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シンゴニウム・16
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「告白して私と付き合って、それで?」
相原の言葉を真正面から受けるのはこれが初めてだ。俺は手にしていたグラスを机に置いて、手を膝に置き、正座になる。それだけで嬉しかった。
「ちょっと、待って。俺失礼な事言ってない?」
「大丈夫。気にせず言って」
彼女は真剣な面持ちで俺の事を待っていた。彼女の前にあった壁のようなものが、見えない気がした。
「深呼吸、させて」
「いいよ。待つから」
相原は急かさなかった。バイトの時間は迫っているはずだ。それなのに俺の話を聞いてくれる、そんな人だから俺は惚れたんだろう。好きなのは間違いない。でも、と息をと整える。
彼女を真正面から見て、俺はまたも震え出しそうになる膝を抑える。そして思った。
彼女の視線を、俺は必死に受け止めた。
声を、出せ。
そもそもの気持ちを、俺は彼女にぶつけたい。
「俺は君の見ているものを見たい。相原が楽しそうに話すその日常に身を置いてみたい。勝手だと思うけど、俺は相原の日常に憧れている。君のようになりたいとすら、思う」
「私のようになるのは無理よ。私は私。君は君だもの」
相原が笑って肩を竦めた。けれど馬鹿にはしていない。目は真面目に、俺を見つめていた。だからこそ、俺も真面目に馬鹿な事を言えた。
「そうだろうさ。でも俺は、そんな相原の楽しいを知りたいんだ。見てみたいんだ。君と同じ気持ちになるか、案外感動しないとか、そういうのは、自分で見た上で決めたい」
身勝手な事を俺は言っている。けれどどうせフラれて終わるなら、言いたいことを告げてからでもいいだろう。明日から、彼女が参加する合コンに参加しなければ良いんだ。
そう覚悟して、告げる。
「相原の話を聞いて、楽しそうだと思ってさ。旅行のパンフレットを握って、でも俺一人じゃ何をしていいかわからなかった。旅行代理店でツアーの話を聞くだけ聞いて、それで終わった。唐突に電車に乗ってぶらっと旅行に行ったって話を聞いて、俺もしてみた。でも、俺は電車に乗って、それまでだった」
俺の馬鹿のような行動を相原に告げた。
そう、俺も彼女を真似ようとしたのだ。彼女と同じことをしてみようとしたのだ。
けれどダメだった。俺には無理だったんだ。
「乗ったんだ。でもそこまでだったんだ。気が付いたら元の駅に戻っていた。途中下車すらできなかったんだよ。誰も知らない場所に下りるとか、それで何をするとか想像できなくて、ただ怖くて、知らない場所だと思ったら動けなくてさ」
言いながら、自分の惨めさが笑えた。情けない奴だ、俺は。
「笑うよな」
「笑わない」
俺の捲し立てるような言葉に、彼女は首を振った。「笑わない、それもまた経験だもの」と優しい言葉を掛けてくれた。彼女の目は真剣だった。
俺の胸に熱が灯る。言え、もっと、伝えろ。
「それから悩んだよ。マラソンが楽しいって聞いて、俺もしてみようと思って無意味に走ってみて、脇腹痛くてさ。地面に倒れて、膝擦りむいてさ。フルマラソンの申し込み用紙に名前だけ書いて、まだ出してない。そんな状態なんだ。しようとしても出来ないんだ。何をすれば君の感動を味わえるのか分からないんだ。一人じゃ、どうしていいかわからなかったんだ」
「ふうん」
自分が何を言っているのか分からなくなってくる。相原は俺の言葉に相槌を打つのみで、それを笑う事もなく、馬鹿にすることもなかった。
だから俺は思うままに言葉を重ね続けた。
「だから見せて欲しいと、勝手だけど頼もうと思ったんだ。そうやって行動できる君と、親しくなりたいと思ったんだ。そうやって考えているうちに、君に惹かれた。相原の事、そうやって考えているうちに素敵な人なんだなって思って、こんなのよく一人でやれるなって。馬鹿だと思うけど、俺は真剣に、君と付き合って、同じ世界を見たいと思ったんだ」
「同じ世界?」
「そう、相原から見た日常を見てみたい。それはたぶん、友達よりも近いところでないと見られない気がする。だから友達じゃダメなんだ」
「友達でも、出来ると思うけど?」
「それだと気を使うだろう?」
言いながら、自分の言葉の幼稚さと、語録の無さを呪った。それこそ自分勝手で好きになり、自分勝手で付き合えと言っているのだ。もう少し言いようがあるだろうと思うが言葉にならない。言いながら、これは無理だろうなと覚悟を決めていた。それでも思いの丈をここまで言えた自分に拍手だけはしたかった。
「付き合ったって、気は使うと思うけど」
「気を使わなくなるくらい、好き合えばいいだけだろう?」
自分で言っててわけがわからなくなってくる。彼女は少し押し黙り、少しだけ唇の端を持ち上げた。酷く厭らしい、悪女のような笑み。
「セックスしたいとかじゃなくて? 確か君、童貞って言ってたよね」
「ぐぇおっ!? あ、ええぇえ?」
ぐさと、痛いところを突かれた。
《続く》
相原の言葉を真正面から受けるのはこれが初めてだ。俺は手にしていたグラスを机に置いて、手を膝に置き、正座になる。それだけで嬉しかった。
「ちょっと、待って。俺失礼な事言ってない?」
「大丈夫。気にせず言って」
彼女は真剣な面持ちで俺の事を待っていた。彼女の前にあった壁のようなものが、見えない気がした。
「深呼吸、させて」
「いいよ。待つから」
相原は急かさなかった。バイトの時間は迫っているはずだ。それなのに俺の話を聞いてくれる、そんな人だから俺は惚れたんだろう。好きなのは間違いない。でも、と息をと整える。
彼女を真正面から見て、俺はまたも震え出しそうになる膝を抑える。そして思った。
彼女の視線を、俺は必死に受け止めた。
声を、出せ。
そもそもの気持ちを、俺は彼女にぶつけたい。
「俺は君の見ているものを見たい。相原が楽しそうに話すその日常に身を置いてみたい。勝手だと思うけど、俺は相原の日常に憧れている。君のようになりたいとすら、思う」
「私のようになるのは無理よ。私は私。君は君だもの」
相原が笑って肩を竦めた。けれど馬鹿にはしていない。目は真面目に、俺を見つめていた。だからこそ、俺も真面目に馬鹿な事を言えた。
「そうだろうさ。でも俺は、そんな相原の楽しいを知りたいんだ。見てみたいんだ。君と同じ気持ちになるか、案外感動しないとか、そういうのは、自分で見た上で決めたい」
身勝手な事を俺は言っている。けれどどうせフラれて終わるなら、言いたいことを告げてからでもいいだろう。明日から、彼女が参加する合コンに参加しなければ良いんだ。
そう覚悟して、告げる。
「相原の話を聞いて、楽しそうだと思ってさ。旅行のパンフレットを握って、でも俺一人じゃ何をしていいかわからなかった。旅行代理店でツアーの話を聞くだけ聞いて、それで終わった。唐突に電車に乗ってぶらっと旅行に行ったって話を聞いて、俺もしてみた。でも、俺は電車に乗って、それまでだった」
俺の馬鹿のような行動を相原に告げた。
そう、俺も彼女を真似ようとしたのだ。彼女と同じことをしてみようとしたのだ。
けれどダメだった。俺には無理だったんだ。
「乗ったんだ。でもそこまでだったんだ。気が付いたら元の駅に戻っていた。途中下車すらできなかったんだよ。誰も知らない場所に下りるとか、それで何をするとか想像できなくて、ただ怖くて、知らない場所だと思ったら動けなくてさ」
言いながら、自分の惨めさが笑えた。情けない奴だ、俺は。
「笑うよな」
「笑わない」
俺の捲し立てるような言葉に、彼女は首を振った。「笑わない、それもまた経験だもの」と優しい言葉を掛けてくれた。彼女の目は真剣だった。
俺の胸に熱が灯る。言え、もっと、伝えろ。
「それから悩んだよ。マラソンが楽しいって聞いて、俺もしてみようと思って無意味に走ってみて、脇腹痛くてさ。地面に倒れて、膝擦りむいてさ。フルマラソンの申し込み用紙に名前だけ書いて、まだ出してない。そんな状態なんだ。しようとしても出来ないんだ。何をすれば君の感動を味わえるのか分からないんだ。一人じゃ、どうしていいかわからなかったんだ」
「ふうん」
自分が何を言っているのか分からなくなってくる。相原は俺の言葉に相槌を打つのみで、それを笑う事もなく、馬鹿にすることもなかった。
だから俺は思うままに言葉を重ね続けた。
「だから見せて欲しいと、勝手だけど頼もうと思ったんだ。そうやって行動できる君と、親しくなりたいと思ったんだ。そうやって考えているうちに、君に惹かれた。相原の事、そうやって考えているうちに素敵な人なんだなって思って、こんなのよく一人でやれるなって。馬鹿だと思うけど、俺は真剣に、君と付き合って、同じ世界を見たいと思ったんだ」
「同じ世界?」
「そう、相原から見た日常を見てみたい。それはたぶん、友達よりも近いところでないと見られない気がする。だから友達じゃダメなんだ」
「友達でも、出来ると思うけど?」
「それだと気を使うだろう?」
言いながら、自分の言葉の幼稚さと、語録の無さを呪った。それこそ自分勝手で好きになり、自分勝手で付き合えと言っているのだ。もう少し言いようがあるだろうと思うが言葉にならない。言いながら、これは無理だろうなと覚悟を決めていた。それでも思いの丈をここまで言えた自分に拍手だけはしたかった。
「付き合ったって、気は使うと思うけど」
「気を使わなくなるくらい、好き合えばいいだけだろう?」
自分で言っててわけがわからなくなってくる。彼女は少し押し黙り、少しだけ唇の端を持ち上げた。酷く厭らしい、悪女のような笑み。
「セックスしたいとかじゃなくて? 確か君、童貞って言ってたよね」
「ぐぇおっ!? あ、ええぇえ?」
ぐさと、痛いところを突かれた。
《続く》
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