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乙女日和07
しおりを挟む「俺は別に、付き合うなんて言ってないぞ?」
「ええ? それは困るよ」
ちょっとした過去の話である。
つつがなく高校の入学式を終えた俺は、卒業式と同じような形で校舎裏に居た。
学校の配置はおおよそでしか知らなかったから、二人で探索をしながらの移動だった。
二人で「あっちだろう」「こっちかな」と言いながら移動している時点で、何かしら共犯者のような気分になっていた。
少なくとも、その時間も大事だった。心の整理をするうえで、相手を見る時間を得る事が出来た。
桜坂ヒミコ。会った瞬間に名前が浮かび逃げたくなったくらいに、良く覚えていた。とにかく彼女と二度目の二人きりを、高校生活初日で迎えた。
「私、付き合っていると思って朝、先生に啖呵を切っちゃったよ。もしかして別れるの? 嫌だなあ」
「だから付き合ってないだろう? あとで取り消せばいい。先生に指摘を受けて、交際を止める事にしました、でもいいな。そもそも訂正しなくてもいいんじゃないか?」
「でも、せっかくだし、このまま付き合おうよ?」
中学校の卒業式からさほど時間は経っていない。高校に教科書を買いに来た時には見なかったが、今の彼女は俺と旧知の間柄とばかりに馴れ馴れしい。
春休みの間、この事を忘れようとしていた時点で俺もしっかり覚えていて、実はこの状況が当然だったという雰囲気が不思議だった。
桜坂の隣に居る自分に、違和感がない気がした。いやいや、それはない。
「いいよ、別に」
「いいの?」
「違う、そっちじゃない。駄目な方」
「ややこしいなあ」
俺が緊張しているせいか言葉が噛み合わない。桜坂ヒミコの嬉々とした瞳が心に苦しく、言語中枢を麻痺させている。桜坂ヒミコの真っ直ぐ一直線な行動が、俺には眩くてしょうがないのだ。
高校の新しい制服はまだ見慣れていないけれど、とても可愛いと、見えてしまうのは目の錯覚だ。丸坊主だった俺の髪の毛は少しだけ伸びていて、彼女の制服の着こなしも丁寧で、二人の差は少しばかり詰まっている。
やばい、俺の目が曇り始めている。いや、可愛いのは最初から解っていた。ただ付き合うというのは少し段階が早い、というか変だ。
「楽しいよ? 高校生活、彼女ありとか楽しくない?」
「でもそれだと、新しい出会いがないじゃないか」
「誰か特定な人が居るの? いい人が居ないかなって探していたりしない?」
「別に……そうだよ、誰か居ないかなって思っているくらいだよ。悪いか」
誰かいい人、と言っている時点で最低だろうか。だけれども、誰でもいいから可愛い子と付き合いたいと思うのが男の子だろう。そしてじゃあ目の前の子はどうだ、と問われると解らない。
ただ、ここまで押されると気後れする。本気で押されたら、後ろに倒れる自信がある。それ程に自信がない。俺自身に、人に好かれるような魅力はないのだ。
春休みの間、何度も考えた。俺がどうして了承できなかったのか。思い当たるのは、俺にはそんな資格がない、という事実だった。
『俺、……が好き、だから』
『子供の分際で軽々しく好きとか言うな。反吐が出る』
昔の、消したい記憶の片鱗が蘇る。
背に汗が浮く。くそ。両想いだと思った自分の儚い気持ちが砕けた瞬間は、今思い出しても胃が痛くなる。あんなのはもう経験したくない。泥の中でもがき続けてやっと立ち上がれたと思って、必死に守ろうとした場所は、友達の喪失と共に掻き消された。
全ての関係は、言葉で繋がり言葉で離れる。それ程にもろいのだ。
「桜坂を、傷つけたくない」
だから俺は、そんな風に人に想われる資格なんてないのだ。
「ありがとう。でも、今、別れる方が傷つく」
「だから付き合ってないって。誰でもいいから、桜坂さんと付き合うってダメだろ」
俺の本心だった。その言葉に、彼女は迷惑そうな顔を微塵にも見せず、むしろ嬉しげに笑んでいた。とても幸せそうな顔だった。
「ダメじゃないよ。嬉しい。じゃあ、私でいいじゃない?」
「俺、あんまり桜坂の事知らないからさ」
最初の言い訳がダメだった途端に別の事を言う。さんづけが自然と外れる。どうでもいい。俺はかなり優柔不断である。出来る限り当たり障りのない言葉を選んで、理由を見つけようとする。そうして逃げようとするのに、彼女は少しも引かない。引いてくれない。
むしろ胸を張り、嬉しげに笑んでくる。
「大丈夫!」
「何なんだよその根拠もない大丈夫は」
俺の見る彼女は、常に笑顔だった。彼女の泣く顔が見たくない。苛立つ顔が見たくない。怒らせたくない。そう思う。
「じゃあ知ろう。付き合って知ろう! 一石二鳥だよ?」
「桜坂って結構自分勝手だな」
「うん、よく言われるよ。人の話を聞いてないって」
「そうだな。確かに俺もそう思う」
そしてそういう前向きな所は、それほど嫌いではない。俺は同年代の女子とあまり話をした事はないけれど、こういうずかずかと話をしてくれるのは嫌ではない。俺が行動しない分、相手がしてくれるのなら、助かるか。
春休み散々に悩んでいたくせに、付き合うかどうかで迷う。でも、そういう事ではないと首を振る。「ダメだ」「何で?」と反射的に返ってきて、こいつの反応速度に困る。
そのダメという理由が、俺の中にないのだ。彼女を説得できるだけの言葉が俺の中から出てこない。だってないのだから、ないものは出ないのだ。
「桜坂って、自分の都合の良い方に考えるタイプだろ」
「わあ、よく知ってるね! さすが彼氏!」
「いや、何度か話せば解るだろ、お前なんて……って彼氏止めろ」
「ヒロくん」
「っ、待て。ちょっと聞いていて痒い」
桜坂のノリはとにかく良い。変に媚びるでもなく、溌剌とした雰囲気は好印象だ。気が付くと彼女のペースに巻き込まれている自分に気付く。小さいながらに太陽のような子で、こういう子と付き合えたら、きっと楽しいと思った。
「じゃあ、ヒロさま」
「お前、ふざけてるだろ」
「やん、お前とか言われちゃった」
頬に手を当てて悶える彼女を見ながら、すべてがどうでも良くなって来た。付き合って、俺の嫌な部分を見せればいいのだろうか。そんな気がしてくる。
いかん、押し負けそうだ。
「何か俺が何言っても無駄な気がしてきた」
「そうだね。私、付き合っている気で居たしね。今だって、ヒロ君の事、ただの彼氏としか見えないんだもん。いや本当、好きだからねぇ?」
当たり前だが、好きと言われて驚いた。卒業式の時に何度も言われたのに、ここに来て再度の『好き』は直球だ。このまま泣き崩し的に付き合うのもありなのだろうか。そう思いながら、それでもこれだけは言っておこうと思った。
「お前、俺の事、誤解していると思うぞ?」
「何を誤解するの?」
「だってお前、俺がどんな人間か知らないだろ」
「少しは知ってるよ?」
彼女は笑い、「今、私と付き合わない為の理由を一生懸命、探してるでしょ?」と告げた。とても図星で、その通りだった。
《続く》
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