上 下
40 / 51

第40話 オーバーキル

しおりを挟む
 キルゾーンまで誘導が完了すると、ライゼルは潜んでいたフレイとオーフェンの軍に向け、合図を出した。

 追撃していたバラギット軍の左右から現れた軍が強襲を始めると、ライゼルの軍もまた、反転攻勢に入る。

 左右と前、合わせて三方からの挟撃だ。

 圧倒的に優位な状況から包囲されると思っていなかったのか、あちこちで混乱や敗走が目立ち始める。

 その好機をオーフェンやフレイが見逃すはずもなく、左右の軍が縦横無尽に暴れまわる。

 ……勝てる。このまま包囲殲滅を続ければ、バラギットのところまで届く。

 自分の策が成った確信を胸に、ライゼルが号令を出す。

「敵は浮足立っている! ……いまこそ、反徒バラギットを討ち果たすぞ!」

「「「うおおおおお!!!!」」」

 ライゼルの号令と共に、勢いを増したライゼル軍がバラギット軍を食い破っていくのだった。





 戦いで最も被害が出るのは敵に追撃されている時で、今まさに敗走するバラギット軍では壊滅に近い被害を被っていた。

 終わりだ、と思った。

 この戦いは、バラギットの敗北で幕を下ろすのだ。

 勝てるはずの戦いだったのに、いったいどうしてこんなことになってしまったのだ。

 いったい、どこで間違えたというのか……

 茫然と佇むバラギットにローガインが歩み寄る。

「閣下、顔を上げて下され」

「ローガイン……」

「幸いというべきか、こちらの隊列は長く伸び切っており、奇襲を受けたのは前方の軍だけになります。後方の軍と合流できれば、まだやり直せるかと……」

 ここで「勝機がある」と言わないあたり、ローガインもまた、この戦いに敗北したと思っているのだろう。

 それでも、やり直せるだけ上等だ。

 残った兵をかき集めれば、肉壁くらいにはできるだろう。

「ラシド、ザイール各隊に命じろ。……総員、死ぬまで持ち場を離れるな、とな」

「はっ!」

「かしこまりました」

 ラシドとザイールを見送り、ローガインに向き直る。

「我らは逃げるぞ、ローガイン。……とにかく遠くへ!」

「仰せのままに」

 火急の事態ということもあり、簡素な礼でローガインが頭を下げる。

 周囲に控えていた側近たちと共に、バラギットが馬を駆る。

 こちらの軍の規模からして、後方の軍は浅くなった大河を渡河している頃か。

 それならば、今からで十分間に合うだろう。

(生きて帰るぞ……絶対に……!)

 そう心に誓いながら、バラギットは馬を駆るのだった。





 ライゼルたちが乾坤一擲の大勝負に臨んでいる中、シェフィは大河の水かさを下げるべく、堰の工事、及び維持管理にあたっていた。

 配下の役人に逐一状況を確認させてはいるものの、それでもやはり不安なものは不安だ。

「ライさん……大丈夫ならいいんですけど……」

 同じ空の下死闘を演じているはずのライゼルを想い、シェフィが物憂げな表情で息をつく。

 本来であれば、シェフィもまたライゼルたちと肩を並べて共に戦うはずで、シェフィとしても覚悟はできていた。

 それでも、今回の作戦に必要不可欠な役割だからと戦場から外され、代わりに堰の管理を任されている。

 ライゼルの言っていることは理解できる。

 作戦に必要なことだ。それもしょうがないとは思う。

 それでも、やり場のない気持ちが身体を支配し、落ち着かない気分になってしまう。

(わたし、どうしたら……)

