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4章 夕暮れの下駄箱にて
探し物はなんですか?
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結局、中井君とまともな会話ができなかったけれど彼が探しているものは分かった。あいつらに取り上げられたシューズだ。靴を取り上げられたら家にも帰れない。
「いじめられてる人がどうして周りの人に助けを求めないか知ってる?」
ふとそんなことを先輩が言い出した。空き巣に遭えば警察へ被害届を出すように、いじめも先生や親に相談すればいいのでは? というのは当然の疑問かもしれない。
「復讐が怖いからだよ。『お前、言いつけやがったな』って、もっと酷い目に遭わされるから」
それに連中がやったという確かな証拠がない。録音したり隠しカメラで撮ったりしていれば別だけど、中井君がそこまで徹底抗戦するようには見えなかった。だから泣いている。
「探しに行こ。中井君がこの後どうなるか分からないけど、靴は探してあげなきゃ」
そのために来たんだし、と語る先輩の顔から笑顔は消えていた。力なく、なんとか笑おうとして笑えていない不格好な表情。ちょっと強引で何を考えているか時々分からない先輩だけど、その顔を見て彼女も普通の高校生なんだと実感した。
でも、どうやって探そう? まさか「返してください」なんてお願いしにいくわけにもいかないし。人の靴をわざわざ家に持って帰るとは思えないから、どこかに捨てるなり隠すなりすると思うけど……。
「とりあえず教室行ってみる? 案外ゴミ箱にポイっと捨ててあるかもよ」
手がかりがないので身近な場所から探そう。幸い一年B組の教室には誰もいなかったので二人でささっとゴミ箱の中を物色した。けれど目的のブツは見つけられなかった。
「うーん、あとはどこだろ?」
二年生の教室や男子更衣室(これは僕だけで入った)、念のため体育用具倉庫も見て回ったけど中井君の靴はどこにもない。
「参ったなぁ~。手詰まっちゃった感じ?」
結局僕たちは校舎裏へ戻ってきた。成果はゼロ。
「うーん……」
ふと気になったことを口にする。
「もし中井君の靴を見つけられなかったら、僕たちはどうなっちゃうんでしょうか」
多分ここは過去の世界だ。もし元の世界に戻れなかったら? 二度と家に帰れないとしたら……。僕の言葉を聞いて野々宮先輩は真っ青になった。本当に表情がよく変わる人で、こんな状況で不謹慎だけれど見ていてちょっと面白かった。
「やめてよ! よーし、何がなんでも靴を見つけ出さなきゃね!」
と野々宮先輩。そういっても、もう宛がないのだ。どうしたものか。
「そういえば……」
僕は中井君から靴を取り上げた奴の言葉を思い出す。「こいつは処分しておいてやる」
もしかして……。僕は後ろを振り返った。つられて先輩も僕の背後から向こうを覗き込む。そこには例の焼却炉があった。昔、学校で出たゴミはこれで燃やしていたらしい。焼却炉には火がついているようだった。煙突から細い煙が上がっている。
焼却炉の近くにあったカゴの中に火箸が入っていたので取り上げる。念のためハンカチを手に巻いて焼却炉のふたを開けた。炎がパチパチと小気味いい音を立てて、熱気と煤のにおいが鼻の中に流れ込んでくる。火箸を使って炉の中を漁るとそれはあっさり出てきた。
中井君のシューズ……だと思う。すっかり黒ずんでいるが、火がついてまだ間もないのか原型は保っていた。バケツに水を入れてきて火を消したが、とても履いて帰れそうにない。それでも持ち主に返すしかないだろう。
学校中を探したが中井君は見当たらなかった。教室も部室棟にも、どこにもいない。仕方ないので下駄箱の中へ入れておくことにした。なんにせよ、彼だってまたここへ来るはずだから。
一年B組の十四番目。下駄箱のふたを開けると少し埃っぽいにおいがした。中井君の上履きはない。彼はどこへ行ったんだろう……。
「それじゃあ、これ」
