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私の退屈で幸せな日

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 今日は朝から、雪が降りそうなくらいに寒かったので大変でした。
 道端の水溜りは真っ白に凍り付いていて、友達のさと子は学校に来る時に、盛大に転んでしまったそうです。
 それはもうスカートも捲れてしまうくらいの豪快さだったそうで、ブルマを履いていなければパンツが全開になってしまったに違いない、と嘆いていました。
 その場に居合わせなかった事が悔やまれます。惜しい事をしました。ですが後悔しても仕方がありません。
 とはいえせっかくなので、私は学級日誌の天気欄に『さと子のスカートが全開になるほどの寒さ』と書いておきました。

「起立、礼」
 ええと。
 五時間目になり、現国の授業を終えました。今日の授業が終わったのです。
 先生が挨拶をして、教室の中がざわつき始めます。ストーブの上に置かれたやかんのお湯が、しゅんしゅんと湯気を出していました。
「っくしゅっ」
 昨日までは我慢できるくらいの寒さだったのですが、今日になっていきなり冷え込んでしまいました。さすが冬です。冬さんこんにちわです。
 冬は大好きですが、マフラーもなく、朝持っていたカイロも熱を失ってしまっています。これでは風邪を引いてしまいます。手袋だけが私を守ってくれますが、少し心元ないです。
 そういえば生徒の数がいつもより減っていますが、先生の見立てでは風邪ではなくズル休みだそうなので安心です。
 ズル休みは、ズルいと思いますが、病気よりは百倍マシでしょう。
 でももう一月の真冬ですから、この次は春が来ます。そう考えると、少しでもこの冬を感じておくべきではないのでしょうか。
 そんな事を思いました。
 私はこの寒い中でもズル休みされない先生に、少しだけ丁寧にお辞儀しておきました。

 大半の生徒は、ここで帰宅されていきます。
 でも私はというと、授業が終わるとすぐに部室へ向かいます。
 もちろん、部活があるからです。
 教室よりも部室はストーブがないのでもっと寒いのですが、先輩たちと話をしていると心がほかほかするので大丈夫なのです。それから帰ると、寒いのもきっとへっちゃらです。
 ひゅうう。
 でも外はやっぱり寒いので、へっちゃらなのは少し嘘です。
 私は駆け足で、校舎から離れた場所にある部室に向かって行きます。渡り廊下は駆け足どんです。そうして私は、部室の前に付きました。
「あれ?」
 二分ほどで到着しましたが、部室は鍵がかかっていて開きません。おかしいです。いつもなら部室に居るはずの先輩たちが、私より後に来るなんて驚きです。
 どうしてだろうと考えながら、私は部室の鍵を持っていないので、扉の前で待っていました。待っていました。待っています。
 待ち飽きました。
 十分ほど待っても、誰も来ません。お姉ちゃんに相談しようにも、今頃は仕事の真っ最中なのできっと返事は貰えません。

 困りました。

 少し考えてから、先輩たちの教室へ行こうと考えました。ですが、上級生の教室へ出向くのはちょっと抵抗がありました。
 なので、職員室に行く事にしました。
 今度も早足で走っていると、中庭の通路の端に、水溜りの氷を見つけました。いつもならちゃんと踏み割っておく私も、今日ばかりは、さと子の事件の事が頭にあったので止めました。

