放課後・怪異体験クラブ

佐原古一

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2章 旧校舎の怪・または七不思議

情報と怪異は足で稼げ

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 委員会が終わり部室へ向かう僕を呼び止めたのは、同じ図書委員の和知(わち)さんだった。彼女は表情を曇らせて言う。
「真咲先輩のやってるクラブへ行くの?」
 何故か彼女は僕が怪異体験クラブへ通うのを快く思っていない。機会があればこうやって口を出してくる。悪意があるわけじゃないからいいけど、彼女のクラブへのこだわりは妙に感じる。和知さんは語気を荒くして言った。
「あの人、たまに図書室へ来るけど変な本ばかり借りていくし、怪しい噂も多いよ」
「噂?」
「怪異なんとかクラブっていう同好会の部長らしいけど、旧校舎に入ったりしてるみたいだし」
 学校の南側にある正門から南西、敷地の隅っこにある木造の旧校舎――。新校舎が出来てからも特別教室だけは使われていたらしいけど、それも昔の話。雨風にさらされ続けた校舎は床板のあちこちが腐り、誰かのいたずらで窓ガラスが割られていた。窓ガラスの代わりに段ボールが目張りされているけど、それがかえって怪しい雰囲気を漂わせている。小さな屋根がついた昇降口の前には「立ち入り禁止」の札が立っていて、錆の浮いた南京錠が侵入者を拒んでいた。
 そのはずなんだけど……僕は真咲先輩の鍵開け技能を知っている。おおかた人目を盗んで旧校舎に出入りしているんだろう。別に彼を擁護する必要はないけどあしざまに言われるのも気分が良くない。僕は曖昧な言葉でお茶を濁すことにした。
「まぁ、確かに先輩は変わった人だよ」
「真咲先輩には気をつけて」
 それだけ言い残すと和知さんは教室を出て行った。「気をつけて」とは穏やかじゃないけど言い返す気にもならなかった。
 そう、真咲先輩は変わり者として学内でも指折りの有名人だった(僕はそういう話に興味がなかったので知らなかったけど)。まぁ確かに目立つだろう。あんな調子じゃ。それでも成績優秀で先生ウケがいいからか、みんな表立って先輩を非難したりはしないらしい。ただ遠巻きから眺めて噂をするだけで。
 でも、それが先輩の不幸なんだと思う。先輩はどちらかといえば話しやすい方だ。初対面の僕に声を掛けていきなり部室へ連れていくくらいの社交性がある。けど誰も彼に話しかけようとしない。怪異体験クラブのメンバーを除いては。
「知ってるけどあまり興味ないな」
 僕が部室でそれとなく真咲先輩の噂について切り出すと、彼は巷で流れている自分の風聞を認めた。なんだ、知ってて放置しているのか。
「誤解されたままだと面倒なことになりません?」
 僕が訊ねると先輩は意外な返事をよこした。
「いや、誤解されたままの方が都合がいいと思う」
 どういうことだろう? 僕が口をへの字に曲げていると浅場先輩が補足してくれた。
「僕たちに近づくと、怪異に巻き込まれる可能性も高くなりますから」
 なるほど。浅場先輩はいつもの席――部室の入り口から向かって左側、手前から二番目の席に座っている。日によって部室にいるメンバーはまちまちだけど、真咲先輩と彼はいつもいた。浅場先輩から見て右隣に野々宮先輩もいるが(彼女は二年生だった)、ずっと携帯電話をいじっていて部活に精を出しているように見えない。そして初めて見た時と同じようにあくびをしていた。
「でもでも、桃(もも)は嫌われ者なんて嫌ですよ~」
 野々宮先輩は独特の舌たらずなしゃべり方をする。彼女が口を開くと、静かで辛気臭い部室がにぎやかになった。真咲先輩はにっこりと笑って言う。
「野々宮くんは別枠だからね。僕たち怪異体験クラブにとって、君は外に向かって開かれた窓だ」
 真咲先輩にそう言われて野々宮先輩は自慢げに胸を張った。
「モチ! 桃は愛されキャラなんで!」
 実をいうと、僕は真咲先輩に会う前から野々宮先輩のことを知っていた。ボブカットの似合う愛らしい容姿もあるが、彼女はいつも友達と一緒で楽しそうだったから目立っていた。廊下や購買部の前でおしゃべりしているのをよく見る。美化委員会に入っているようで、委員会の集まりでも何度か顔を見かけたことがあった(向こうは僕に気づいていないみたいだったけど)
