鬼の花嫁

スメラギ

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鬼の花嫁―本編―

KOUKI side.02

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 止めとくか?と問えば聞きたいと言うので、愕然としたいつきを見て頬にキスした後、いつきの首もとにまた顔を埋めながら「これは俺が後から調べた話しでもあるから、事実とは少し違うところもあると思う。まぁ、だいたいこんな感じ程度に聞いてくれ」と前置きをして、続きを話す。



 政義まさよしには既につがった相手が居た。
 2人は愛し合って番ったはずだった。
 けれど、その相手のαアルファの前に運命のつがいが現れたのだ。

 そのαアルファは運命のつがいを選んだ。愛し合っていたはずの心は既になく、無情にも解消して、政義を捨てて姿を消した。

 政義はそうなってしまうことを知っていた。何もしなかったわけではないが、運命には抗えない。そういう事だろう。

 政義との間には子どもが居たが、関係なかった。
 どんな事情があれつがいを失えばΩオメガはゆっくりと発狂していく。

 今でこそΩオメガ専用の施設…セキュリティがしっかりしていりるシェルターに入らなければならないが、当時はそんなもの無かった。

 愛したαアルファはもう居ない。だが、子どもは居る。
 その子はαアルファだった。いつ発狂するかも分からないΩオメガとは一緒にしておけないと、両親は政義から心の拠り所だった唯一を取り上げたのだ。

 政義の家は代々、神様を奉る家で、優れた巫女を排出してきた家計だった。血統には煩い家だった事もあり、Ωオメガは皆、家を出されて嫁がされていた。意に沿わない相手と番うのが殆んどだった。政義はその中でも稀な恋愛結婚だったらしい。

 そして、出戻りΩオメガは要らないと発情期間近の政義を遠く離れた山奥へ捨てた。
 発狂すれば何するか分からないからという理由だった。表向きは、だけど…
 当時は山奥へ捨てるのが主流だった。例外はなく政義も山奥へ捨て置かれることになる…

 運が良いのか悪いのか、今でこそ中層にいるが、当時は下層にいた陽穂ようすいと出会ってしまった。
 既に死にかけで、発情期に入ってしまっていた政義のフェロモンに宛てられた陽穂ようすいはそのまま襲ってよめにした。

 強い鬼は人間のΩオメガのフェロモン如きで自我を失ったりしない。だが、陽穂ようすいは普通に弱い鬼だった事もあり、直ぐに自我を失った。

 陽穂ようすいは政義を持ち帰り、自分のつがいにペットとして紹介した。
 1つの誤算はたった1回の交わりで紅輝が出来てしまったこと…

 政義は俺が出来たことを知った。知ってしまったのだ。当時の巫女は特別な力を持っていた。政義はその家系のΩオメガだった。
 陽穂ようすいはペットに対しては無関心であり、たまに欲をぶつけてくる程度だったらしい。
 だから血筋など知らなかったし、知ろうともしなかった。

 政義は俺を身籠ったことを言わなかった。
 陽穂ようすいが気づくまで言わなかった。
 ちなみに陽穂ようすいつがいとの間に子どもは居ない。

 政義が身籠っているのを知ると、そのつがいは嫉妬して激怒した。

 何回もつがいから暗殺されそうになったが、それを知っていた政義は事前に回避をしていた。そういう日が続いた。
 陽穂ようすいは気づいていたようだが、放置していた。政義が死のうが死ぬまいがどうでもよかったのだ。

 そして、ある赤い満月の日に俺は生まれた。
 先祖返りが強い歴代最高の血を持って…
 政義はそれすらも知っていた。
 このお腹にいる子は頂点に立つ者だと。

 鬼の世界が前例の無いその状況に騒いだ。
 政義はもちろんだが、陽穂ようすいも注目された。
 そこで上層部の鬼たちが下層の一部の鬼が人間の男のΩオメガをペットとして扱っている事が知れ渡る。

 それまで無関心であったが、このままではよろしくないと判断したのだろう。
 鬼を取り締まる規則にその事も気持ち程度に記載されることになる。

 俺の誕生はいろいろな波紋をよんだ。当時の『神木かみき』が名を返上させられ、降ろされた。
 そして、生後間もない俺が『神木かみき』に祀り上げられるなど、政義がつがいや先代からの暗殺を知り、回避する。というのが暫く続いた。

 俺が2歳になる前、政義と俺を上層部がまとめて保護しようという動きがあった頃だった。
 あの凄惨な事件が起きたのは…

 上層部が本格的に動き出した時、俺は2歳になっていた。
 そして、事件が起きる。俺を狙った先代の攻撃が政義の下腹部を貫いたのだ…

 俺を狙った攻撃から俺を守るために盾になった政義は地面を真っ赤にして倒れ、そのままピクリとも動かなくなり意識を失っていた。

 一瞬で目の前が真っ赤に染まり、気がつけば先代が下半身を残した状態で消し飛んでいて、事切れていた。
 保護に来た鬼たちがその場に現れて絶句していたのを未だに覚えている。

 木々は薙ぎ倒され、先代の下半身が木に引っ掛かっており、俺の傍らには血を流して倒れている政義が居た。

 保護しようと近づいて来た奴らから政義を守るように暴れまくる俺を鎮めたのは氷夜ひょうやだった。その時、氷夜とは初めてあった。

 先代が居なければ氷夜が『神木かみき』を継いでいたのは間違いなかったと後から聞いた。それくらい氷夜は強い鬼だった。
 多少の怪我はしたものの戦い慣れしていない子どもを鎮めるのは容易たやすい事だっただろう。
 完全な鬼化をしていなかったら瞬殺されたに違いない…と俺は思っている。

 「お前の母親も、お前も…守ってみせるから。今は安心して寝てろ。」と言って氷夜は俺を抱き締めた。
 その目を見て、その言葉を聞いて安心したのかは分からないが、俺は意識を失った。

 結果的に言うと政義は助かった。
 氷夜の気転で助かった…ただ、もう子どもは望めないと、その傷はその場所を完全に壊してしまったらしい。
 それでも発情期は無くならないと言われていた。

 政義は「そう」と言ったきりだったが、俺を見ると手招きをし、素直に近づいた俺に「紅輝、怪我はないか?」という質問をしてきたので掠り傷以外ないと言うと頷いて頭を撫でて優しく抱き締めてきた。
 俺の背中に回ったその手はどこまでも優しかった。

 知らない建物に連れて来られ、結構な時間が経ったが命が狙われにくくなった事以外はあまりいつもと変わらなかった。

 変わった事といえば近くに数人の鬼が控えている事と氷夜が毎日来るようになった事だけだった。

 氷夜は常に政義を気にかけ、俺とも積極的に話をした。

そんな事が3年くらい続いた頃だった。俺が5歳になった日であり政義の発情期が数日に迫っていた日でもあった。

 緊張したように表情は強ばっていたが、氷夜は政義の前に跪き真摯な声音でこう言った。

 「必ずあなたを守り、幸せにします。あなたが許してくれるのならば俺の紋章をあなたに贈りたいのです。」と…

 その言葉に初めて政義は表情を崩した。嬉しそうな、だけど心から喜べないといったような複雑な表情…
 その表情に政義もこの鬼に惹かれているのだと幼い俺でも分かった。

 「紅輝も俺の子どもとして育てます。全ての脅威から守ってみせます。」
 「どうして?僕にはもう、力も殆んど失なっている…紅輝の暗殺にすら気づけないくらいに無くなってしまってる」
 「力?そんなのはどうでも良い!俺はお前が欲しい!」
 「だから、なぜ?僕はあなたの運命ではないはずだ!」

 運命には抗えないんだと悲痛に叫ぶ。そんな声を聞いたのは初めてだった。しかし、氷夜も譲らなかった。

 「そんなのは分かってる!運命なんて要らない!この3年間ずっと見てきた。それが答えだ」
 「っ…」

 泣きじゃくって氷夜に縋っている。俺は初めて政義が泣くのを見た。
 この鬼ならば政義を必ず守ってくれるだろうと、安心して任せられるだろう。根拠はないがなぜかそう思った。
 氷夜と目が合ったので俺は頷くとその部屋をそっと出た。そのまま政義は発情期に入り、その時に政義と氷夜は番ったのだ。

 その後の行動は早かった…いろいろな手続きを済ませると、さっさと月宮 氷夜つきのみや ひょうやになった。
 用意周到と言った方が正しいのかもしれない…恐らく氷夜は政義の返事次第で直ぐにでも動けるようにしていたのだろう。

 政義の首には氷夜の紋章が刻まれた。政義はそれを愛おしそうに撫でることが多くなった。だが、変わらずに俺にも触れてくる。氷夜も同じだった。別に悪い気はしなかった。

 変わったのは政義と氷夜の距離感だけ…他は何も変わっていない。

 それと時期を同じくして陽穂ようすいが中層に昇格したことを聞いた。何でも自分の遺伝子が優れているとかなんとか…
上層部は政義の力を知らない。もう殆んど失なっているけれどちゃんと力があった。巫女としての先読みの力…相手の未来を見る力だ。

 政義の遺伝子が歴代最高の先祖返りに作用したのではないか?と俺は思ってる。

 さらに5年後、俺が10歳になった頃、政義が一番恐れていたであろう事が起こった。

 氷夜に運命が現れたのだ別の鬼のよめではあったが、運命に違いなかった。

 相手のΩオメガが氷夜に惹かれているのは一目瞭然であり、共に有るのが当然だと言いたげに政義を排除しようとした。
 毎日、不安げに泣くのを我慢している政義を見ている事しか出来ず、何とも言い難い感情が芽生え、歯痒い気持ちだったが、政義の事を思うと何も出来なかった。
 政義はそれを望んではいないから…

 それでも、殺そうとしてくるものがいれば俺と氷夜の庇護鬼が返り討ちにしていた。まぁ、死なない程度にではあるが…

 だが、そんな政義の気持ちや俺の思いも杞憂に終わり、氷夜はその運命を選ばなかった。拒絶した。政義を害する者として逆に排除しようとしたのだ。

 「運命なんて要らない!」その言葉の通りだった。氷夜に抱き付いた政義は安堵の涙を流していた。
 俺もホッとしたのを覚えている。


 そして、氷夜と番って15年くらい経った頃、政義は俺を抱き締めてこう言った。

 「僕はいつまで生きられるのか分からない。先読みの力は自分には使えなかったから…
 もしかしたら、明日死ぬかもしれないし、まだまだ先かもしれない。
 鬼に実家という習慣はないから、紅輝、お前も僕を忘れる時が来るのかもしれない。

 僕はお前を生んで後悔はしていないし、紅輝や氷夜に会えた事を思うと自分の過去すら愛せる気がするんだよ。
 まだ、完全に愛するには時間がかかると思うけれど…

 完全に力を失う少し前に、紅輝に運命が現れるのが見えた。
 お前が運命を拒絶するのか受け入れるのかは分からない…自分で決めなさい。
 氷夜と僕は紅輝の幸せを願っている。僕は氷夜に出会えて幸せの本当の意味を知った。
 紅輝にも本当の幸せを知って欲しい。
 願わくはもう一人の僕の子どもも幸せになっていて欲しいと思うけれど…もう、会うことはないから…

 紅輝、お前は絶対に後悔はしないようにしなさい。
 僕は殆んどの事を諦めて過ごしてきたけど、2人に会えたのを考えると…まぁ、悪くない人生だったかなって思うよ。
 氷夜が妬いちゃうから1回しか言わないね。紅輝、生まれてきてくれてありがとう。愛してる。」

 そう言ってきれいな笑みを浮かべた政義は本当に幸せそうだった。
 



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