 そんな中、携帯している通信魔道具から通信が届いた。

『シェフィ。応答しろ。シェフィ』

「あっ、陛下! お久しぶりです!」

 懐かしい声に、思わずシェフィの顔が緩む。

『なぜ儂から連絡をしたかわかるか?』

「……ちょうどお暇だったから、ですか?」

『お前がまったく連絡を寄越さなかったからだ! まったく……何しにそっちへ行ったのだと思っているのだ!』

「すみません。最近、いろいろと忙しかったもので……」

 下手な言い訳よりも酷い言い訳に、イヴァン13世が頭を抱えた。

 スパイの任務より重要な仕事などあるはずがないだろうに。

 とはいえ、本当に何かあったのでは、情報戦に不利をとってしまう。

 頭を押さえながらイヴァン13世が尋ねた。

『……何があった』

「こっちは今、内乱の真っ最中で……」

『なに!?』

「ライゼル様のところにバラギット様が……叔父様が兵を差し向けて、間もなくこちらで決戦が始まるところです」

『そういう大事なことはもっと早く教えろ!!!!』

「す、すみません!」

 シェフィを怒鳴りつけながら、イヴァン13世は必死に頭の中で計算する。

 今から兵を集め、バルタザール領に軍を差し向けたとして、果たしてどこまで漁夫の利を狙えるか……

「あ、すみません。忙しいので、そろそろ切りますね」

『忙しいって……おい、お前は今何をしている』

「ライゼル様に大河の水位を減らすための堰を作るよう命じられて、その工事やら管理を任されているところです」

『……………………』

 連絡を寄越さなかったばかりか、国王との通話よりもライゼルに命じられた仕事を優先するとは……。

 いったいコイツはどっちの味方だ。

 とはいえ、他国に潜入する人間は一朝一夕に送り込めるものではない。

 少々……かなり抜けてはいるものの、向こうではそれなりの地位についていることもあり、やはり代えの効かない人材だ。

 多少こちらが譲歩してでも、有用な情報を聞き出さなくては。

『今知っていることを全部教えろ』

「は、はい」

 バラギットが開拓地を訪問したこと。ライゼルが降伏しようとしたところを皆で止めたこと。それから一致団結してバラギットを迎え撃とうとしていること。

 それらの話を聞かされると、イヴァン13世が頷いた。

『なるほどな……』

「まあ、わたしだけ工事を任せるからって戦場から外されちゃったんですけどね。『お前にはもっと大事な場所を任せる』、って……」

 シェフィが下手な愛想笑いを浮かべる。

『なるほど、そういうことか……』

 ここにきて、ようやくライゼルの真意がわかった。

 ここまで見越してこの配置をしていたのだとしたら、なるほど、ライゼルは大した男だ。

『……シェフィ。騎士学園の教科書は覚えているか?』

「一応、全部暗記してますけど……」

『野戦築城の心得に水攻めのことが記されていただろう』

「はい。たしか、河川の水を低地に流すことで、川を渡ろうとしている部隊に壊滅的な打撃を与える……って、まさか――」

『――ライゼルの狙いは単純に相手に渡河を促すことではない。……堰を切ることで、渡河する敵を一網打尽にすることよ』

「!!!」

「……それでは、わたしの本当の役目は、敵軍が渡河するタイミングで堰を切ることだって……そういうことなんですか!?」

『おそらくな』

 大河の水位を低下させ敵に渡河を促したのち、堰を切って濁流を放流。渡河の途中の敵兵を殲滅、あるいは退路を塞ぐつもりなのだろう。

 5000対300の圧倒的不利の中これだけの策を思いつくのもさることながら、よくもまあ実行に移せたものだと感心してしまう。

 イヴァン13世が内心ライゼルへの評価を改めていると、シェフィがおずおずと口を開いた。

「でも、ライゼル様はそんなこと一言も……」

『……当然だ。これはライゼルの配下の中でもお前しか実行できないのだろう』

「だったら……」

『だからこそだ。……ライゼルが表立ってお前に頼めばどうなる。こちらのスパイだと見透かされているお前に堂々と助力を頼めば、モノマフ王国に援軍を頼んだのと同じことになろう』

「あっ……」

『表立ってライゼルが援軍を頼めば、モノマフ王国に対して借りを作ってしまう。
 しかし、公言することなく、シェフィが勝手にそうするよう仕向ければ、モノマフ王国ではなくシェフィ個人に対して借りを作った形に持って行ける。……だからこそ、ライゼルはあえて言及を避けたのだろう』

