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葉月之書
6.流されて終わってる気がする…
しおりを挟む足腰が立たなかった翌日、少しの違和感とともに出社した俺を出迎えてくれたのは、葉月の庇護鬼の1人である鬼だ。
番うまで知らなかった新事実…この会社、葉月の庇護鬼やら葉月の息がかかっている鬼が大半を占めているらしいというのも最近知った…
葉月の庇護鬼は何人いるのか聞いてみたら…「調べてみるといいよ。」と言って教えてくれなかった。変なところで意地が悪い…
「累様、よく来れましたね」
「あ~うん。身体に若干、違和感はあるんだけどね。まぁ、なんとか…」
目の前のこの鬼とはこの会社に就職が決まって以来なので、結構、長い付き合いになる。
前は咲島と呼び捨てでしかも、タメ口で気安く話しかけてくれていたのに今ではコレである。
何故かと問えば「俺が仕えている鬼の番様だから」だと…
気安く話しかけてよ。と言えば「まだ、死にたくないです。俺にも番がいますので」と返ってきたので、それ以上は言及できない雰囲気だったので、それ以来コレで収まっている。
そして、この鬼に聞いてみる事にした。葉月に聞いても良かったが…なんかさらにヤられそうで躊躇われた。
「ねぇ、葉月の左胸に紋章が刻まれてたんだけど―…アレって何?」
「葉月に聞かなかったのですか?」
「あーうん…ちょっとね…」などと言葉を濁していると何となく察したのか「へぇ」とニヤニヤしていた。
「俺にもありますよ。葉月の紋章が左胸に…」
「それって…」
「庇護鬼である証しですね。葉月の場合は『神木』の紋章です。」
「へぇ~」
「気にしていたわりにどうでも良さそうですね。」
「あー、知れたから"ふーん"って感じかな…」
と言って笑っていると、「あっ、そうだ。」と言わんばかりに向き直ると口を開いた。
「そう言えば―…いつまででしたっけ?」
「何が?」
質問の内容が分からず首を傾げていると、恐る恐る「葉月から言われてますよね?」なんて言ってきたが…
こちらからすれば「だから、何を?」だったので、そのまま言葉を返した。
すると、首を傾げ「まさか、言ってないのか?」と呟いた。その言葉を拾った俺は詳しく聞くことにした。
「それっぽいこと聞いてないけど…何かあるの?」
「え~っと…」
『どうしよう』という表情になった。言えない理由でもあるのか。と眉間に皺が寄るのが分かる…
声も低くなってしまったのは仕方ないと思う。
「何?言えないこと?」
「言えなくもないのですが…俺の口から言って良いものか迷います。」
何だよ。とさらに聞こうとしたら、タイミングが良いのか悪いのか葉月が現れた。
途端に色めき立つ社内…「やっぱり格好良いわ」やら「私も伴侶に選ばれたかった」やら「今からでも―…」なんて言っているのは伴侶のΩ及び一般の女性であるβだけである。
鬼たちは「葉月さん、おはようございます。」やら「葉月、おはよう。」と普通な感じだ。
そんな事などいつもなので気にしてないし、葉月自身も社交辞令程度に挨拶はするが、必要以上に近づかないし、触ることなんて全くない。
心配なんてした事がない。するだけ無駄である…
挨拶を返しながらこちらに歩いてくると『にんまり』と笑顔を浮かべた…
この笑顔は碌な事じゃないと直感したが、取り敢えず続く言葉を待つ。
「累ごめーんね。言い忘れてた事があったんだ~」
その言葉にチラリと庇護鬼を見るとホッとしたような顔をしたので、恐らく俺が言及しようとした内容だと察する。
「何だよ?」
「今月付けで寿退社だから、詳しく言うと今月末までね~」
「は?誰が?」
「そんなの累しか居ないでしょーが。」
「は?何で?」
もう「は?」しか出なかった。
何で寿退社?番になってからも普通に出勤できてたじゃんかと思っていると葉月が俺の思いを汲み取ったのか口を開いた。
「え~だって、累は赤ちゃん欲しいんでしょ?」
「でも、それは葉月が時の運に任せるって―…」
「言ったねぇ。だけど、凄く気にしてたじゃない?」
という言葉に確かに気にはしたけど…凄くと言われれば違うと思うと口にしようとしたが、葉月が遮った。
「だいじょーぶ。ちゃーんと、毎日抱いてあげるから。その方が確率的にはあがるでしょ?」なんて言って凄くイイ笑みを浮かべているではないか!