 〇〇〇

 職員室へ入ると、ちょうど顧問のたちばな先生がいらっしゃいました。
「先生、先輩たちが神隠しです」
「あ? ああ、居ないって事か」
 私は先生に、先輩たちが来ない事を告げてから、鍵を貰おうとしました。ですが先生は私に鍵をくれませんでした。
 変わりに先輩が居ない理由をくれました。
「あいつら、今日から修学旅行だって言ってなかったか?」
 先生に言われて、私は思い出しました。
 そういえば昨日の放課後、先輩たちに「お土産は何がいい?」と言われていた覚えがあります。私も「じゃあ雪だるまとこぎつね人形をお願いします」などと、そんな会話をした覚えがありました。
 それを告げると、先生は笑いながら、
「それじゃ今日と明日は、部活は休みにしよう。たまには早く帰れ」
 と言われました。
 三年生はすでに引退されていましたし、二年生は先生の言われる通り、修学旅行の真っ最中です。残った一年生は私一人なので、この事を誰かに連絡する必要もありませんでした。
 私は頭を下げました。
 鍵を貰おうとした手はもちろん、引っ込めました。
「先生、さようなら」
「気をつけて帰れよ」
 私は頭を下げて、たちばな先生に背中を向けます。
 久々に、早く帰れるのが嬉しいな、と心で言ってみましたが、嘘なので少しも楽しくありませんでした。

 〇〇〇

「ただいまー」
 私は家に着くなりリビングのヒータをオンにして、体育座りで手を伸ばして、しばらく暖を取りました。手を温めて少しかゆくなってから、私はすぐに自分の部屋に行きました。もちろん制服を脱ぐためです。皺が付いてはいけませんから、ハンガーに掛けなくてはいけません。
 当たり前ですが、前にそれをしなかったためにシワシワになってしまった経験を、私は持っているのです。
 反省したのです。
 そんな事を思いながら、上着とスカートを脱いだあたりで部屋のヒーターが動き出して、私はもこもこのセーターに着替えます。
 このもこもこは、去年の末に自分で編んだセーターです。なかなかの着心地ですが、少し毛糸が解れているのはご愛嬌です。
 ベッドの上に腰を下ろして、私はさて、と考えます。
 暇でした。
 いつもなら今は部活の時間なので、部屋に居てもする事がないのです。さと子に連絡をしてみようかと思いつつ、今日はバイトのはずなので諦めます。

 私はとっても暇でした。
 せっかくなので部屋でごろごろしてみます。
 ごろごろごろ。
 やはり暇は解消されません。
 する事が本当にないので、ベッドの掛け布団に丸まってみます。暖かいです。
 もっと丸まってみます。顔をその中に埋めると、髪の毛が引っかかって痛いです。仕方がないので、括っていた髪の毛を解きました。
 変な跡が付いているので、鏡に映った自分の頭は面白かったです。でも、爆発していて変でした。
 やっぱりゴムを付け直しました。
 せっかくなので、いつもの黒ではない、白色のゴムにしてみました。
 ですが後ろなので、私には見えませんでした。机の上にあるデジタルカメラで画像を撮ってみて、ついでに部屋の中に転がっていたクッションも撮ってみました。
 でも、メモリーカードが保存を受け付けてくれません。
 仕方がないので別の画像を消そうとしましたが、どれも消したくなかったので、後頭部を映した画像だけ消しました。代わりに携帯を取り写真を撮ります。すると携帯の電池も少なくなっていたようで、メッセージが出てきたので、充電器に繋ぎました。

 そして、やっぱり私は暇になりました。

「何やってるの?」
 しばらくして、私の部屋にお姉ちゃんがやってきて言いました。どうやら私は眠ってしまっていたようでした。
「お帰り、お姉ちゃん」
「うん、ただいま。起こした?」
 私は顔を布団から出して、首を振る返事をしました。
 見たところ、仕事から帰ってきたばかりの様子でした。お姉ちゃんは私を見下ろしていて、とても不思議そうな顔をしていました。
「みのむしごっこしてたの」
「暇そうね」
 お姉ちゃんが言う通り、私は大変暇でした。あまりに暇すぎて、小学生の頃に私の中で流行っていた遊びをやってしまったくらいに暇でした。
 ちょっと恥ずかしかったのは内緒です。
「だったらさ、お使いでもしてきてよ。お菓子くらいなら買ってもいいからさ?」
 とお姉ちゃんに言われて、私は救われた気持ちになりました。

