75 / 81
波打ち際の幽かな戀 ー今なら素直に気持ちを伝えられるのに外伝ー
外伝―7 幼い約束
しおりを挟む
海の中に沈んでいく夕日の姿はもう半分も残っていなくて、世界は僕たちに家へと帰る時間を知らしていた。
ゆりさんがどこに暮らしているのかは分からない。だけれど、こんなにきれいな人が夜の闇の中で一人歩くことほど不用心なものはないだろう。だから、ゆりさんには夕日が見えているうちに家に帰ってほしいのだけれど。
「? どうしたの、万次郎?」
「な、何でもないよ」
僕はぎこちなく笑ってごまかしたけれど、内心はぐちゃぐちゃだった。
帰ってほしいけれど、帰ってほしくない。
とんでもなく矛盾した感情だろう。だけど、もしこのまま帰ってしまったら二度と会うことはできなくなってしまう。そんな予感がしていて、どうしてもゆりさんを帰してしまいたくないと思った。
だけど、時間は照明のスイッチのように切り替えができるわけではなくて、目に映る夕日の姿は残り僅か。
何か、言わないと。
揺れる瞳を押さえつけるように拳を固く握りながら、僕は口を開く。
「またここへ来たのなら、僕はゆりさんに会うことができるのかな?」
「え。また会いたいの?」
まさかの質問だったのだろう。ゆりさんはこちらに振り返り眉尻を上げた後、口元に手を当てて考え始める。
僕たちの足元へと打ち寄せてきた波が二回、大海原へ帰っていく時間考えていたゆりさんは、三回目の波が僕たちの足元に届いた時、小さな口を開いた。
「良いけれど、条件があるわ」
「何かな?」
「ここに来て良いのは夕日が見られる時だけよ」
「夕日が見られる時だけ?」
想像もしていなかった条件を出された僕は、首を傾げた。
どうしてわざわざそんな条件を出したのだろうか。
雨が降っている時に会うのが難しいのは想像できる。だけど、曇りなら体を濡らす心配もないし、むしろ暑さも治まっていて会いやすいと思うのだけれど。
「いつでも会えてしまうと言うのは、面白くないと思わない?」
「そうかな?」
「そうよ。平安時代の貴族なんて、月明かりを頼りに恋人の元へと通っていたんだから」
「そ、それはロマンチックだね」
「そうよね。だから夕日が出ている日だけ」
「え。それって、理由になるのかな?」
「むむ。現実的なことばかり言っていたらつまらないわ」
「えっ」
思わぬゆりさんの一言に、僕は硬直した。
中学三年生の自分にはつまらないという評価はとても重たいもので、慌てふためくばかりで僕は何も言い返せなかった。
そんな僕の気持ちを察してか、微笑みわざと頭を下げて僕を見上げるようにする。
「夕日が見られる時だけ。守れる?」
「わ、分かったよ」
拗ねてしまった幼い子どもをあやすような約束。
ゆりさんに笑われてしまうような幼い約束だったけれど、ゆりさんと再び会えることが何よりも嬉しくて、僕はにやけてしまいそうになる唇をキュッと閉めた。
「それじゃあ、またね、万次郎」
顔の横で手を小さく振ったゆりさんは、ワンピースの裾を翻し、僕の視界から遠のいていく。
僕はゆりさんの背中が視界から消えるまで見届けたかったけれど、耳に残るゆりさんの声の余韻が波の音にさらわれてしまいそうで急いで家へと帰るのだった。
ゆりさんがどこに暮らしているのかは分からない。だけれど、こんなにきれいな人が夜の闇の中で一人歩くことほど不用心なものはないだろう。だから、ゆりさんには夕日が見えているうちに家に帰ってほしいのだけれど。
「? どうしたの、万次郎?」
「な、何でもないよ」
僕はぎこちなく笑ってごまかしたけれど、内心はぐちゃぐちゃだった。
帰ってほしいけれど、帰ってほしくない。
とんでもなく矛盾した感情だろう。だけど、もしこのまま帰ってしまったら二度と会うことはできなくなってしまう。そんな予感がしていて、どうしてもゆりさんを帰してしまいたくないと思った。
だけど、時間は照明のスイッチのように切り替えができるわけではなくて、目に映る夕日の姿は残り僅か。
何か、言わないと。
揺れる瞳を押さえつけるように拳を固く握りながら、僕は口を開く。
「またここへ来たのなら、僕はゆりさんに会うことができるのかな?」
「え。また会いたいの?」
まさかの質問だったのだろう。ゆりさんはこちらに振り返り眉尻を上げた後、口元に手を当てて考え始める。
