47 / 82
同盟交渉
しおりを挟む
武田と上杉の和議が成立すると、いよいよ三国同盟の交渉に移った。
万に一つも破られぬようにするべく、婚姻するなり人質を送るなりして、裏切れないようにするのが一般的だ。
さて、誰をどう配置したものか……。
義信と直江景綱が思案する中、最初に口を開いたのは板部岡江雪斎だった。
「この同盟を確かなものとするには、縁組か、人質が必要となりましょうな」
義信が頷いた。
「当家と北条家は問題あるまい。……なにせ、先代のおかげで子沢山だからな」
武田信玄と北条氏康は共に兄弟が多く、息子や息女が多い。
そのため、いざというときに同盟に使える駒には困らない。
「問題は上杉か……」
謙信は生涯不犯の誓いを立てているため、上杉家の……ひいては長尾家の血族が不足していた。
かろうじて分家にあたる上田長尾家や古志長尾家があるが、未婚で婚姻できる者となると数が限られてくる。
「一応、殿には甥子の景勝様がおります。景勝様と婚姻……ということであれば、家格は申し分ありますまい」
絞り出すように言う直江景綱に、義信と板部岡江雪斎が言葉を失った。
直江景綱の言い方は、他に婚姻に使えそうな子がいないことを意味していた。
目を覆うような惨状に、板部岡江雪斎がたまらず口を挟んだ。
「……他に適任の者はおらぬのか。誰ぞ、家臣の子を養子にするなりなんなりして……」
「上杉家は足利幕府以来の名門の家柄……。養子をとるにも、家格というものがありましょう……。
これまで養子にした者とて、殿と祖を同じくする長尾の者か、朝倉殿の娘くらいで……」
「それだ」
二人の視線が義信に集まる。
「私の弟を上杉殿の養子に出せばよいのだ」
「は!?」
「え?」
「六男に信貞がいる。こやつを上杉殿の養子とし、誰ぞ長尾の者と婚儀を結ばせる。そうすれば、此度の話も丸く収まろう」
「これは……武田様は面白いことをおっしゃる……」
「しかし……いや、それは……」
他人事だからか愉快そうに笑う板部岡江雪斎と、目を丸くする直江景綱。
「当家が甲斐源氏の血を引く名家であるのは方々も承知であろう。その武田から養子に出そうというのだ。家格も申し分あるまい」
義信の言い分はわかる。
武田義信が自身の弟を人質に出すのであれば、これ以上ない保証だ。
だが、謙信には実子がいないため、謙信の死後、ともすれば上杉が武田家に乗っ取られる危険性も孕んでいると言えた。
「私としてもかわいい弟を人質に出そうというのだ。これ以上の誠意もないだろう」
「……………………此度のお話、それがしには決めかねますゆえ、一度越後に戻り殿の指示を仰いでまいります」
「あいわかった。よい返事を待っているぞ」
後日、上杉謙信から文章で回答がきた。
曰く、
『武田から養子をとることに異存はない』
とのことだった。
こうして、北条の姫と謙信の甥が婚儀を交わし、義信の弟が謙信の姪と婚儀を交わし謙信の養子とすることで、三国同盟が成立するのだった。
万に一つも破られぬようにするべく、婚姻するなり人質を送るなりして、裏切れないようにするのが一般的だ。
さて、誰をどう配置したものか……。
義信と直江景綱が思案する中、最初に口を開いたのは板部岡江雪斎だった。
「この同盟を確かなものとするには、縁組か、人質が必要となりましょうな」
義信が頷いた。
「当家と北条家は問題あるまい。……なにせ、先代のおかげで子沢山だからな」
武田信玄と北条氏康は共に兄弟が多く、息子や息女が多い。
そのため、いざというときに同盟に使える駒には困らない。
「問題は上杉か……」
謙信は生涯不犯の誓いを立てているため、上杉家の……ひいては長尾家の血族が不足していた。
かろうじて分家にあたる上田長尾家や古志長尾家があるが、未婚で婚姻できる者となると数が限られてくる。
「一応、殿には甥子の景勝様がおります。景勝様と婚姻……ということであれば、家格は申し分ありますまい」
絞り出すように言う直江景綱に、義信と板部岡江雪斎が言葉を失った。
直江景綱の言い方は、他に婚姻に使えそうな子がいないことを意味していた。
目を覆うような惨状に、板部岡江雪斎がたまらず口を挟んだ。
「……他に適任の者はおらぬのか。誰ぞ、家臣の子を養子にするなりなんなりして……」
「上杉家は足利幕府以来の名門の家柄……。養子をとるにも、家格というものがありましょう……。
これまで養子にした者とて、殿と祖を同じくする長尾の者か、朝倉殿の娘くらいで……」
「それだ」
二人の視線が義信に集まる。
「私の弟を上杉殿の養子に出せばよいのだ」
「は!?」
「え?」
「六男に信貞がいる。こやつを上杉殿の養子とし、誰ぞ長尾の者と婚儀を結ばせる。そうすれば、此度の話も丸く収まろう」
「これは……武田様は面白いことをおっしゃる……」
「しかし……いや、それは……」
他人事だからか愉快そうに笑う板部岡江雪斎と、目を丸くする直江景綱。
「当家が甲斐源氏の血を引く名家であるのは方々も承知であろう。その武田から養子に出そうというのだ。家格も申し分あるまい」
義信の言い分はわかる。
武田義信が自身の弟を人質に出すのであれば、これ以上ない保証だ。
だが、謙信には実子がいないため、謙信の死後、ともすれば上杉が武田家に乗っ取られる危険性も孕んでいると言えた。
「私としてもかわいい弟を人質に出そうというのだ。これ以上の誠意もないだろう」
「……………………此度のお話、それがしには決めかねますゆえ、一度越後に戻り殿の指示を仰いでまいります」
「あいわかった。よい返事を待っているぞ」
後日、上杉謙信から文章で回答がきた。
曰く、
『武田から養子をとることに異存はない』
とのことだった。
こうして、北条の姫と謙信の甥が婚儀を交わし、義信の弟が謙信の姪と婚儀を交わし謙信の養子とすることで、三国同盟が成立するのだった。
1
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
夜に咲く花
増黒 豊
歴史・時代
2017年に書いたものの改稿版を掲載します。
幕末を駆け抜けた新撰組。
その十一番目の隊長、綾瀬久二郎の凄絶な人生を描く。
よく知られる新撰組の物語の中に、架空の設定を織り込み、彼らの生きた跡をより強く浮かび上がらせたい。
直違の紋に誓って
篠川翠
歴史・時代
かつて、二本松には藩のために戦った少年たちがいた。
故郷を守らんと十四で戦いに臨み、生き延びた少年は、長じて何を学んだのか。
二本松少年隊最後の生き残りである武谷剛介。彼が子孫に残された話を元に、二本松少年隊の実像に迫ります。
日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。
いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。
SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。
伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。
そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。
さて、この先の少年の運命やいかに?
剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます!
*この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから!
*この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる