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信玄と謙信

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 時は前後して、岩村城を発った信玄率いる武田軍は、美濃の要衝である鳥峰城へ向け進軍していた。

「侵略すること火の如し! 織田領へ攻め入るぞ!」

 進軍を指揮する信玄を、馬場信春が諌めた。

「ご隠居様、よろしいのですか?」

「なにがじゃ」

「此度の進軍のことです」

 義信の作戦では、東海道軍より10日ほど遅れて進軍するように命じられていた。

 義信が尾張に侵攻を始めてまだ4日。

 本来であれば、岩村城であと6日は待機していなければいけないはずだ。

 家臣から諌められるも、信玄は余裕を崩さなかった。

「あれは信長を追い込み決戦に持ち込ませるための策……。義信は戦いに勝利し、織田勢を散々に打ち破ったと聞く……。であれば、今こそ織田領に攻め入り、士気をくじくまで。……そのための別働隊よ」

「なるほど……」

「さすがはご隠居様」

 馬場信春、内藤昌豊が感心する。

 そんな中、高坂昌信が自軍を見渡した。

「されど、よろしいのですか? これほどゆっくり行軍して……」

「構わぬ。武田の旗をなびかせて、美濃に攻め入ることこそ肝要よ。信長不在の美濃にて我らが武威を見せつければ、美濃の国衆も自ずと我らに臣従しよう」

 すでに、東美濃から中央にかけて、国衆の多くが武田家に臣従を誓う使者を送っていた。

 信玄はただ、それらの相手をしつつ、武田軍の威容を見せつけるだけで領地が手に入る。

 最小の労力で最大の利益を得る。

 これが信玄の戦略であった。

「なるほど……」

「そこまでお考えだったとは……」

 高坂昌信、馬場信春が納得した様子で頷いた。

 そんな中、内藤昌豊が尋ねた。

「時にご隠居様。上杉も美濃に攻め入り、領地を切り取っているのですが、これはよろしいのですか?」

「なに!?」

 上杉の名前を聞いて、信玄の目の色が変わった。

「そういうことはもっと早く言え!」

 家臣に指示し、行軍速度を速める。

「疾きこと風の如く! 直ちに城を制圧していくぞ!」

「はっ!」




 美濃北部に位置する郡上八幡城に攻撃を仕掛けていると、信玄が美濃に進軍しているとの報せが舞い込んできた。

「甲斐の虎が美濃を貪らんと欲するか……」

「義信の定めし時より、いささか早うございますな……」

 斎藤朝信の言葉に、謙信が頷く。

 義信からは軍を遅らせて出立するようにとの報せを受けていたが、元より同盟軍。

 対等な関係である以上、武田に従う謂れはない。

 織田軍が尾張に集結し、美濃が手薄になったというなら、攻め入るまでであった。

「郡上八幡城の城主、遠藤慶隆が降伏したとのよし!」

「左様か」

 郡上八幡城を攻略したとあらば、肥沃な濃尾平野に攻め入ることができる。

 兵たちを一望して、謙信が家臣に命じた。

「城にて夜を越したのち、速やかに美濃へ征く」

「はっ!」

 家臣たちに見送られ、謙信は城に入っていくのだった。
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