シンゴニウム

古葉レイ

文字の大きさ
上 下
16 / 30

シンゴニウム・16

しおりを挟む
「告白して私と付き合って、それで?」

 相原の言葉を真正面から受けるのはこれが初めてだ。俺は手にしていたグラスを机に置いて、手を膝に置き、正座になる。それだけで嬉しかった。

「ちょっと、待って。俺失礼な事言ってない?」
「大丈夫。気にせず言って」

 彼女は真剣な面持ちで俺の事を待っていた。彼女の前にあった壁のようなものが、見えない気がした。

「深呼吸、させて」
「いいよ。待つから」

 相原は急かさなかった。バイトの時間は迫っているはずだ。それなのに俺の話を聞いてくれる、そんな人だから俺は惚れたんだろう。好きなのは間違いない。でも、と息をと整える。

 彼女を真正面から見て、俺はまたも震え出しそうになる膝を抑える。そして思った。
 彼女の視線を、俺は必死に受け止めた。

 声を、出せ。
 そもそもの気持ちを、俺は彼女にぶつけたい。

「俺は君の見ているものを見たい。相原が楽しそうに話すその日常に身を置いてみたい。勝手だと思うけど、俺は相原の日常に憧れている。君のようになりたいとすら、思う」
「私のようになるのは無理よ。私は私。君は君だもの」

 相原が笑って肩を竦めた。けれど馬鹿にはしていない。目は真面目に、俺を見つめていた。だからこそ、俺も真面目に馬鹿な事を言えた。

「そうだろうさ。でも俺は、そんな相原の楽しいを知りたいんだ。見てみたいんだ。君と同じ気持ちになるか、案外感動しないとか、そういうのは、自分で見た上で決めたい」

 身勝手な事を俺は言っている。けれどどうせフラれて終わるなら、言いたいことを告げてからでもいいだろう。明日から、彼女が参加する合コンに参加しなければ良いんだ。

 そう覚悟して、告げる。

「相原の話を聞いて、楽しそうだと思ってさ。旅行のパンフレットを握って、でも俺一人じゃ何をしていいかわからなかった。旅行代理店でツアーの話を聞くだけ聞いて、それで終わった。唐突に電車に乗ってぶらっと旅行に行ったって話を聞いて、俺もしてみた。でも、俺は電車に乗って、それまでだった」

 俺の馬鹿のような行動を相原に告げた。
 そう、俺も彼女を真似ようとしたのだ。彼女と同じことをしてみようとしたのだ。
 けれどダメだった。俺には無理だったんだ。

「乗ったんだ。でもそこまでだったんだ。気が付いたら元の駅に戻っていた。途中下車すらできなかったんだよ。誰も知らない場所に下りるとか、それで何をするとか想像できなくて、ただ怖くて、知らない場所だと思ったら動けなくてさ」

 言いながら、自分の惨めさが笑えた。情けない奴だ、俺は。

「笑うよな」
「笑わない」

 俺の捲し立てるような言葉に、彼女は首を振った。「笑わない、それもまた経験だもの」と優しい言葉を掛けてくれた。彼女の目は真剣だった。

 俺の胸に熱が灯る。言え、もっと、伝えろ。

「それから悩んだよ。マラソンが楽しいって聞いて、俺もしてみようと思って無意味に走ってみて、脇腹痛くてさ。地面に倒れて、膝擦りむいてさ。フルマラソンの申し込み用紙に名前だけ書いて、まだ出してない。そんな状態なんだ。しようとしても出来ないんだ。何をすれば君の感動を味わえるのか分からないんだ。一人じゃ、どうしていいかわからなかったんだ」
「ふうん」

 自分が何を言っているのか分からなくなってくる。相原は俺の言葉に相槌を打つのみで、それを笑う事もなく、馬鹿にすることもなかった。
 だから俺は思うままに言葉を重ね続けた。

「だから見せて欲しいと、勝手だけど頼もうと思ったんだ。そうやって行動できる君と、親しくなりたいと思ったんだ。そうやって考えているうちに、君に惹かれた。相原の事、そうやって考えているうちに素敵な人なんだなって思って、こんなのよく一人でやれるなって。馬鹿だと思うけど、俺は真剣に、君と付き合って、同じ世界を見たいと思ったんだ」
「同じ世界?」
「そう、相原から見た日常を見てみたい。それはたぶん、友達よりも近いところでないと見られない気がする。だから友達じゃダメなんだ」
「友達でも、出来ると思うけど?」
「それだと気を使うだろう?」

 言いながら、自分の言葉の幼稚さと、語録の無さを呪った。それこそ自分勝手で好きになり、自分勝手で付き合えと言っているのだ。もう少し言いようがあるだろうと思うが言葉にならない。言いながら、これは無理だろうなと覚悟を決めていた。それでも思いの丈をここまで言えた自分に拍手だけはしたかった。

「付き合ったって、気は使うと思うけど」
「気を使わなくなるくらい、好き合えばいいだけだろう?」

 自分で言っててわけがわからなくなってくる。彼女は少し押し黙り、少しだけ唇の端を持ち上げた。酷く厭らしい、悪女のような笑み。

「セックスしたいとかじゃなくて? 確か君、童貞って言ってたよね」
「ぐぇおっ!? あ、ええぇえ?」

 ぐさと、痛いところを突かれた。

《続く》
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...