人の下駄箱を勝手に開けたことになんとなく後ろめたさを感じて、僕は当たり障りのない挨拶をした。空の下駄箱に向かって。シューズを収めて静かに扉を閉じる。願わくば、未来の君が安らかに眠れていますように。
「いじめられてる人がどうして周りの人に助けを求めないか知ってる?」
ふとそんなことを先輩が言い出した。空き巣に遭えば警察へ被害届を出すように、いじめも先生や親に相談すればいいのでは? というのは当然の疑問かもしれない。
「復讐が怖いからだよ。『お前、言いつけやがったな』って、もっと酷い目に遭わされるから」
それに連中がやったという確かな証拠がない。録音したり隠しカメラで撮ったりしていれば別だけど、中井君がそこまで徹底抗戦するようには見えなかった。だから泣いている。
「探しに行こ。中井君がこの後どうなるか分からないけど、靴は探してあげなきゃ」
そのために来たんだし、と語る先輩の顔から笑顔は消えていた。力なく、なんとか笑おうとして笑えていない不格好な表情。ちょっと強引で何を考えているか時々分からない先輩だけど、その顔を見て彼女も普通の高校生なんだと実感した。
でも、どうやって探そう? まさか「返してください」なんてお願いしにいくわけにもいかないし。人の靴をわざわざ家に持って帰るとは思えないから、どこかに捨てるなり隠すなりすると思うけど……。
「とりあえず教室行ってみる? 案外ゴミ箱にポイっと捨ててあるかもよ」
手がかりがないので身近な場所から探そう。幸い一年B組の教室には誰もいなかったので二人でささっとゴミ箱の中を物色した。けれど目的のブツは見つけられなかった。
「うーん、あとはどこだろ?」
二年生の教室や男子更衣室(これは僕だけで入った)、念のため体育用具倉庫も見て回ったけど中井君の靴はどこにもない。
「参ったなぁ~。手詰まっちゃった感じ?」
結局僕たちは校舎裏へ戻ってきた。成果はゼロ。
「うーん……」
ふと気になったことを口にする。
「もし中井君の靴を見つけられなかったら、僕たちはどうなっちゃうんでしょうか」
多分ここは過去の世界だ。もし元の世界に戻れなかったら? 二度と家に帰れないとしたら……。僕の言葉を聞いて野々宮先輩は真っ青になった。本当に表情がよく変わる人で、こんな状況で不謹慎だけれど見ていてちょっと面白かった。
「やめてよ! よーし、何がなんでも靴を見つけ出さなきゃね!」
と野々宮先輩。そういっても、もう宛がないのだ。どうしたものか。
「そういえば……」
僕は中井君から靴を取り上げた奴の言葉を思い出す。「こいつは処分しておいてやる」
もしかして……。僕は後ろを振り返った。つられて先輩も僕の背後から向こうを覗き込む。そこには例の焼却炉があった。昔、学校で出たゴミはこれで燃やしていたらしい。焼却炉には火がついているようだった。煙突から細い煙が上がっている。
焼却炉の近くにあったカゴの中に火箸が入っていたので取り上げる。念のためハンカチを手に巻いて焼却炉のふたを開けた。炎がパチパチと小気味いい音を立てて、熱気と煤のにおいが鼻の中に流れ込んでくる。火箸を使って炉の中を漁るとそれはあっさり出てきた。
中井君のシューズ……だと思う。すっかり黒ずんでいるが、火がついてまだ間もないのか原型は保っていた。バケツに水を入れてきて火を消したが、とても履いて帰れそうにない。それでも持ち主に返すしかないだろう。
学校中を探したが中井君は見当たらなかった。教室も部室棟にも、どこにもいない。仕方ないので下駄箱の中へ入れておくことにした。なんにせよ、彼だってまたここへ来るはずだから。
一年B組の十四番目。下駄箱のふたを開けると少し埃っぽいにおいがした。中井君の上履きはない。彼はどこへ行ったんだろう……。
「それじゃあ、これ」
人の下駄箱を勝手に開けたことになんとなく後ろめたさを感じて、僕は当たり障りのない挨拶をした。空の下駄箱に向かって。シューズを収めて静かに扉を閉じる。願わくば、未来の君が安らかに眠れていますように。
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