1 / 30
シンゴニウム・1
しおりを挟む「ん、くっ……動く、なって」
「動くと、どうなるの?」
俺のか細い呻きと懇願に、彼女は幼女のように首を傾げ、濡れた唇の上を滑り落ちる。
艶めいた柔腰が緩慢に落と込まれ、彼女の濡れた内側が俺の猛りを撫で降りる。ぞぐりと脈打つ体内の感触。吐息。
「まだイかない、よね?」
耳元で甘い声が施される。背筋に汗が浮く。流れる汗を感じながら、俺は下唇を噛みしめて、必死に果てを遅らせる。熱い吐息を嚙み殺す乙女の手が、俺の胸板の上に添えられ、形良い桃尻がゆるりと持ち上がる。つぅと愛液が内腿に垂れる。持ち上がり、着地、密着、触れ合い、接合。互いの距離が零になり、彼女の身が小刻みに震える。
「んぅ、んんっ」
俺の胸板に爪を突き立て、閉じられ掛けた瞼を乙女の意思で抉じ開ける彼女が、無理矢理に主導権を握ろうとする。
濡れた甘い声と漏れる喘ぎ音と共に、互いの肉が当たり、濡れた音を鳴らす。俺の下半身の上で、血液を内包し勃起した一物を膣内に宿して、彼女は幾度も上下する。
内腿から溢れる熱が垂れ落ちて、俺の下半身までを濡らしていく。
明るい部屋に逢瀬の時間が過ぎていく。食い込む爪が痛い。だが動きは止められない。俺とて腰は止めたくない。突き上げ、落ち込み擦れ合う。眼前の彼女の唇が薄っすらと開き、息荒く呼吸を繰り返す。
そんな彼女を下から、動きに合わせて必死に、丁寧に突き上げる。それでも彼女の方が、腰を落として俺を喘がせる。
「くぅ、うあ」
「んぁっ、ぁぁあっっ」
日に焼けた肌には汗の玉が浮いている。俺の腿が彼女の尻肉をぱんぱんと打つが、それ以上に彼女の尻が男の狂気へと落ちてきて、こちらの動きが止められる。俺の猛るものを受け入れる彼女が、爽やかに喘ぎ、こちらの動きを無理やりに抑え込む。浮いて、沈む。
彼女の顎が上に持ち上がり、ぐいと俺の方へと落ち込む。俺の唇に、彼女の唇が寄り沿い舌を奪う。唾液が混ざりあり、離れた先に透明な糸が伝う。
びくん。彼女の身が弓なりに仰け反り、指が離れたところで、手を伸ばし指を絡めて支え込む。体温の交換。彼女の腕の自由を、俺が奪う。
「うあぁ、く」
「ぐっ、く」
震えて喘ぐ喉と共に、彼女の腰が上下から前後に変わる。彼女は意地でも主導権を握る気である。色香の満ちた吐息を漏らして、彼女が俺の手を左右に押し開く。近づいてきた彼女の歯が、俺の肩口を浅く噛む。っつ。
「今、俺が動く番、だろうが」
「私を下から、突いてる、でいいじゃない?」
彼女とベッドで一つになり、背面騎乗位から前面騎乗に変更、正常位にもっていきたいところで動けない、そんな逢瀬継続中が現状だ。彼女が上で俺が下。お互いの立場も、この形と同じである。
今日は俺が主導権を握るはずなのに、明らかに彼女にされていた。
「だったら、動くなっ、ってのっ、っぁ」
「っ、動いてない、よっ、たぶんっ」
会話と共に言葉を交わし、気持ちを交わして笑んで、彼女は優しく甘え喘ぐ。互いの心を通わせて、互いに気持ちを這わせ合う。互いに笑顔、互いにお互いを感じている。
濡れた音に熱い息遣いが止まらない。何度目かの繋がりと共に、俺らの甘く淫らな時間はなおも続いて止まらない。
○○○
「シンゴ……が枯れそう」
「俺が枯れそうってなに?」
初夏の日の出来事である。
ふいに吐かれた言葉は不躾で、軽く聞き流すには深刻な一言だった。
昨夜から降り出した雨は朝方には上がり、過ごし易い気温にはなってきた。けれど雨上がりからくる湿度の上昇は、肌に纏わりついて気持ちが悪い。実に不快だ。
俺、葛城慎吾(かつらぎしんご)みたいだな。そんな気がする程の不愉快さだ。
部屋に据え置かれた冷房は効きもせず、電気だけが消費されていく。たかが1K程度の狭い部屋を冷やせない時点で冷房の意味はない。もっとも大人二人が居座っている為、許容量オーバーかもしれないが。逢瀬で汗を掻いたのもあるし、致し方ないかと諦める。
じわり。頬に伝う汗が首筋に落ちてむず痒い。屋外では蝉が煩く鳴き喚き、静寂とは程遠い。暑苦しい気候だ、本当に。
「可哀そうに」
「だから何で俺を見ながら言うかな」
彼女は酷く寂し気に、部屋の隅に置かれた植物、シンゴニウムの葉を撫でつつ、俺を見ながら呟いた。
はたして彼女は、誰が枯れると言っているのだろうか。
「もしもーし、相原さーん?」
「ふふんっ、んんっ」
俺の問いに返事はなかった。部屋には軽い鼻唄が漂っている。ととん、とん。指が音を奏でている。明らかに無視されていた。
一定の音と、壁からはみ出た足が見えた。青のマニュキュアを彩る素足がフローリングを踏みしめていて、古臭い床がみしと軋む。足首に見惚れて、吐息が漏れる俺は変態か。
