上 下
31 / 32
悪逆非道のトラブルメーカー

第29話 ヴェルベーヌ・シャルマン

しおりを挟む
「----アハハハッ!」

 アトラク・ナクアが出て行った部屋で一人、ヴェルベーヌ・シャルマンは笑っていた。
 【傾城傾国ファム・ファタル】の力により、校舎が溶解するというこの地獄を、幸福なものとして理解するよう、脳が洗脳つくりかえられていた。

「校舎が溶解けていくわ! どんどん溶解けていくわ!
 私は何を恐れていたのかしら! この世で、地獄ほど、他人が痛い目にう様よりも、愉悦を感じる様はないというのに!」

 そして彼女は、アトラク・ナクアによる地獄を待ち望んでいた。
 そう望むような精神に、洗脳つくりかえられていたのだ。

「さぁ、アトラク・ナクア! 私に見せなさい! 絶望を、地獄を、恐怖を!
 他人が堕ちて行く様を見る、まさに貴族である私の特権じゃない!」

 そうして笑う彼女は、自分の背後から人が近付いているのを気付いていた。

「(誰かしら? まぁ、誰でも良いし、誰でも関係ないわ。
 なにせこの私に危害を、愛を与えないということは誰にも出来ないのだから!)」

 友人も、親も、ましてや自分ですら。
 ヴェルベーヌ・シャルマンの魔法を、『愛させる魔法』を止める事は出来ないのだから。


 ----ぱちんっ!!


「……えっ?」

 だから、ヴェルベーヌは驚いていた。
 彼女が、蛇のような黒髪を持つその令嬢が、自分の頬を思いっきしビンタ・・・していたから。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……えっ?」

 それは、"痛み・・"であった。

 この『愛させる魔法』を手に入れてから、それ以前に生まれてから。
 ヴェルベーヌ・シャルマン公爵令嬢は、一度も殴打ぶたれるだなんて、受けたことがなかったのだから。

「なんで、ぶたれたの?」

 それ以前に、何故・・殴打・・できたの・・・・?

「あなた、その髪の魔法でなにかしたの?」

 ヴェルベーヌは、そうカリカ・パパヤ男爵令嬢に問うた。

「あなたのその髪は、私のこの魔法すら打ち消す魔法だとでも言うの?!」

 カリカ・パパヤ男爵令嬢の髪が、魔法を無効化する髪の魔法である事は知っていた。
 ただそれは髪だけで、身体はその効果を受けない。

 それに、以前ヴェルベーヌは身体全体に無効化の魔法を持つ貴族と出会い。
 その無効化の魔法ですら侵食し、自らを愛させてしまったという実体験があった。

 考えられるのは、たった1つ。
 あの髪の魔法が、ヴェルベーヌが思っていた以上に無効化に優れていたという事。


「(----!! 魔法が勝手に?!)」

 だから、【傾城傾国《ファム・ファタル》】は出力を・・・上げた・・・


 いつもよりも豪快に、そして豪勢に。
 ヴェルベーヌ・シャルマンを愛させるために、香りをドバドバと垂れ流していた。

 その威力は、もはや空間ですら彼女に恋い焦がれて、色がつくくらいに。
 魅了の極致は、ヴェルベーヌを傷つけようとする人間を許さず、カリカ・パパヤ男爵令嬢はいきなり苦しそうにその場に倒れる。

 ----酸欠だ。

 カリカ令嬢の周りにあった空気ですら、ヴェルベーヌを傷つけようとする者に罰を与えるべく、吸収されることを拒否していた。
 いまカリカ令嬢だけは、空気がない空間に閉じ込められたと言っても過言ではなかった。



 そんな状況でもなお、カリカ令嬢はヴェルベーヌを見つめていた。


「なんで? 苦しいはずなのに、私を傷つけるあなたは世界に嫌われてるのに、なんであなたは……」

 ----私に手を振りあげることが出来るの?

 その質問に、酸欠状態のカリカ令嬢が答える事は出来なかった。


 ----ぱちんっ!!


 ただ、ヴェルベーヌをもう一度、ビンタをした。

「(----またっ!?)」

 痛みを頬に感じながら、ヴェルベーヌは訳が分からなかった。
 確かに、殴られて痛かった。


 でも、そのビンタは、

 魔法で自分を無理やり愛するように強制された、洗脳つくりかえられて産まれた偽りのモノではなく。

 自分の事を思って、悪い事をしているから正そうという、


 本当の、愛を感じるビンタであった。



(※)カリカ令嬢がビンタできた訳
 彼女はなにも特別な魔法を使った訳ではない。ただ、アイリス王女からヴェルベーヌが悪事を行おうとしているのを知り、ただ彼女を止めようと思って、ビンタという行為を通して止めようとしただけである
 まるで親が躾のために、これ以上間違った方向に進むのを止めるために、相手の事を思ってビンタするのと同じように

 愛にも色々と形がある。相手を慕い、相手の願いをただ叶え続けるというのも1つの愛の形である
 しかし、相手が間違っている道を歩んでいるのを知って、それを止めるためにビンタしてでも止めようとする行為もまた、愛である
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...