乙女日和

古葉レイ

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乙女日和11

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「まさか色紙の言葉を読み直す奴が居るなんてな」
「だって別格だったんだもん」

 散々に唇を這わせ合い、乱れた制服を戻すのに五分を要した。そうして落ち着き合ったところで、自分がした事に対する罪悪感が胸中を埋め尽くす。
 
 やっべー、ちょっとやり過ぎた気がする。

「桜坂、大丈夫か?」
「うん。平気。あの……ありがとう」
「ほとんど強姦だったな。悪い」
「ううん。私も気が付いたら舌とか、あの……ありがとう」

 二度も礼を言われる筋合いはないのだが、謝罪じゃないので良しとする。桜坂は沈黙に負けてか携帯を弄り始めているので、黙って待つ。実は下半身がアレな感じになっていて動けない、とはさすがに言わない。

 LINEでも来たかと待っていると、彼女はそっと携帯を見せてきた。そこには見た事がある画像が映っている。
 それは見覚えのある色紙だった。四角の色紙の真ん中に、文字が書かれていた。その文字は俺こそ良く知る言葉である。書いたのは、俺だ。

 ちなみに裏の画像である。表には、先生への言葉とタイトルが書かれていて、『先生、ありがとう』とか、『元気でね』という言葉で埋められていた。

 中学校の卒業を前にして、担任に書いた色紙だ。

 その表の言葉は気持ちが籠っていて、でもありきたりで、素朴で良かった。でも俺は見習いたくなかった。人に贈る言葉だ。

 だから俺なりに、少し違う言葉にした。

 言葉の重みを知り、本当の言葉を紡ぎたかった俺だからこそ、自分だけの言葉が書きたかった。それを見せてこその感謝の言葉だと思った。
 だからつい、出来心で真面目に書いたのだ。

「写真撮ってたのか」
「だって、良かったんだもん。色紙は先生に渡したから、写真だけ」

 彼女が携帯を引き寄せ、自らがそれを見る。そうして唇が、言葉を読み上げた。



 江藤先生へ。

   普通の担任でした。
    煩い先生でした。
     騒がしい人でした。

   僕らにはまた次の担任が居て、
    先生の元には次の生徒がやって来る。

     でも俺ら三十五名の、
      中学三年生の担任は、

         一生、

           あなたです。
                      」

 言葉を選ぶのに二日、練習に二日を使った。
 そうして一発入魂。書いたのがそれだった。他の奴らに無理を言い、裏を丸々使わせてもらって『それ』を書いた。

「何だそれ、って感じだな」
「ううん。凄い好き。これ見た先生、泣いたの知ってる?」
「知らないよ」

 彼女が短く言葉を吐き、俺は自分が褒められたかのように恥ずかしくなった。

 人付き合いが嫌いだった俺が、そんな言葉を書くなんて変だっただろうか。でもこれで最後だと思えばこそ、書いてしまったのだ。

 気持ちを込めて綴った。
 
 書道を嗜んでいた俺なりの精一杯の我がままだった。特に際立った先生でもなかったけれど、無事に俺らを卒業させてくれた事に、子供ながらに感謝したのだ。

 色紙の裏を使わせて貰って、委員長に頼んで、それを書いた。

 全員分の心を込めて言葉を送った。書を学んだ俺に出来る事なんて、それくらいだと思ったのだ。


 中学は義務教育で、誰もが適当に流すような日々だった。
 一度、授業で二人組になる催しがあって、前の席の奴が休んでしまって、俺があぶれたことがあった。別に一人でも良いやと思った時、相手になったのが江藤先生だった。

 そうして俺を仲間外れにせず、煩いくらいに付き合ってくれた。周りの生徒もいい奴らばかりだった。馬鹿な事をする生徒には本気で怒る先生だった。
 だから、きっと普通の先生っていうのが大切なんだろうと思った。だからそれなりの気持ちを込めたのだ。

「素敵な言葉だし、綺麗な字だなぁって思ったんだ」
「俺から書道を取ったら骨も残らんからな。中学の頃は書道部とか作っていたくらいだから、字を書くのは好きだ」
「文字で感動したのなんて初めてだったから、どうしていいかわからなくなっちゃったよ」

 桜坂の頬に赤みが増し、どこか高揚した面持ちを浮かばせている。とても抱きしめたくなる顔だ。さっき唇を奪っておいて何だが、その先がしたくなる。

 もう俺の中に、彼女に対する抵抗感はない。次に何かしてと言ったら、俺は迷わず、そのことをするだろう。俺の魂が暴走し始めている。
 自制心のブレーキが、実はさっきから利かない。

「感動したのか?」
「うん。みんなの言葉と全然、違ってた。うるうるした」
「大した事なんか書いてないだろ」
「私には、ううん、先生にとっては素敵だったと思う。あのね、先生これを見て、『お前らの先生やれて幸せだったよ』って言ってた。「ありがとう」って言ってた。どの言葉で泣いたのかまでは言わなかったけど……」

 桜坂の声がまた震えている。もう言うな。恥ずかしい。そう思うが、桜坂は言いたくてしょうがないという顔をしている。

「私が先生に色紙を見せた時ね、嬉しそうに笑ってね、鞄にしまおうとして、その時、色紙の裏を見つけて……涙を流してね」
「もういいって」
「私も泣きそうになって、誰が書いたんですかねって聞いたらね、先生、言ったんだよ?」

 そこで言葉を切られ、桜坂が押し黙る。
 もういい、と思いながらも、その続きが聞きたくてしょうがない。桜坂は涙目で笑っている。俺は、聞く。

「何て?」
「池田だよって。名前書いてなかったのに、ちゃんと先生、これを書いたのはヒロ君だって、ちゃんと知ってたよ」

 桜坂が笑い、俺は気恥ずかしさに顔を持ち上げて表情を隠す。やばい、嬉しくて泣きそうだ。

《続く》
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