窓際に吊るした風鈴が凛と風を撫でている。俺は寝転んだ姿勢を更に悪くして、彼女が見える位置まで、背中で床を這い移動した。
蝉の鳴き声の中、彼女の鼻歌が聞こえる。
心地よい日常音だ。
幸せだなと心で今を噛み締めながら、鏡に映る俺の口元が助平男のように卑しく歪んで見えた。でもしょうがない。俺は助平だ。昨日行った散髪のおかげで爽やか助平男程度だが、それまでは根暗助平男だった。
どのみち助平か。
俺は軽く咳払いをしたが無反応、今度は床を二度ノックした。彼女が鼻歌を止めて、俺の方を見てくれた。視線が合い、彼女の「何?」の問いが来た。俺が何、だ。
「俺はまだ枯れてないけど?」
「ん? ああ、葛城慎吾(かつらぎしんご)クンじゃなくて、このシンゴニウムが枯れそうって言ったのよ」
フライパンに油を引いていた相原加恵(あいはらかえ)が、紫煙を燻ぶらせながらに鉢を指さして言った。口元に一本の煙草。エプロンくらいは付けて欲しい程の絹肌だが、この前、裸エプロンで行為を要望したせいで、現在は洗濯中である。
今度、替えのエプロンを買おうと思っている。俺はそんな感じの助平男だ。
とん、とんとん。
調理音が部屋に響いている。蝉の音を打ち消す程の幸せ音が心地良い。寝そべったままで『このシンゴニウム』の姿は見えず、会話が続かない。俺も立ち上がろうとして、上半身を持ち上げる。それから体勢を持ち上げようとして、しかし足腰に力が入らずよろめいた。がたと、手に掛けた棚が悲鳴を上げた。
「大丈夫?」
「はて何の話だろう?」
心配には笑顔で応対。頑張れ男の子。歯ぎしり一つ、一度は断念して、瞼を閉じて記憶を反芻する。頬に汗が伝う。く、筋肉が悲鳴を上げている。
愛の行為というよりも乱闘に近い逢瀬を終えて、まだ三十分と経っていない。体力を使い果たし、身体が思うように動かないのだ。この軟弱男め。セックスし過ぎて動けなくなるとか、駄目男の極みだ。
そんな俺とは対照的に、既に回復したらしい彼女は、今は簡素なキャミソールに下着姿という姿で素晴らしく艶っぽい。とても先ほどまで男と『あれ』していたとは思えない自然さで台所の前に立っている。肌に浮く玉汗もまた、アウトドア系女子たらん彼女の魅力を惹き立てていて、目のやり場に困る。
もっとも困るのは男の諸事情によるところなので問題はない。
一応、俺、あの人と恋人だし。
そんな俺の彼女様、相原はスポーツ好きのアウトドアー女子だ。スキーにスノボー、空に海のダイビング、バスケやフットサルにテニスと、彼女の遊びに対する興味は多岐に渡る。興味があれば挑戦して、満足が行くまで堪能する。そんな活発な大学生が相原だ。
数メートル離れた位置から、磨かれた宝石のような彼女の横顔を眺めながら、俺はベッドの縁に背中を預けて姿勢を整える。気合を入れて四肢に鞭打つ。ええい。一歩、二歩と進むが、真っ直ぐ歩けない。酔っ払いか俺は。
「がんばれ、男の子」
「だから何のことだって」
彼女が横目にこちらを見て、失笑してくる。俺も苦笑いでやせ我慢。かくして男は、やや離れた位置で立ち止まり、腕を組んで恰好を付けてみた。
どうせ無駄だが。
しかして男は見栄を張る生き物だ。壁に寄り掛かり、さも気障っぽく立ちながら、俺は彼女が見つめる小さな鉢植えと、彼女自身をそれぞれに見た。
「葉っぱがどうした?」
「シンゴニウムゴールドに水を上げないの? って聞いたの。頭が垂れてる。ほら、こっち来て」
歩行に苦戦する俺に、彼女様の要求が来た。軽く自身に問う。動けるか? 皆まで言うなと自問自答。言われるままに、俺は疲労の浅い上腕二頭筋、要するに腕の力で強引に壁から離れて歩き出す。太ももが震えるのを必死に堪えて、関節を鳴らしながらも何とか近づいてみれば、確かに葉が項垂れていた。む。
そういえば最近、水を与えていない。
私生活の忙しさにかまけて花木を枯らすなど何様だと言われかねないが、しかして俺、葛城慎吾は今、草木への水やり時間を削ってでもしなければならない事があるのだ。
花に水を忘れる程に、しなければならない事。
そう、彼女の傍に居続ける事。
高嶺の花を相手にした、全力投球の恋愛だ。
《続く》
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました
utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。
がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる