シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・11

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「町が一望できるね」
「凄いな。でも案外、狭い」

 相原の隣に並び、俺は自分の古巣を一望する。呼吸はまだ乱れている。気持ちも全然纏まらない。そして見える景色は、想像していたよりも感動がなく、そんなもんかと思えるようなちっぽけな景色だった。

 自分が住んでいた町は、幼少の頃に見た光景よりも遥かに小さく、自分の世界の狭さを感じさせた。世界を見れば自分のちっぽけさが見えるとか言うけれど、地元の風景で知れる俺の小ささが凄すぎる。

 体力もなく、気持ちの整理もできない男。それが俺かと、改めて自分を思い知った。

「情けないな。小さいよ、俺は」

 静かな山の中に声が漏れた。とん、と相原の肩が揺れて、「そう?」と静かな吐息が漏れる。頭を下げる。彼女は俺に凭れている。

 実家を出た癖に、古巣から出られない自分の不甲斐なさ。大学の近くに住めばいいのに、わざわざ遠くに住んでいる自分を、相原はどう思っているだろうか。親もどう受け止めてくれているのだろうか。
 そんな事を考えながら、相原が俺に甘えている事に気付いて、思考が止まる。汗臭いから離れてくれないかな。そう思いながら、しかしそれは相原も同じだろう。でも。

「小さくないよ、君は」

 相原の吐息のような声に心が麻痺した。傍に居たいと思った。素直に受け止められない自分が悔しい。それこそが俺の心の狭さだ。

「狭いよ、俺は。相原を抱くには貧相過ぎる」
「……それは、つまり別れようって事?」

 俺の呟きに、相原の低い、途方もなく低い声がした。俺は少し驚いて、怒った顔をして俺を見ている彼女に驚いた。

「別れるとか言い出す気?」

 静かに地底から沸き起こるマグマのような声がした。彼女は本気で怒っていた。

「嫌よ」
「言いません」

 彼女の言葉に、俺はゆっくりと、しっかりと首を振った。

「別れない。だからもっと、大きく広くしたいんだ。もっと経験して、強くなるよ。だからさ」

 山の頂上で、男が独りで何かを言っている。全く、何を言っているのか。しかして相原の手が俺の手を握ってきて、見返すと彼女は笑っていなかった。横目に見える表情は、真顔だった。少しも笑っていない。

「だから、見ていて欲しい。俺、頑張るから。一緒に同じ景色が見たいから。別の感想を持って、話し合って共有しよう」
「……っ」

 俺の言葉に相原が俯いた。それは怒っているのとは違う、不思議な態度で、と相原の指がすうと、俺の手の甲を撫でてきた。

 それは静かな、手触りだった。すり、すり。

 いきなりの展開だった。相原の顔が持ち上がり、瞳が俺の視線と重なった。相原の瞳が揺れている。相原の指が、衣服の前ボタンを一つ、弾いて肌蹴させた。

 それが何を意味するのか。相原と共に居る俺だからこそ分かる。挑発だ。

「相原?」
「どうかした?」

 相原の声は震えていた。第一に続き、第二のボタンも外れた。唐突に沸いた、相原の色香に心が震えた。そういえば相原の唇が煙草を吸わない。頂上に到達したら、空気が美味しいと言って吸うと思っていたのに。それどころではない?

 甘い想像。相原の心の声がした気がした。

「二人きりだね……しようか?」
「うん?」

 最初は相原の問いで、次は俺の問いだ。衣服を肌蹴させた相原の身体が俺に寄り添ってくる唐突事件。俺は自然な流れで彼女の身を抱きしめる。触れた瞬間に感じたのは冷たさだった。そこで、俺は気付く。見れば相原の格好は薄着で、しまったと後悔した。夏とはいえ、車の風通しが良いからと俺の方はまだ厚着をしていたのだけれど、彼女は薄着だったのだ。

 山頂は思いの他寒い。慌てて俺は上着を脱いで相原の肩に掛けた。
 しかし一度冷えた身体は温まらない。

 何が守るだ、逆じゃないか。

 相原が前ボタンを外しているのに上着を掛けるのは変だと言うだろうか。しかし今は、それが最善の行動だと思ったのだ。
 相原は俺の行動を見守り、服を掛けられてくれた。そして柔らかい胸をぎゅうと、俺の胸に当てた。とくん。どちらかの胸が鳴った。

「寒い? 降りる?」
「温めて。もっと」

 相原に所望され、俺は当然と彼女の体躯を抱きしめる。決して強くなく、けれど冷えた肌に歯ぎしりをして、彼女を温めるようにぎゅうと、全身で包み込むようにして抱きしめる。

「しようって、エッチ?」
「うん。実はさっきからうずうずしてる。君が逞しく見えてしょうがない。ううん、君は本当に頼もしいんだけど、それは知っていたんだけど、今日はその奥が見えたような感じがした。最初に、好きになった時の事を思い出したよ」

 好きと。相原の唇から言葉が漏れた。胸が痛い程に嬉しい言葉。

「俺も相原の弱々しい一面が見えて、実は結構、一緒になりたかったりする」
「奇遇ね。私も君の逞しい一面を見て、抱いて欲しいよ」

 本音を言えば、さっさと部屋に戻って相原を温めてやりたい。しょせん夏である。下りればすぐに汗を掻くだろう。けれどそれには山を下りる必要がある。それでは間に合わない。思い立ったが吉日。まずは今、彼女を温める。それは身体より、心をだ。

「静かに出来る? むしろクマ避けで喘ぎ叫ぶ?」
「さすがに外は恥ずかしいな。でも、する。ベンチに座ってしよ。葛城の声をクマ避けにするから、大声で喘ぐように」
「俺が喘ぐんですか」

 相原の無茶に肩を竦めながら、無防備な彼女の身体を後ろから抱きしめる。包み込むように抱きしめて、相原の腹に指を当てると、腕の中の彼女が身じろいだ。

「んっ」

 押さえるわけではなく添える力加減は、愛おしさを込める。相原の首筋を舌でなぞり、耳たぶにキスをする。相原から息が漏れる。相原の身が震えて、俺の首元に腕が回される。甘い声がした。絡み合うような抱擁が気持ちを高ぶらせる。相原の細い顎を引き寄せて、唇を這わす。軽めのキスから、僅かに隙間を開けて、二人だけが聞こえる囁き声で、言う。

「キスして、俺を喘がせて」
「あ、うん」

 俺の要求に相原の声が掠れている。そっと唇を開けて、舌を出してくる彼女に、俺は、己の唇を寄せて、舌を覆った。「んぁっ、ん」甘い声。唇で、彼女の舌を、俺の口内を愛撫しようとしていた相原を逆に奪う。そっと口づけを俺から、して強く、甘く吸い付いた。相原の舌が口内に入り、それを絡めて俺の舌で覆う。

 相原のキスか、俺からのキスか。抱擁と共に愛を注ぐ。

「んっむ、んっ」

 ただむしゃぶりつくような、激しい気持ちを込めたキス。唾液が混じる音がする。無理に後ろへ顔を向けさせる強引なキスに、相原の背が高くなる。爪先立ちになり瞼を閉じ掛け、薄目の彼女の表情は蕩けていた。身が震えていた。相当寒いのか。それとも。

「っ……あ、あ」

 相原の吐息が一際大きくなり、一瞬その身が凍りつく。俺は咄嗟に彼女を抱き留めて、崩れ落ちそうな相原を抱きかかえる。震える彼女が、下唇を噛み締めていた。

「どうしたの?」
「っ、あ、いや、ううん。えと、何でもない、です」

 問う俺に相原は静かに首を振った。声が小さい。その身は未だに震えている。俺の身体を強く抱きしめる彼女が、小さく唇を開けて狼狽していた。何だ?

「外でするとか、危険じゃない?」
「服は着たままだし平気」
「でもゴムは?」
「あるわけない」

 俺の問いに自然と返された相原の言葉に、しまったなと後悔する。俺も持ってきてはいない。さすがにナシでするわけにもいかず、今回は諦めようかと告げるべく、相原を見る。しかしその乙女の瞳に宿る熱は、少しも衰えを見せていなかった。

 曰く、したい?

「やめとく?」

 俺が聞こうとした台詞がそのまま、相原の唇から零れた。イエスと、言うべきだ。普通の大人なら、言うべきだ。

「俺に聞く? そこ、やめようって言わない?」
「言わない」

 俺の苦笑いに、帰ってきた相原の面持ちは真剣だった。少しも不真面目さのない端正な面持ちで、彼女は短く言い切った。

「生ででも、今、ここで君としたいの。だから君に、聞く」
「っ、ぇえぇ?」

 彼女の語った強烈な一言は、俺の腹にKOレベルのボディーブローとなり、直撃した。

<続く>
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