 暇なのは、する事がないので困るのです。

 〇〇〇

 私はお姉ちゃんのお使いで、近所のスーパーへ自転車を走らせました。私の自転車ではなくお姉ちゃんの自転車なので、少し背が高いです。
 すごく乗りにくいですが、歩いて行くにしてはちょっと遠いので仕方がありません。
 何度か漕いでいると、ちょっと、疲れました。
 とは言え外は寒いので、汗はそんなに掻いてはいません。
 私はそれでも流れるわずかな汗を手袋で拭いながら、自転車を止めました。
 空を飛行機が飛んでいて、鳥もぴーちくと鳴いていました。
「はあ」
 私の息は、寒さで白いです。当たり前です、冬ですから。
「そうだ」
 空を飛ぶ飛行機と私の息を閉じ込めたくなって、私は手元を探ります。もちろんそこには何もありません。セーターにはポケットがなくて、デジタルカメラがありませんでした。仕方なく携帯を探しますが、ありません。
 そうでした。携帯も充電器です。私、一生の不覚です。
 失敗しました。
 私は預かった財布の中身を確認します。そういえばお駄賃のお菓子も買っていません。だったら、あれを買おうかなと思いました。
 私は自転車を前後逆にして、元来た道へと戻っていきます。たぶんお姉ちゃんには怒られるでしょう。でもそれは、お姉ちゃんが私にお使いを頼んだのが悪いのです。

 私はなんでも売っている雑貨屋で、少し無駄遣いをしました。
 店を出てから、私は息をもう一度吐いてみました。でも空に飛行機はなくて、少しつまらないので残念です。
 これでは買い損です。使ったのは千円程度でしたが、帰ったらきっとお姉ちゃんから請求書が届くのでしょう。
 そう考えると、今月のお小遣がぴんちです。そのお小遣いも、お姉ちゃんから貰っているのですが、それは申し訳ないのですが、とにかくぴんちです。
 でも、仕方がないんです。
 私、暇ですから。
 空気が澄んでいるせいか、いつもの景色が綺麗に見えていましたから。

「おー」
 帰宅途中の自転車の上で、私は何気ない光景に目を奪われました。
 また、自転車を止めました。
 何もない原っぱで、駆け回る子供たちが見えました。
 おにごっこでもしているのでしょうか。すごく楽しそうでした。道端に青や茶色のランドセルが並んでいました。
 逆光が子供ひとりひとりの顔や性別までも黒く染めていて、私はたまらず、購入したての使い捨てカメラのシャッターを押しました。
 かしゃ、と乾いた音が鳴って、今度はその音が撮りたくなってしまいました。
 でもそれは無理なので、自転車のミラーに写るカメラと、ついでに私も撮ってみました。
「にゃー」
 寒そうにした二匹の猫が、鳴いていました。ちなみにさっき鳴いたのは私です。
 本当に寒そうに、お互いが身を擦り寄せていたので、とても可愛くて、撮りました。
 散歩していた小さな女の子を撮りました。
 おにごっこでこけて、泣いていた子を起こしてあげました。
 嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれたので、私はその笑顔にシャッターを押して、「ありがとう」と言い返しました。
 その子は不思議そうな顔をして、少し照れながら、私に手を振ってくれました。
 もう一枚、友達の中に戻っていくその子の後ろ姿を撮ったのは内緒です。


