シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・15

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「いきなりごめん。相原さんが好きだ」
「ありがとう。でも私はまだ君をよく知らない。初対面に近いよね?」

 彼女のまっすぐな瞳が俺を見据えていた。
 足が震えた。想像通り過ぎて、今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「君の名前も知らないのに?」

 それは男が女に向けて言う、ごく普通の台詞と相違なかった。
 周囲はざわめきに満ちていた。酒に煙草、相原の指にも紫煙が燻っていた。酒の席で、周囲の前で、俺は空気も読まずに告白したのだ。

 最低である。 

 複数サークルの合同飲み会、要は合コンで、俺はタイミングを見計らい、むしろ見損ない、バイトへと向かおうと少し人の輪から外れた相原の元へ行き、唐突に言ったのだ。

 好きだと告げたのだ。

 失礼な話なのは分かっていた。あえてバイトの前にしたのは、人の輪の中に突入する勇気がなかったのと、すぐに事を済ませたかったからだ。要するにフラれないと思っていなかったのだ。

 二ヶ月以上悩んだ末の告白だったけれど、断られるのは明白だった。だからこそのアポなし唐突の飲み会での告白だ。

 俺は全く彼女の事を考えていない。正直、数秒で散る覚悟の告白だった。

「付き合って下さい」
「ごめん、他を当たって。あなただって私をちゃんと知らないでしょう?」

 俺の決死の告白は、予想通りに一掃された。終わった、と思った。けれど相原はきちんとした言葉で返してくれた。それだけで充分嬉しかった。

 彼女は大学のコンパで何度か顔を合わせた事がある程度の女子だった。俺と話した事は一度か二度程度だろう。俺は良く覚えているけれど、彼女はほとんど覚えていないはずだ。

 彼女は人気者だが、俺の方は影が薄い。

 彼女は話の中心に居て、いろんな事を楽しんでいる人だ。俺とは全然釣り合わないと、散々に悩んで、何度も諦めようと思った。けれど悩んで考え抜いた末に出た答えはシンプルだった。
 告白しなきゃ、始まらないと。終わる事さえできないと。

「一ヶ月、いや二ヶ月くれないかな」
「付き合う前提で友達から付き合おうとか? 嫌よ」

 相原の表情には笑みが浮いていた。冗談と取られたか、彼女は失笑気味に肩を竦めている。俺は首を振った。友達で始めれば友達で終わる自信が俺にはある。俺はしょせん、そんな男なのだ。話を聞いて貰えないなら言うつもりはなかった。

「もう終わり? まだあるなら聞くけど?」
「……ある」

 相原は、いい人だった。俺の馬鹿みたいな告白を、最後まで聞こうとしてくれた。
 だからだろうか。頭を下げて背を向ける前に、ちゃんと言おうと思った。どうせ後は何も考えていなかった。だったら、どうせフラれるなら徹底的に言いたいことを言ってしまおうと、俺は腹を括って顔を上げた。

「相原がいろんなことしているのは知っている。この前も京都とか、一人で行ったとか?」
「まーね」
「よくそんな事できるなって思う。でもそれ、本当に一人で行きたかったのか?」
「……うん?」

 煙草を灰皿でもみ消した相原が、俺を横目見から、正面へと向きを変える。俺は、出来る限りの言葉を尽くす、覚悟をする。

「俺もそれに、一緒に行きたい」
「……一緒に?」

 付き合いたい。俺はそう言った。
 けれどそれは目的なのか。
 どうせフラれた。どうせここで終わりなら、偽らざる気持ちを、彼女に告げる。

「相原の見たものは、一緒に居ないと見れないだろう?」
「何を言っているの?」

 彼女の瞳がまっすぐに俺を見つめている。あーあ。怒らせた。
 俺の中で何かの沸点が超えた気がした。震えがぴたと止まった。唇の端が持ち上がる。

「飲み会でいろいろ聞いて、楽しそうに話しているのを横から見ていた。そういうのが凄く楽しそうだから、俺も一緒にしてみたいって思ったんだ。付き合ったら、相原と同じ場所で、同じものを見られるのかなって思う」

 俺はつい、相原と呼び捨てている自分に気付いた。気持ちが入ってしまい、つい言葉が先に出てしまった。しかしもう遅い。

 相原は俺の呼び捨てを気にした様子はなかった。
 瞼を閉じて少し黙った彼女は、首を傾げて静かに呟いた。

「同じものを見ても、同じ気持ちになるとは思わないけど?」

 俺の馬鹿みたいな言葉を、相原はきちんと聞き入れてくれた。

《続く》
 
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