川は驚愕した。
「あの時、君は私を犯すだけでは飽き足らず、ある遊びを考案した。それは私に大切なものを壊させて、どれだけ絶望させる事が出来るか、という遊び。私はあの時、飼っていたハムスターも踏み殺させられ、猫もバラバラに解体させられた。あ、そのあとそれを食わされたりもしたっけ。だから、この痛みを香川くんにも味わってほしいんだ」
「ど、どういうことだ……うちにはペットはいないぞ、か、代わりに何か大切なものを壊す! いくらでも壊す! だから、それで」
香川にとって大切なモノ……それは財産でも土地でも地位でもない……かけがえのないモノ。
「別にペットである必要はないよ。あの当時、私にとって一番大切なのがペットだったっていうだけだから。だから、今……君が最も大切なものを壊してくれれば、それでいいんだ。だから、この2人を用意したんだ」
唯は持っているナイフを眠っている香川の妻と娘に向け、笑みを浮かべる。
「待ってくれ……それだけは、無理だ。壊すなんて、できない」
「それでも構わない。香川くんが自殺すれば2人は助けてあげるよ。これもあの時、君が私に言ったセリフだよ?」
唯の無情な提案に、香川は頭を抱えながら崩れ落ちる。
「やっぱり自分の命が惜しい? でもそれが普通だよ、何も気に病むことは無いよ。だって、あの時の私も自殺できなくて、大切なペットたちをこの手で殺したんだもの」
そう言って、唯は香川の手にナイフを握らせる。
「さぁ、それで2人の首元を裂くか、自分の首元を裂くか……君が決めて」
……翌朝も、報道番組は一連の都内で起こった連続怪奇事件の話題で持ちきりだった。
『昨夜未明、都内の住宅に住む女性とその娘が殺害された事件で、現場でナイフを握ったまま放心状態の女性の夫の身柄を確保しました。夫は精神的なショックを受けているため話を聞くのは現段階では難しいとのことですが、事件との深い関わりがあるとして捜査を進めています』
『そして、今入った情報です。病院で夫を精密検査したところ、夫の精巣が抜き取られていることが判明し、警察は一連の事件との関連性を……』
こうして3人のパパの再教育(ふくしゅう)は完了した。
後は……持ち帰って来た『パパの精巣』から、蘭との血縁関係を鑑定するのみ。
精巣が無ければ、パパが『偽物の家族』を生み出す心配もない。これからは、蘭にとっての唯一無二の正真正銘のパパになってくれるんだ。
そして、そのためには……もう1つ、必要なモノがある。それは、私の……。
家に入るなり、香川は苛立ちながら唯に問う。
「うん、行くつもりだったね。けれど、そうはならなかった。なぜなら、私がそう仕向けた」
「一体、何をした!」
唯の曖昧な回答に、香川は苛立ちを抑えきれずに唯の胸倉を掴み上げる。
「怖い怖い、随分と奥さんと娘さんを大事に思っているんだね。どうやら、私の準備も無駄にはならなかったみたいだね」
「お前、2人に何をした!?」
「私はまだ何もしていないよ。だってそれは、君の役目だからね」
そして、唯は高級そうなソファーの方へ目線をやる。
そこには、何かを包んでいるように毛布が何重にも重ねてあった。
香川は唯を突き飛ばし、ソファーの毛布を引きはがし始める。
「由美、真紀!」
毛布に包まれていたのは、香川の妻と娘だった。
「大丈夫、攫ってきて薬で眠らせてるだけ。まだ何もしてないよ。けれど、これからどうなるかは君次第だ」
香川は瞬時に状況を理解した。
唯に妻と娘を人質に取られていること。そして、恐らく唯は自分に対して過去の復讐をしようとしていること。
「何をすればいい? どうすれば、2人を解放してくれる?」
ならば、今は唯に従うしかないと判断し、即座に香川は唯の望みを問う。
それを見て、やはりこの男は3人の中でも最も頭が回り、狡賢い人間だと唯は確信した。