僕たちの足元へと打ち寄せてきた波が二回、大海原へ帰っていく時間考えていたゆりさんは、三回目の波が僕たちの足元に届いた時、小さな口を開いた。
「良いけれど、条件があるわ」
「何かな?」
「ここに来て良いのは夕日が見られる時だけよ」
「夕日が見られる時だけ?」
想像もしていなかった条件を出された僕は、首を傾げた。
どうしてわざわざそんな条件を出したのだろうか。
雨が降っている時に会うのが難しいのは想像できる。だけど、曇りなら体を濡らす心配もないし、むしろ暑さも治まっていて会いやすいと思うのだけれど。
「いつでも会えてしまうと言うのは、面白くないと思わない?」
「そうかな?」
「そうよ。平安時代の貴族なんて、月明かりを頼りに恋人の元へと通っていたんだから」
「そ、それはロマンチックだね」
「そうよね。だから夕日が出ている日だけ」
「え。それって、理由になるのかな?」
「むむ。現実的なことばかり言っていたらつまらないわ」
「えっ」
思わぬゆりさんの一言に、僕は硬直した。
中学三年生の自分にはつまらないという評価はとても重たいもので、慌てふためくばかりで僕は何も言い返せなかった。
そんな僕の気持ちを察してか、微笑みわざと頭を下げて僕を見上げるようにする。
「夕日が見られる時だけ。守れる?」
「わ、分かったよ」
拗ねてしまった幼い子どもをあやすような約束。
ゆりさんに笑われてしまうような幼い約束だったけれど、ゆりさんと再び会えることが何よりも嬉しくて、僕はにやけてしまいそうになる唇をキュッと閉めた。
「それじゃあ、またね、万次郎」
顔の横で手を小さく振ったゆりさんは、ワンピースの裾を翻し、僕の視界から遠のいていく。
僕はゆりさんの背中が視界から消えるまで見届けたかったけれど、耳に残るゆりさんの声の余韻が波の音にさらわれてしまいそうで急いで家へと帰るのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R15】【第一作目完結】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。親元から離れ二人で学園の近くで同居・・・・というか樹里が雅樹をナチュラル召使的に扱っていたのだが、雅樹に好きな人が現れてから、樹里の心境に変化が起きて行く。雅樹の恋模様は?樹里とは本当に兄妹なのか?美しく解き放たれて、自由になれるというのは本当に良いことだけなのだろうか?
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百七十六センチと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチにIカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。素直ではなく、兄の前で自分はモテまくりアピールをしまくったり、わざと夜に出かけてヤキモチを焼かせている。今回新たな癖に目覚める。
●田中真理
雅樹の同級生で同じ特進科のクラス。肌質や髪の毛の性質のせいで不細工扱い。『オッペケペーズ』と呼ばれてスクールカースト最下層の女子三人組の一人。持っている素質は美人であると雅樹が見抜く。あまり思慮深くなく、先の先を読まないで行動してしまうところがある。
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
学校の居心地
101の水輪
青春
世間でイメージされる学校像がある。それはみんな同じ格好をし、同じカリキュラムで受け、集団からはみ出さないことを意識した上で個性が求められる。そこにはあくまでも全体を優先する日本独自の学校感が、色濃く根付いてる。そんな既成観念をぶち壊す学校が現れた。ハチャメチャ感が満載で、個人を優先する点では、これまでの学校と比べられないほど異質に映る。101の水輪、第67話。なおこの作品の他に何を読むかは、101の水輪トリセツ(第77話と78話の間に掲載)でお探しください。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる