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恋文に告ぐ10
しおりを挟む「な、放せ、いやだってお前、これには……これは……」
春さんがうろたえながら、手にしていた僕の手紙を掲げた。手紙は水浸しになっていて、けれど僕は少しも悔しくなかった。全然、嫌じゃなかった。春さんが封筒を裏返して、何とか見える、宛先の名前を見て固まった。
「……あれ、私の名前が書いてある?」
「うん、春さんのだもん」
彼女が停止した。固まって、意味が分からないという面持を見せた。何だろう、この春さん可愛い。
「いやでも中身が違うだろ。けど、そもそも相手の名前が間違って」
「ううん。ちゃんと書いてるよ。春さんって」
そもそも僕は春さん宛てに気持ちを書いたわけで、それがただ恋文みたいになってしまったという、そういう顛末なのだ。
正確には彼女宛てにちゃんとしたラブレターを書いたわけで、彼女が勘違いしたのも無理はないのかもしれない。抱きしめた彼女の身体がぐしゃりとなって、水滴がぼたりとホームに落ちる。
「間違えてないから」
春さんの顔を覗き込みながら、そっと気持ちを言葉で告げる。今は言葉の方が大事だと思うから、しっかり声に出して言う。
「間違えてない。それは、君へ宛てた手紙だから」
「何だ……よかった」
僕の言葉に力なく崩れ落ちそうな春さんが居た。思わず抱きとめる彼女の身体から、安堵の吐息が零れている。僕を見つめる彼女の視線は、雨粒に濡れていた。頬に流れる滴は熱く、僕の指を濡らす。
「ちゃんと彼女へ、渡せたんだな」
柔らかい声に胸が切なくなった。春さんの安堵が僕に結びついていて、嬉しさに満ちた。
「うん、ありがとう。慌ててくれて」
「っ、恥ずかしいな、勘違いか。やっべ」
今にも泣き崩れそうな春さんが呟いた言葉は、どう考えても僕に対する気遣いだった。春さんが顔を手のひらで覆い、ひくついた声を上げた。しゃっくりのような嗚咽に、僕あ彼女の頭を腕で覆う。可愛い泣き顔を、誰にも見せないように必死に隠す。
「ってまて、勘違い? いや違ってない、いや好きって、ええぇえ!?」
ああ、春さん。今頃そっちに驚くんだね。
そういうところ、本当に大好きだよ。
○○○
「というわけで、改めましてなんだけど好きです」
「嘘だ」
駅のホームの端っこに移動した私は、未だ彼の腕の中に居た。なぜか放してくれない日野に負ける形で抱きしめられているのは何とも不愉快だった。日野のくせに、そう思いながら、私は彼の言葉を全否定した。彼はしかし笑っていた。
「嘘じゃない。びしゃびしゃだよ、春さん」
私の髪を日野の手が優しく撫でてくる。水滴を落とそうとしているんだろうけれど、落ちた雨粒が制服に落ちるのであまり意味がない。寒気に身を震わせる。日野の腕に力が籠って少し痛い。心地よい痛みだった。
「わ、私が好きって……マジなのか?」
「うん。気付いてると思ってた。春さん勘いいしさ」
「自分の事になると疎くなるんだよ」
「あはは。そうかもね」
日野の余裕に満ちた笑みが許せない。とにかく一度日野から離れて、冷静にならないとやばい。頭の中がぐるぐるとしていて、とりあえず気持ちが静まらない。日野を好きだという気持ちだけが先行して、後の事が何も浮かばないのだ。
「おい、もう放せ。恥ずかしい」
「でもずぶ濡れで、下着も見えてますので、ちょっと待ってね」
「んな、な、な!?」
咄嗟に胸元を隠す。確かにやばかった。と日野が上着を私の肩に掛けてきて、ボタンまで止められて、ようやく日野が私から離れていく。それに安堵するよりも寂しいのが勝つのは何なのか。学ランの丈が長く、なんとかスカートの上部分は隠れている。とりあえず公衆の面前なので今はしょうがないか。
「学校、遅刻するぞ」
「このまま春さんを放っておくくらいならサボるよ。とりあえず僕の家に行こう。せめて着替えないと風邪を引くから」
日野が黙る。私も言葉を失くして黙る。日野の制服から漂う匂いは少し汗臭くて、でも嫌いじゃなかった。いい匂いだと思う。
私が変態なのか、それとも彼が、それほど好きなのか。
「日野、あの」
「うん?」
日野に手を掴まれて、私は歩き出す。彼の手に引かれるのが、なぜか私と言う不思議。電車の彼女じゃなく私と言うこの展開は、いったい何がどうなった。
「手紙、ぐしゃぐしゃにしちゃった。ごめん、読み切ってない」
「うん、いいよ。また明日も書くから」
私に背を向けた彼は、つまり明日も書くと断言、しやがった。
「まだ一緒に居ていいのか、私は」
「あー、うん。当たり前でしょ?」
私の呟きに、日野は肩を竦めた。彼からの返答はなかった。ただし俯いて照れる彼の横顔があったので、それを私なりの返答とした。
《続く》
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