「どこ行ってたのよ」
「……あ」
 結局、家に帰ったのはかなり遅い時間になっていました。
 お姉ちゃんは怒っていて、そういえばお使いの途中だった事を思い出しました。
「ごめんなさい」
 私は謝って、買い物袋を差し出しました。
 何してたの? と問われて、私は帰ってくるのが遅れた言い訳を話します。
 お姉ちゃんは呆れながら、
「せっかく部活が休みになったのに、写真撮ってたの?」
 と言いました。
 私は頷きました。
「せっかくの休みなのに、撮ってたのね」
 そうなのです。私は、写真部なのです。
 今日は久々の休みなのに、結局は写真を撮って、部活をしていた事になります。
 しかもカメラ代は自分持ちなので、失敗です。
 でも、たくさん冬が撮れました。だから、よしとしましょう。
「あんたも好きねぇ。それ、貸しなさい」
 お姉ちゃんは笑いながら、私の使い捨てカメラを奪っていきます。向かう先は、たぶん暗室だと思います。
 そうなのです。お姉ちゃんはカメラマンなのです。
 写真を撮って、現像するのがお仕事です。それで自分と、私のご飯代を稼いでくれていますから。とすると、今からお姉ちゃんは私のせいで仕事をすることになるのです。とっても、申し訳なく思いました。
 それからしばらくして、お姉ちゃんは暗室から出てきました。
 なぜかお姉ちゃんは笑っていて、明日の仕事について話し出しました。
 それは提案でした。暇でしょうがない私に、明日の仕事を手伝って欲しいとの事でした。私は考えました。
 明日は、部活がないので暇です。
 暇なので、退屈です。
「どうせ暇でしょ? 手伝ってよ」
 私は二つ返事で頷きました。

〇〇〇

 かしゃ。
 かしゃ。

 お姉ちゃんがシャッターを切っています。
 私はそれを見ながら、邪魔をしないように座っていました。
「あれ、あの子って」
「うん、アタシの妹よ。昨日の夜に電話で言ったでしょ? 連れて来るって」
 お姉ちゃんが見ず知らずの男のヒトと話をしています。いつものお姉ちゃんらしくない、でも格好いいお姉ちゃんを見るのは好きです。
「それは聞いてましたけど……見学とかですか?」
「ううん、バイト」
 カメラの機材を持ってくるヒトが、私を不思議そうに見てきます。私はお辞儀をしながら、お姉ちゃんから借りたカメラのシャッターを押します。
「へぇ。って、あの子、バイトなんですか?」
「そうよ?」
 床にたくさんの機材が置かれていました。何が何だか解りませんが、きっと写真を撮るのに必要なものなのでしょう。
 その近くに落ちていたダンボールの箱を撮りました。ちょうどお姉ちゃんの背中が見えたので、シャッターを押します。
 楽しいです。
「でも、あの子さっきから何にもしてないですよ?」
「そう?」
 お姉ちゃんたちが私を見ています。私は小さく手を振って、その隣の男のヒトにカメラを向けました。男のヒトが眉を捻っていたので、シャッターを押そうと思ったのですが、何か面白くなかったので止めました。
 男のヒトがお姉ちゃんを見て、複雑そうな顔をしたので、撮りました。
 まだちょっと不満足です。
「撮ってるじゃない?」
「いや、遊んでますけど、いいんですか?」
 あ、そうだと思って、私は落ちていたビニールをレンズに被せて、もう一度ファインダー越しに男のヒトを見てみます。
 さっきより男前に見えます。ぱしゃ。
「はい、これ」
「……」
 お姉ちゃんが、男のヒトに何かを見せています。私は少し曇ったレンズで、自分の足元にある螺子を撮ってみました。
 今度は少し寂しい写真が撮れた気がします。
「これって、あの子が?」
「荷物もちさせるより、カメラ渡したほうがいいと思わない?」

 かしゃ。

 ぱしゃ。
「血は争えないって事ですか」
「素質はあるわね。血は繋がってないけど」
「……え?」

 写真を撮るのは好きです。
 しかもお姉ちゃんからお小遣いを貰えるので、なおさら素敵です。明後日になれば、先輩たちとも写真が撮れますし、さと子とも話ができるので素敵なのです。

 私は幸せです。
 そう思いながら、私は鏡に映っていた、カメラを構えた幸せそうな女の子に、レンズを向けました。

 ぱしゃ。


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