乙女日和

古葉レイ

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乙女日和09

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「面倒、そうだろ? 面倒になったよな?」

 きた。きたっ。俺はそれ見た事かと胸を張り、どうだと桜坂に詰め寄った。思わず挙手したくなる程にテンションが上がる。

「な? ほら、俺って面倒臭いだろ? やめとけって。ろくな事にならんから! ああ、解ってくれてよかったよ」
「何でそんな嬉しそうなの? 確かにちょっとうざい」

 桜坂に真顔で首を捻られ、何となく逃げ腰になる俺は弱虫だ。うざいまできました。ちょっと目つきが怖い。いやそもそも俺を好きになったらこうなるぞと言いたかったんだから、これで良いのだが、何か釈然としない。

 笑顔だった彼女が苛立つ顔を見せたのが怖い。こういうのが、嫌だったのだ。

「だから間違って理解されたくないんだよ」
「別に間違ったっていいじゃない。勘違い大いに結構じゃない? 理解する側の勝手でしょ? ヒロ君、自分が完璧だと思ってる?」

 俺は彼女を怒らせた。桜坂ヒミコを苛立たせる事に成功した。なのに何だろう。急に挽回したくなってくる。俺は何をしているんだろうか。

「でも俺、面倒だろ?」
「ちがうって。私はただ、ヒロ君への説明を手紙とかで書こうかなと思って、それも面倒だって思って呟いちゃったの。別にヒロ君を面倒だとか言ったわけじゃないから。私、身体でぶつかるタイプなの」

 桜坂が言い捨て、ブレザーのポケットに手を入れて空を見上げている。その顔を眺めながら、二人の距離の近さに驚く。桜坂が俺の胸元に額を寄せている。
 
 気がつくと、かなり近い。
 手を上げれば触れられる距離に二人は居る。そもそもさっきまで触れられていたのだから、当然だ。

「あの、桜坂……」
「フルなら私を知ってからでも遅くはないと思う。見せてよ、ヒロ君もさ」

 俺の言葉を遮って、桜坂は言った。ポケットから取り出した手を俺の制服に伸ばしてきて、袖をくいと引いてくる。「知って、知られようよ」と言う彼女が、俺の手に触れてくる。声が震えていた。振り解こうとして手を引くけれど、桜坂の身体ごと引っ張る形になり、取りやめる。

 下手をすれば俺に抱きついてくる、それ程の近さだ。

「私も、ヒロ君を知るからさ。内面ももっと見るから。見せてよ?」
「見せろって何だよ」
「いろいろだよ。見せてくれなきゃ、知れないでしょう? 知りたいから付き合いたいんじゃない」

 桜坂の言う事は正論だと思った。でもじゃあ見せます、というのはどうだろう。こいつに俺の何が解る、なんて言ったところで、しかし解るわけがないのだ。俺の馬鹿みたいな過去を語るか?

 それは嫌だ。話せないし、俺の過去が聞きたいわけじゃたぶんない。俺を、桜坂を知り合うというのだ。「お互いの時間、少しだけ共有しませんか?」と彼女は呟いた。

「一緒に、同じ時間を過ごしたいの」
「……そんなのは」
「嫌いでもいいから、一緒に居て」

 桜坂は手のひらで顔を覆い、苦しそうに呟いた。決して細くはない体を、それでも小さな身を折りたたんで、今にも泣きそうだった。

「それとも見せたくない? 私に知られたら怖いの? こんなチビデブに触れられるのが怖いの? 傍に置きたくない? 池田君のステータス的に私はアウト?」
「そんなの気にするか」
「だったら逃げないでよ」