「保科くんも知りたいことがあれば野々宮くんに尋ねてみるといい。彼女の耳に入らない噂はないからね」
「うーん、じゃあ……」
 真咲先輩に勧められて、僕は恐る恐る口を開いた。
「その、真咲先輩に流れてる噂ってどんなのなんですか?」
 本人の前で言うのもどうかと思ったけど他にネタもないので訊いてみた。すると野々宮先輩は言いにくそうに言葉を濁して、真咲先輩の方をちらちら見た。かなりためらっている様子を見ると、僕が思っているよりずっとタチが悪い噂が流れているのかもしれない。
「んー、確かに真咲ちゃんのことであることないこと言う人はいるけどさ。嫌われてるってわけじゃなさそうだね。真咲ちゃんみたいな人ってみんなの注目集めちゃうからなー。なんていうか、ワイドショー的なさ」
 僕の知る限り真咲先輩は雄弁な人だ。けど教室だと意外と大人しいのか、一人で過ごしていることが多いらしい。そんな風に謎めいているから周りはあれこれ想像したくなるのだろう。真咲先輩についてあることないこと噂して、代り映えのしない日常にちょっとしたアクセントをつけるのだ。
 それでも、他人に根も葉もない噂を流されるのはやっぱり嬉しくない。ただ真咲先輩はそういうことに興味がないようで、全部ほったらかしにしているとのこと。浅場先輩から手渡された資料をひたすら黙読していた。珍しく感情の読めない顔つきをしている。普段と違う真咲先輩の様子にひかれて、思わずその顔を見つめてしまった。
「興味がありますか」
 真咲先輩に視線を送る僕に浅場先輩が声を掛けてきた。彼は――最初に出会った時は静かを通り越して冷たい印象を覚える人だった。表情がほとんど変わらないから、真咲先輩以上に考えていることが読めない。けれど部室へ通ううちに、こんな風にさりげなく声を掛けてくれる人だと分かった。さっと助け船を出してくれる黒子のような人――。真咲先輩と同じく、彼も上辺の印象で少し損するタイプかもしれない。真咲先輩が嬉しそうに言った。
「お、保科くんにも怪異体験クラブのメンバーとしての自覚が芽生えてきたようだね」
 真咲先輩は手の甲で資料をパンパンと叩いて言った。
「そうだね。新入りには手ごろな案件だ。よし! この件は保科くんに任せよう」
 もう決定事項だとばかりに真咲先輩は言い切った。僕は慌てて口を挟む。
「えっと……何の話ですか?」
 けれど話は真咲先輩のペースで進んでいった。
「大丈夫さ、一人で行かせたりはしない。そうだね。浅場くんに同行してもらおう」
 真咲先輩の言葉を聞くなり浅場先輩が僕に向かって小さく頭を下げた。この人、真咲先輩の言うことにはけっこう従順なんだよなぁ。物分かりがいいのか、諦めが早いのか……もしくは長い付き合いの中で「あがいても無駄」だと分かっているのかもしれない。真咲先輩は一人でどんどん盛り上がっていく。
「ふふ、新人の初仕事というわけだ。段取りは浅場くんに任せよう」
「おー、保科ちゃん出動ってわけね。いってらっしゃーい」
 野々宮先輩が楽しそうにはやし立てる。自分は部外者だからって呑気なものだ。
「その……僕の初仕事って?」
 なんだい今さら、と真咲先輩は面食らったような顔をして言った。
「君にはここに書かれた『旧校舎にまつわる七不思議の噂』について解明してもらいたいんだよ」
 七不思議? 僕が通っていた小学校でもそういう話はあった。七つ全て知ると悪いことが起きるとか、八つ目を知れば問題ないから七不思議と言いつつ、八つ以上あったりとか。こういうのはどの学校にも似たような話があって、そもそも七つなかったりする。
「旧校舎に伝わる七不思議の詳細をこの紙にまとめてある。浅場くんと一緒に真相を解明してくれ。令和版フーディーニの実力をその目で確かめるといい」
 フーディーニ? 僕は浅場先輩を横目で見やったが彼は黙ったままだ。黙々と他の資料の整理に戻ってしまう。真咲先輩は残りの資料を読み始めて、野々宮さんはまた携帯電話をいじり始めた。こうしてあっという間に僕の旧校舎行きが決定してしまった。僕には拒否権もないらしい。新人のサガだろうか。
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