社内でなんて事、言いやがるんだ!と睨み付ければ呆れ果てた顔をした庇護鬼が視界に入ってきた。
それを横目にほくそ笑みながら屈んでくると「俺は死ぬまで離す気はないからね。何も心配は要らないよ。」そう俺の耳元で囁いてから離れた。
「ま、もう決まった事だから諦めて寿退社を受け入れてね」と語尾にハートでもつきそうなくらいに『ね』の部分が強調されており、ニコリと笑うおまけ付きで会議に出掛けていった。
嵐が去った。と庇護鬼たちは思っただろう…
他の色めき立っていた人たちは悔しそうなのか、羨ましいのか、はたまた両方なのかは分からないが…
何とも表しがたい表情を浮かべてこちらを見ていた。
「葉月もよくやるなぁ」やら「アレって確信犯だろ。」とか「絶対に忘れてたわけないな。」みたいな事も聞こえてきた。
終いには「アレじゃ番様には伝わってないんじゃ…」という台詞まで耳に飛び込んできた。
わけが分からず「伝わるって何だよ」と思っていたが口に出ていたらしい。その俺の呟きに返事が返ってきた。
「周りへの牽制でしょう。」
「牽制?…とかする必要あるの?」
「大切にされている番に危害を加えようとする者なんていませんから…」
「大切…」
「鬼の大切な番を害するという事は我が身の破滅を意味します。それに葉月はそういう事に関して特に容赦がありません。」
「そうなの?」
容赦がないのは何となく予想は出来たが―…
番云々に関しては淡白なのかと思っていたので、これは驚きである。
視界の端で『うんうん』頷いている庇護鬼たちが居る…知らなかったのは俺だけらしい…
「その事が分かっている者は貴方に危害を加えてくることはないでしょう。」そう言って最後に「葉月の言うことは決定事項なので、今月末までお願いしますね。」などと宣う。
どこの絶対王者様!と口に出してしまったが、特に気にした様子もなく言葉を続けてきた。
「葉月に意見できるのは恐らく、『神木』とその番様及び葉月と同じ『神木』の庇護鬼仲間の一部を除けば―…葉月の父親であらせられます九条 鏡の他は居ないでしょう。」
言外に俺やここにいる者では意見できないと言われてしまった。それに大いに同意している周りの庇護鬼たち…
両手で数えきれるくらいしか意見できないとか…笑えない…
葉月の父親とか会った事ないし、無理だろう。まぁ、それ以前に『神木』やその番様にも会った事なんてないけど…
しかも、聞けば多分『寿退社』は口実で目的は他にあるんじゃないかと言われた。
マジかよ。と言えばあくまで仮定の話ですよ。と言われてしまった。
「仮定の話でも良いから参考程度に聞かせてくれる?」
「分かりました。葉月の真意は図りかねますが―…仮定としますと―…
鬼は伴侶の中でも特に番を危険から遠ざけようとする生き物です。
コレは本能的な部分ですね。
その点、嫁は大切にされてはいますが、番ほど執着はされていません。
だから、社会に出て働いている伴侶もいます。この場合、番ではなく嫁と考えてください。
番って出勤してきた伴侶を俺は見たことがありませんでした。」
累様以外見たことがありません。と言い直された。
「番は従来、紋章の鬼と殆どの時間を共にします。番ったその瞬間から…例外はありませんでした。
恐らく葉月も累様に安全な場所―…手の届く範囲に居てもらいたいと考えているのではないですか?
それに、あのマンションには強い鬼が沢山いますし、嫁たちも立場を弁えています。
あそこより安全な場所はないと思いますよ。
その口実として寿退社及び妊活と仰っておられるのではないかと思いました。付け足すなら恐らく妊活はあまり重要性を感じていないと思います。
鬼は番さえ居れば子どもは二の次ですから…
後、番が妊娠した際に喜びを感じるのはその番がとても喜んでいるから特に嬉しく感じているのだと言われています。」
番の感情に左右されるのも鬼ゆえですね。と言って笑っていた。恐らく自分の番の事を考えていたのだろう。
そして、視界の端に同意している庇護鬼たちがいる。それほどまでに番とは重要らしい…
鬼の感覚には驚かされてばかりだが…別に悪く感じないのは俺も結構な性格の持ち主かもしれない…
どうやら、諦める他ないようだ…
「葉月は多くを語りませんし、苦労するかもしれませんが…諦めて葉月と共に居てください。」そう言って再度、「今月末までお願いしますね。」などと言われて「こちらこそお願いします」と言ってしまったのは仕方ないと思う…
その宣言通り、月末で寿退社したのはいうまでもないだろう。ちなみにその庇護鬼とは未だに結構、交流があったりする。俺のお気に入りだと葉月が判断し、信頼も厚いたからだと思う…
*END*
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