 俺に喧嘩でも売るかのように、桜坂の指が俺の指に絡んでくる。温かい手だ。まだ再会して間がないというのに、距離が近い。

「私も、怖がらないで近付いてるんだから」

 近い、近い近い近い。そして普通の女子は、普通の女子のように涙を流して、下唇を噛み締めた顔で俺を見上げた。とても、切ない顔だった。

「誰も……怖くなんてない」
「そう? 私は怖いよ。もっと好きになっちゃいそうだから、怖いよ」
「だったら手を放せ」
「嫌だよ。ここで放したらヒロ君、逃げるもん。そしたら一生後悔する。私は、ヒロ君と一緒に居たいの。居てもいいよって言って欲しいの。許して欲しいから、付き合って」

 長く、強く吐き捨てられ、俺は歯を食いしばる。お前こそ一生とか使うな。
 ここまで全力でぶつかられて、逃げても捕まえられる。これ以上、俺はどうすればいいんだ。

「じゃあ、もっと話そう。二人きりでたくさん話そう? そしたらもっと、仲良くなれるよ」

 彼女の言葉に、俺は無言以外の選択肢を見いだせなかった。

 ○○○

「今日は何を聞こうかな」

 そして高校に入学してから二週間が経った。

 俺と桜坂は毎日の放課後、お互いの事について語り合っていた。といっても桜坂が一方的に喋り、俺が答えるというパターンだったが、俺なりに彼女についての事を知っていった。
 彼女の事を知り、付き合っても良いかもしれないと思うには充分だった。

 一日目はとにかく緊張して、一方的に聞く側だった。二日目から徐々に俺の事を話し出して、一週間ほどして、一緒に帰る事が当たり前になり、あるいは休みになると訪れる彼女に不自然さが無くなった時点で負けたと思った。

 二週間、彼女が言った時間の共有を経て分かった事は、桜坂ヒミコという女子は、普通に可愛くて良い子だという事だった。

「もういいだろ。だいたい解ったって」
「えー、でもまだ知りたい事たくさんあるんだけどな」
「もう全部話したろ」

 毎日一時間と時間を決めて、毎日のように桜坂の部屋で延々と話し込んだ。最初は緊張した桜坂の部屋にも、さすがに毎日来ると慣れる。おばさんは良い人で、こいつの『彼氏、にしたい友達。私は彼氏のつもりだけど』という嫌そうな紹介に『頑張ってね』と応援するような人だ。

 そして一緒に過ごして分かった事。

 桜坂ヒミコは、俺が思っていた以上に思慮深く、人を見る目に長けているという事だった。人に気遣い、仕草も思いのほか丁寧だった。俺らの会話を事細かにメモする几帳面さも、俺的に嫌ではない。

 何より字が綺麗だ。それが俺の中で高評価だった。字が綺麗な人は、異性であれ同性であれ好きである。

「それじゃ桜坂は、部活は陸上部に入るのか?」
「そのつもり。ヒロ君は、やっぱり書道?」
「でもうちの学校、書道部がないんだよな」
「自分で作るの?」
「それも面倒だから悩んでる」

 少なくとも、友達という点では仲良くなっている。お互いの誕生日から始まり、今までの話も山ほどした。された方が多いけれど、今では桜坂が産まれた瞬間に父親が喜び過ぎて足を骨折したという珍事まで知っている。

 だからこそ、理解できない事が一つだけ残っていた。

「一つ、俺も聞いていいか?」
「何でもどうぞ?」

 シャープペンを手に言葉を連ねていた彼女は、俺の問いに顔を上げた。静かな瞳に俺が映っている。とても繊細な彼女の笑みに、俺は真剣に問う。

「何で俺の事好きになった?」
「顔が好みだから」
「それだけじゃないだろう?」

 はぐらかそうとする桜坂の言葉を遮り、俺は身を乗り出して彼女に寄る。少し視線を外すのを前に回り、目線を合わせる。こいつは、嘘を付くと絶対に目を合わせない。

「俺の何が良かったんだ? 顔以外で、あるんだろう?」

 だから俺の顔を気に入ったから好きだというのは本当で、でもたぶん、それだけじゃない。

《続く》
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