乙女日和

古葉レイ

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乙女日和05

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「彼女さんは元気だったか?」
「無理なダイエットで調子を崩したみたいだな。少し食べたら元気になったよ」

 三と四時限目の休憩時間を狙って教室に戻ると、クラスメイトの南沢がにやついた笑みで俺を迎えてくれやがる。ヒミコは保健室に残してきたが、確かに元気になっただろう。とはいえあれが元気だったのは俺の方だ。

 南沢は友人ではあるものの、ヒミコを保健室に連れて行った原因が実は昨日し損ねたセックスの続きだった、なんて事を言わない程の仲である。そんな南沢が、わざわざ俺の席前にやって来るはややうっとおしい。
 南沢は良く言えば人懐っこい奴なのだが、無遠慮にこちらの事情へ踏み込んでくる、ちょっと馴れ馴れしい男である。

「桜坂さんって可愛いよな」
「あのチビデブの何がいいんだ?」
「デブじゃなくて、ただ胸がおっきいだけなんじゃもげっ?」
「煩いよ」

 前髪に女物のヘアピンをした南沢が助平な事を言い、俺のチョップが馬鹿の眉間を正確に打つ。腹が立ったので致し方なしだ。
 しかし自らの彼女の事をそういう目で見るなと思うあたり、俺もヒミコの事が好きなのだろう。一応は俺も、あいつの彼氏である。

「暴力反対!」
「へいへい、セクハラ反対」

 俺はヒミコと付き合っている。しっかりと身体を許し合っておきながら、今さら好きかどうかで悩む自分が情けない。そのくせ平然と彼氏面するのだから、俺という男はなんて身勝手なのだろうか。
 自分の思考が謎である。ヒミコにちゃんと好きだと言った回数は、ヒミコが言った回数に比べると極端に少ないはずだ。

「よくあの身体で手を出さないねぇ?」
「……猥談ならせめて昼休みか放課後にしろ」

 助平男の嬉々とした会話を華麗にスルーしながら、俺はふと考える。彼氏の俺が、ヒミコの事をチビデブ、と自ら言っていたら、そりゃ朝飯も抜くわけだ。
 ただの冗談だ、というのは俺側の話で、相手が同じ理解をするわけでは絶対ない。言葉は、言う側と聞く側で形を変えるのだ。

 解っていたはずなのに軽率だったなと自らの言動を反省しつつ、「いい匂いがしそうだもげっ」「黙れ犯罪者」「頭が割れた!」と二度目のチョップを繰り出す。

 額を押さえて呻く南沢を放置して、俺は後方を見る。

 右後ろは空席である。その席の生徒は、今頃は保健室で休んでいて、そいつの顔と、肌の温もりを思い出すと、ぬうと出てくる南沢が本当に不快で邪魔だ。
 
「桜坂さんは可愛いが、お前は可愛くない」
「男に可愛いなんざ言われたくねえ」

 南沢の鼻の下は伸びていて、そのにやついた顔は、見ていると何ともしがたく不愉快である。
 南沢は真顔だとそこそこ恰好いいのだが、常にへらへらと笑っているので立派な三枚目である。決してブ男の部類に入っているわけではなく、彼女も居るという噂だが、良くは知らない。
 ただそれを根掘り葉掘り聞く程の仲ではない。

 人と接する範囲は最小限でいいのだ。

 俺が他人に指摘をするとしたら、あの桜坂ヒミコひとりで充分だ。

「匂いでも何でも嗅げばいいだろ」
「お前ね、自分の彼女差し出すような真似はまずくない?」

 南沢が軽く俺を指摘してきて、他人の事に口出しするな、という気持ちを喉元で止める。俺の無言の視線を南沢は気にした様子はない。いつもの事だ。
 俺は馬鹿を無視して次の授業の準備に入る事にする。次は歴史か。教科書とノートを出したところで、「ほい」と差し出される南沢のノートの表紙を、凝視する。

「なに?」
「いや、前の授業のノート」

 南沢から差し出されたのは、三時限目の数学Ⅱのノートだった。軽く驚いた。いや、驚愕レベルである。

「お前……これは読める字なのか?」
「失礼な奴だな。お前みたいに綺麗にゃ書けないけど読めはするぞ」

 南沢が拗ね顔で呻く中、渡されたノートを開くと、確かに三時限目の授業の内容が書かれていた。空白多めに書かれたノートの字は、一応は真面目に書いた、とばかりの字で、ちゃんと読めた。

「借りていいのか?」
「貸す為だけに書いたんだから、むしろ借りて」
「いや、自分の為に書けよ」
「俺、勉強嫌いだから」

 南沢が笑みながら差し出してくるので、俺は「ありがとう」と直球の礼を言う。南沢が身体をくねらせて気恥ずかしそうに頬を掻くのが少し、キモい。

「昼休みに写させて貰う」
「いや、明日でいいって。どうせ昼は桜坂さんに抜けた授業の説明するんだろ?」
「……ん。今から写す」

 南沢が失笑と共に肩を竦め、今は居ない前席に座る。そこは女子の席だろうと心で思いながら、南沢なので誰も気にしないかと黙る。自分の数Ⅱのノートを出して、南沢のノートを書き写していく。

「桜坂さん可愛いよね」
「狙ってるのか?」
「まさかです。俺は友達の彼女に興味はない。彼女居るしね」

 友達、と露骨に言われて手が止まる。南沢は気にせず、俺の手元を見ている。「字、相変わらず綺麗だよね」「それしか取り柄がないからな」と言い返し、止めていた手を動かす。

「池田、ヒミコどうだった?」

 そんな折に声がして、顔を上げると知人が居た。

「大丈夫。昼飯には戻ってくる、はず。空腹で倒れただけらしい」

 手は止めず、確認できたヒミコの友達に受け答えする。この女子も、俺の中ではただのクラスメート、というと怒られそうだが少し仲の良い知人である。

 正確には、彼女はヒミコの親友というステータスだ。

「りょーかい。あの子もダイエット下手だよねぇ? やり始めたらとことんって言うか、妥協を知らんから」
「ともちゃんからも飯はちゃんと食えって言っといて。俺の言う事、全然聞かないから」
「へいよ」

 ともちゃんが自分の席に戻り、「ちっ」と露骨に舌打ちした。自分の席を陣取る助平男を睨み付けている。南沢が「すんません」と謝り立ち上がるのを見もせず、俺はノートに向かっている。

「桜坂さんって可愛いよな」
「うん? 私も可愛いだろ?」
「あー、どうだろ眼鏡そばかすっ子ははやらなもげっ」

 ともちゃんの膝蹴りが南沢に炸裂して、さすがの俺も気の毒に思う。「お前ら暴力反対だぞ!」と言う南沢や「眼鏡はステータスなんだよ!」と本気で苛立つともちゃんを眺めていると、俺の交友関係は中学の頃から大きく変化したもんだと感慨に耽る。

《続く》
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