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乙女日和20
しおりを挟む「私を感じさせて頂戴よ、ヒロ」
古臭い居間に響く言葉は、欲望と言う名の感情が剥き出しで、俺の拙い理性なんて一瞬で吹き飛びそうだった。魂の籠った瞳と言葉が、俺の心身を蝕んでいく。
眼前の相手は歴戦の乙女であり、尊敬し崇め続けた恩師であり憧れの人だ。その人に好かれて浮かれないわけがない。
惹かれたその人の指先が、俺の指を絡め取る。後ろに逃げようとして、狭い部屋の中、壁際にまで追いやられている事に気付く。汗が背を伝う。
「俺は」
「寂しいんだ、ヒロ」
名を呼ばれ、その度に身体の自由が奪われる。荒波に漂う一隻のボートが、目前に迫る大波を前にして、講堂不能に陥っている。下手に帆を張れば薙ぎ倒される。
追い風もなく、万事休すである。けれど、俺の心が震えを起こしている。顔を上げる先に、今にも泣きそうな、一度は惚れた女性が居る。
その人が俺を望んでいる。
大きな波にこそ乗れば、俺はまた、素敵な時間を共有できる。憧れたその人の身体と心を感じて、世界の全てを手に入れたような気になれる。錯覚でも、そう想える。
「その気になってきた?」
「っ、俺はっ」
心が見透かされている。俺の太ももに、先生の指が触れている。既に俺のマストは帆を張り始めている。俺の欲望は非情で、非常にまずい。
この波を力づくで止めるか、俺のマストを死に物狂いで収めなければ、青二才の貧弱なボートなんて一瞬で呑まれる。それ程の大津波の吐息が頬に掛かる。熱い。
墨汁をたっぷり含んだ筆を持ち、どんと半紙に下し、書を描く指に憧れた。どんな絵画よりも綺麗だと思った。こんな風になりたい、自分もしてみたい。
幾度となく憧れたその指が、俺の肌に触れている。伸ばせば触れられる。俺の手が持ち上がり、彼女の太ももに触れる。憧れた人の唇の端が、甘く緩む。
「おいでよ、ヒロ」
目指した人が居る。尊敬した人が言う。俺を裏切り、それでも笑んでいた人が居る。決別しようとしたくせに、それでも離れられない人が居る。それを喜んだ俺が居る。
「昔の事、思い出さないか?」
「思い出さないわけがない」
みしりと痛む心を握るように、俺は胸に手を当て、衣服を握り締める。今にも暴走しそうな自らの理性と心臓は、すでに限界だった。
○○○
「先生、どうしたの?」
私の視線に気付いた少年は、真面目な顔で首を傾げていた。
狭いはずの教室は、やたらと広かった。今まで居た生徒は徐々に減り、新しい生徒も入っては来ていたけれど、みなが卒業していった。
残った、と表現すべき生徒は、半袖半ズボンの彼一人だけだった。居残りで練習を申し出る生徒なんて、彼以外には居ない程だった。
「寂しいなと思ってさ」
「みんな居なくなっちゃったもんね」
その生徒は私の気持ちを察してくれているようだった。
私を案じてくれるその瞳は純粋で、私の寂しさを慰めてくれていた。旦那の職場が変わり、付いて来て欲しいと言われたのは二年前だ。それを教室があるからという理由で残り、夫は単身赴任となった。
それを後悔してなど居ない。ただ寂しさだけはどうしようもなかった。そして減る生徒に、居場所を失くしていく気がした。その寂しさを拭うように、別の何かで埋めようとして、失う事が怖くなって、邪な気持ちに手を出した。
怖い。日常の喪失感が恐ろしい。
旦那は優しいし、子供たちは良い子ばかりだ。なのに日々募る焦燥感だけはどうしようもなかった。
「寂しいの?」
「……何で?」
「せんせ、泣きそう」
子供は正直だった。その言葉は素朴で、優しさに満ちていた。嬉しさが滲む。そしてその気持ちに、疼いてくる別の気持ちがあった。
特に彼は優しい子だった。可愛すぎて触れる回数が自然と多くなるような子だった。そして今、生徒は彼一人しか居ない。
一瞬の過ちを犯すには、十分すぎるシチュエーションだった。
「俺が居るから、泣かないで」
彼は誇りだった。純粋な瞳は可愛いかった。私の身体が子供を宿すのは困難である、と知ったのは結婚する直前だった。絶望の中、旦那は私を抱き締めてくれて、問題ないよと言ってくれた。嘘でも嬉しかった。
そんな自分が、それでも子供に接したいと始めた書道教室は、楽しかったし、何より幸せだった。
でも最近、何かうまく行っていない。たまに会う旦那との夜の事とか、あるいは軽はずみにした別の恋も、調子が出なかった。気持ちがのめり込めなかった。
そんな時の、彼の純粋な優しさは猛毒だった。
「俺は残るから、安心してよ」
子供は無邪気だなと思った。お前が残って何になるんだと思った。お前ごときが、一人居たからって何だと言うのだ。
なぜか、殴りたくなった。
「学校、書道部がないんだよ」
「へえ、そうなのか」
見ていて苛々した。子供の事情なんて知るかと思った。字は綺麗だし、気に入っている生徒だけれど、だから何だと思った。
無茶苦茶にしてやりたいと思った。そんな邪な気持ちになった。思ったらどうしようもなかった。
「自分で部活作る程でもないし、ただ書きたいだけだから……まだ続けていいよね、せんせい?」
「……ん」
いっそこいつも辞めさせてやるか。清算してしまおう。そんな気になった。
親に訴えらるかもしれない。いや、男の子だから大丈夫か。駄目ならもういいや。全部どうでもいいやと、思ったら最後だった。
純粋な子供の可愛げな指を見ていたら、あの指先を口に含んでみたいと思った。太ももを撫でてやりたいと思った。甘い声で鳴くのだろうか。泣き叫ぶかもしれない。ショタコンプレックスなわけじゃないはずなのに、酷く疼いた。
私は、子供に、幼くも男らしさを醸し出した少年に欲情した。
この子を、汚したい。私に裏切られた彼が、泣きじゃくり困惑する姿を見てみたい。
「せんせい?」
「あー、授業終わったらさ、お茶してかないか? 美味しいお饅頭があるんだ」
「いいの? やったあ!」
私は出来るだけ丁寧に、先生らしい喋り方で言った。彼はまだまだ子供だった。彼はとても嬉しそうに頷いて、今にでも飛び出しそうな程だった。
私の事を好きなのが良く分かる。憧れているのは知っている。だからこそ、無茶苦茶にしてやりたくてしょうがない。人生もどうでもいい。もうどうなってもいい。
ぎりと歯を食いしばる。
「あ、でも晩御飯食べられなくなるかな?」
ナケナシノ理性が、私を止める。
「大丈夫っ、ぼく、ご飯いっぱい食べるから!」
「そうか。なら大丈夫かな」
そして状況は、私が望む方向へと傾いていく。
「じゃ、あと十五枚、がんばります!」
「うん。丁寧にね」
そうして彼は、嬉しそうに書に向かう。その横顔を眺めていると、胸がちくんと痛みを帯びる。身が震えた。恐ろしい程に、自分が怖い。
「ね、ヒロ君。今日、居残りするから、帰り遅くなるってお母さんに言っときな」
「居残り? えっと、わかりました」
まだまだ純粋な彼は、私の言葉を信じて、とても素直に返事した。
《続く》
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