乙女日和

古葉レイ

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乙女日和37

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「そのネクタイ、何がしたいんだ?」
「首を絞めて欲しかったの」

 行為をし続けていた際の怖い感じのヒミコは成りを潜め、今はいつもの馬鹿っぽい感じである。ただどことなく、今のヒミコにはいつもらしからぬ雰囲気が漂っている。

 俺の腕の中にヒミコが居る。ヒミコは俺に身体を預けていて、とても幸せそうな顔をしている。

「殺して欲しかったの」
「はあぁ?」

 やはり別の意味で怖い。ってか暗い。思わず逃げようとする身体をヒミコが抱き留めてくる。汗ばんだ身体から立ち昇るヒミコの匂いが、俺の身体に絡みついてくる。

「いや、何て言うかね。愛し殺して欲しかったの」
「意味がわからん」
「わからなくていいよ。これは私にしかわからないから」

 今度はストーカーのような心境である。末恐ろしい程の乙女が、俺の腕のなかで嬉しそうに甘えている。この状況は、俺も幸せなので何とも言えん。

「一つになりたかったの。二つじゃ嫌だったの。私が死んだら、ヒロ君の中で一つになれるかなって思ったの」
「止めてくれ、そういうのは」

 本当に怖い状況である。でも考えてみれば、愛だの恋だのは理性の外にあるようなものだから、案外、これが正常なのかもしれない。

「心を動かした方が悪い」
「俺のせいかよ」
「うん。私、悪くない」

 ヒミコが胸を張るのが、ちょっと愉快だった。

「このネクタイ、私に頂戴」
「唐突だな」

 俺らは未だに制服のままだ。もっともどちらの制服も精液塗れで、実はこの後どうしようとか思っている。クリーニングに出すにせよ、明日も学校である。
 いっそ体操服で行くしかないかもしれない。授業自体は、体操服でも良い事になっている。もっとも、怪しまれるが。

「女子が男子のネクタイをするってのは、何て言うか学校の規則的にだな」
「あとは全部、言う事聞くから。スカートもあんまり短くしない、ちゃんとするから。だから、これ、私に下さい」

 ヒミコが自らの首にあるネクタイに触れ、懇願するので困る。俺のネクタイは替えがあるのだけれど、使い古しというのも気が引けた。

「新しいの買ってやるよ」
「やだ。意味ないし。私は、ヒロ君のネクタイを付けさせてってお願いをしてるの」

 ヒミコが頬を膨らまし、子供じみた拗ね顔をしてみせる。

「イッた後なのによく喋るな」
「終わったらたぶん、喋られないと思うよ?」

 ヒミコがけらけらと笑っている。俺は何も語れない。

「し過ぎだろ」
「ヒロ君もいっぱいイッたね」

 確かに遅漏なくせに、三度はイッただろうか。頭からヒミコの事以外の全てが吹き飛んでいた感覚だ。今もなお、頭の中はヒミコで満ちている。

「私、ヒロ君と一秒でも一緒に居たいの」

 ぎゅうと、股間が締まる。ヒミコのあそこが、言葉と共に締まっている。俺の股間の猛りは、未だヒミコの体内の中にある。
 
「本当はずっと、このままが良いの」

 まだ、俺らは繋がったままである。まだ一緒のままである。一つのままである。

「いい加減、抜けよ。母さん帰ってくるだろ」
「いやでしゅ」

 俺に背を預けてきながら、ヒミコは俺から離れ、二つに戻る事を拒否した。

 ○○○

「いやいや、まいった」

 唐突に現れて、書くだけ書いて居なくなった弟子は、性質の悪い冗談だった。

 彼女を引き連れて来ただけでも面白かったのに、込めた書の内容と出来に驚愕した。久方ぶりに見たヒロの佇まいは、なかなかに男めいていた。

 漢めいていた。



    好きが先で、
     理由が後で、

    心は二つだから、
     躰が一つに
       なりたがる。

               」

「……」
「センセ、もう帰りますよー」

 教室の扉のところで声がして、振り向くと杏子が立っていた。
 ナチュラルメイク風の杏子が、今からデートですとばかりの服装で近付いてくる。杏子は決して美人ではないが、モテるタイプの女子である。

「これ、ヒロが書いたんスか?」

 杏子が近寄り、ヒロの書を指さして問うてくる。そういえば名前を書いていない。私は頷き、「どう思う?」と問う。
 杏子もまた、書を学ぶ一人である。

「また随分と『いかがわしい』書ですなぁ? 躰、ってとこの艶めかしい感じがまたいいですねぇ?」
「これ、彼女の前で書いてったよ」
「ほほう。それはまた……ほぉ」

 杏子はヒロの書いた書を眺めながら、腕組みにやにやと笑んでいる。彼女の得意とする書はかな文字なのだけれど、ヒロの書に感嘆の息を零していた。

《続く》
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