 ただ策を立てるだけではなく戦後も見据えて策を巡らせ、自身にとって優位な方向に持って行こうとするとは……

 あのライゼルという男、やはり大した器量の持ち主だ。

 とはいえ、こちらがライゼルの策を看破した以上は、素直に乗せられてやるつもりはない。

 シェフィには改めてライゼルに助力するよう命令を出せばこちらから援軍を出したのと変わらない形になるわけで、ライゼルの策も露と消えるだろう。

『シェフィ、わかっておるとは思うが……』

「はい! 堰を切ってライさんに助力します!」

 シェフィが魔法を発動させると、大河を堰き止めていた堰を破壊する。

 固めていた土と共に留められていた水が濁流となって流れ出すと、下流目掛けて膨大な量の水が溢れ出した。

『バカ……!』

 ライゼルに対し高値で恩を売るべく交渉を始める前に、先払いするやつがあるか。

 ……やはり、コイツにスパイを任せたのは失敗だったかもしれない。

 イヴァン13世は心の中で小さく呟くのだった。





 全力で撤退していたバラギットは、無事に後方の軍と合流を果たすと、ひとまず息をついた。

「バラギット様!? そんなに息を乱して……どうされたのですか?」

「撤退する!」

「はぁ!?」

「いいから、撤退するんだ。……今すぐに!」

 必死の形相で詰め寄るバラギット。

 その背後からは、敗走する兵がこちらに押し寄せようとしていた。

 ……なるほど。何があったのか定かではないが、ただならぬ状況だ。

「わかりました。すぐに撤退を……」

 兵たちに指示を出そうとすると、辺りに地響きのような轟音が響き渡った。

 音のする方に目を向けると、部隊長は絶句した。

「あっ……ああっ……」

 つい先ほどまで自分たちが渡河したはずの小川に濁流が流れ込み、恐るべき速さで水位が増しているではないか。

 これでは退却しようにも泳いで渡る他ない。

 ただでさえ遠征で疲労困憊の身体で、この濁流の中を。

「……………………」

 包囲殲滅を免れていたはずの後方の軍に言い様のない絶望感が漂う中、背後からは敗走する味方の兵と、追撃をかけるライゼルの軍が迫るのだった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

魔境暮らしの転生予言者 ~開発に携わったゲーム世界に転生した俺、前世の知識で災いを先読みしていたら「奇跡の予言者」として英雄扱いをうける~

鈴木竜一
ファンタジー
「前世の知識で楽しく暮らそう! ……えっ? 俺が予言者? 千里眼?」  未来を見通す千里眼を持つエルカ・マクフェイルはその能力を生かして国の発展のため、長きにわたり尽力してきた。その成果は人々に認められ、エルカは「奇跡の予言者」として絶大な支持を得ることになる。だが、ある日突然、エルカは聖女カタリナから神託により追放すると告げられてしまう。それは王家をこえるほどの支持を得始めたエルカの存在を危険視する王国側の陰謀であった。  国から追いだされたエルカだったが、その心は浮かれていた。実は彼の持つ予言の力の正体は前世の記憶であった。この世界の元ネタになっているゲームの開発メンバーだった頃の記憶がよみがえったことで、これから起こる出来事=イベントが分かり、それによって生じる被害を最小限に抑える方法を伝えていたのである。  追放先である魔境には強大なモンスターも生息しているが、同時にとんでもないお宝アイテムが眠っている場所でもあった。それを知るエルカはアイテムを回収しつつ、知性のあるモンスターたちと友好関係を築いてのんびりとした生活を送ろうと思っていたのだが、なんと彼の追放を受け入れられない王国の有力者たちが続々と魔境へとやってきて――果たして、エルカは自身が望むようなのんびりスローライフを送れるのか!?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

転生したらやられ役の悪役貴族だったので、死なないように頑張っていたらなぜかモテました

平山和人
ファンタジー
事故で死んだはずの俺は、生前やりこんでいたゲーム『エリシオンサーガ』の世界に転生していた。 しかし、転生先は不細工、クズ、無能、と負の三拍子が揃った悪役貴族、ゲルドフ・インペラートルであり、このままでは破滅は避けられない。 だが、前世の記憶とゲームの知識を活かせば、俺は『エリシオンサーガ』の世界で成り上がることができる! そう考えた俺は早速行動を開始する。 まずは強くなるために魔物を倒しまくってレベルを上げまくる。そうしていたら痩せたイケメンになり、なぜか美少女からモテまくることに。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...