「嫁と娘を人質にされると随分と弱腰だね。なに、2つだけ私の頼みを聞いてほしいだけ。1つは私の娘と親子鑑定を受けること。もし君が父親なら、今の家族はめちゃくちゃだろうけど……彼女たちの命は助けられる」
「娘というのは……あの時の」
唯は黙って頷く。
香川はてっきり中絶したものだと思っていた。だから、もう唯とも関わることは無いと思い安心していたのだ。
だが、自分と唯の子供かもしれない娘が、この世には存在していると知らされ、香川は動揺を隠しきれていなかった。
「分かった。受ける……もし俺が父親なら、養育費の援助くらいはさせてもらう。だから……この事は」
「それともう1つ、あの頃の私の痛みを知ってほしいんだ。別に反省したり懺悔しろなんていうつもりはない。ただ、私の痛みを知って、他人の痛みの分かる立派なパパになってほしいんだ」
香川の声を遮り、唯は話を強引に進める。
だが、香川も覚悟を決めたようで、黙って首を縦に振った。
「……分かった。俺のしたことは到底許されることじゃない。君が望むなら、その痛みも受け入れる。だから、2人は……」
「うん、助けるよ。香川くんがこの場で私の痛みを受け入れてくれればね」
唯のあまりにも残酷な要求に、香川は驚愕した。
「あの時、君は私を犯すだけでは飽き足らず、ある遊びを考案した。それは私に大切なものを壊させて、どれだけ絶望させる事が出来るか、という遊び。私はあの時、飼っていたハムスターも踏み殺させられ、猫もバラバラに解体させられた。あ、そのあとそれを食わされたりもしたっけ。だから、この痛みを香川くんにも味わってほしいんだ」
「ど、どういうことだ……うちにはペットはいないぞ、か、代わりに何か大切なものを壊す! いくらでも壊す! だから、それで」
香川にとって大切なモノ……それは財産でも土地でも地位でもない……かけがえのないモノ。
「別にペットである必要はないよ。あの当時、私にとって一番大切なのがペットだったっていうだけだから。だから、今……君が最も大切なものを壊してくれれば、それでいいんだ。だから、この2人を用意したんだ」
唯は持っているナイフを眠っている香川の妻と娘に向け、笑みを浮かべる。
「待ってくれ……それだけは、無理だ。壊すなんて、できない」
「それでも構わない。香川くんが自殺すれば2人は助けてあげるよ。これもあの時、君が私に言ったセリフだよ?」
唯の無情な提案に、香川は頭を抱えながら崩れ落ちる。
「やっぱり自分の命が惜しい? でもそれが普通だよ、何も気に病むことは無いよ。だって、あの時の私も自殺できなくて、大切なペットたちをこの手で殺したんだもの」
そう言って、唯は香川の手にナイフを握らせる。
「さぁ、それで2人の首元を裂くか、自分の首元を裂くか……君が決めて」
……翌朝も、報道番組は一連の都内で起こった連続怪奇事件の話題で持ちきりだった。
『昨夜未明、都内の住宅に住む女性とその娘が殺害された事件で、現場でナイフを握ったまま放心状態の女性の夫の身柄を確保しました。夫は精神的なショックを受けているため話を聞くのは現段階では難しいとのことですが、事件との深い関わりがあるとして捜査を進めています』
『そして、今入った情報です。病院で夫を精密検査したところ、夫の精巣が抜き取られていることが判明し、警察は一連の事件との関連性を……』
こうして3人のパパの再教育(ふくしゅう)は完了した。
後は……持ち帰って来た『パパの精巣』から、蘭との血縁関係を鑑定するのみ。
精巣が無ければ、パパが『偽物の家族』を生み出す心配もない。これからは、蘭にとっての唯一無二の正真正銘のパパになってくれるんだ。
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