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『食女鬼・後編』
其の弐 ★
しおりを挟む「遅い……遅いではないか! 楓の奴めぇ! なにを、モタモタしておるのじゃあっ!」
水路にはさまれた奥向きの涼殿で、刺々しい罵声を放ったのは、菊花大夫である。
落ち着かぬ様子で、イライラと床板を踏み鳴らし、眦を険悪に吊り上げる。すぐかたわらでは、彼女の根回しで、新たな面を得た《朱牙天狗》が、別の女御と淫行に及んでいた。
相手は《胡蝶の君》である。
彼の【孕女鬼胎】を受けてからというもの、腹の鬼子に急かされるまま狂乱した高位中臈は、ひたすら男の精気もとめ、私娼以下の浅ましい痴態を演じている。
胎内の鬼蛭子をつつがなく育て、本当の赤子……皇帝の御胤を喰い殺し、不気味な鬼蛭へ変化させたあと、鬼神へ捧げるため、産み落とす。そう、鬼蛭子とは所詮、鬼神が喰らう生餌にすぎない。
すでに四十八人目。男の精気も、ここにいる朱牙天狗から充分吸い取った。
残る懸念は、秘密の漏洩だ。女たちの狂乱を鎮めるには、それしか手立てがないと……再三再四、菊花大夫より命じられ、朱牙天狗はついに、男娼役を買って出た。相手は十二人の孕み女。
いずれも、彼自身が加持祈祷と称し、鬼道術へ貶めた帝の寵妃、御胤を宿した女御衆だ。
「あぁん、聖人さまぁ……もっと、精をくださりませぇ! 気持ちいいわぁ、この手に触れられるだけで……あぁあっ、狂い死にしそう!」
甘え声で、朱牙天狗の胸に寄り添う胡蝶。彼の手は白肌をなめるようにすべり、豊満な胸を、そして【鬼胎】に依り、すっかりふくれ上がった腹を、丹念になでている。すでに半刻以上、そうしている。朱牙天狗は、修験装を解こうともせず、男女の交わりを行う気配も見せず、ただ女体をなで回すのみだ。
なのに胡蝶は、それだけで、すでに四度も忘我している。
胡蝶だけではない。彼は、他十一人の女御衆にも、同じ行為を繰り返していた。
けれど、肝心な場面に来ると――『氷薙さまにだけは、斯様な痴態を見せたくない。どうか、お許しくだされ』――と、丁寧に額づいて、別室へと締め出す朱牙天狗なのだ。
しかも折角の生餌【鬼蛭子】は、発育不全でほとんどが流れた。行為後の朱牙天狗にそう告げられるや、菊花大夫は逆上した。すると朱牙天狗、悪びれもせず新たな生餌を孕む娘たちを、ここへ連れて来たのだ。それは何故か侍女『娘々』級の、【蔓草】ばかりであった。中臈ほどではないが、いずれ劣らぬ美貌ぞろい。一体、いつの間に仕込んでおいたのか……【鬼胎術】をほどこした娘たちは、すでに皆、臨月間近と上出来だった。
――はぁ……御聖人さまぁ、気持ちいいっ!――
食べ頃の娘を試しに一人、出産させた。
朦朧状態で、娘々は白い裸体をくねらせた。
朱牙天狗の肩へ、大胆にも両肢をかけた。
胎動に打ち震え、激しく腰を振り続けた。
やがて全開にした秘処が、ピクピクと痙攣し、ふくれた腹も大きく揺れ始めた。
産道から、赤黒く不気味な魔物が這い出して来た。
――御聖人さまぁ! もっともっと、いっぱい開いてぇぇ! 早くかき出してぇぇ!――
次に紹介された娘々も、やはり【蔓草】で、前より淫猥な欲求を叫んだ。
さすがの菊花大夫も、呆れ果てる狂乱模様であった。次の娘も、その次の娘も、激しさは前以上……菊花大夫は、いささか食傷気味である。
ぬるぅりと、孕み女から堕ろされた鬼蛭子は、すべて菊花大夫が処理した。
どういう方法でかは、判らない。
朱牙天狗が、先の中臈十一名で、出産光景をひた隠し、しくじったのと同様、彼女もそこは見せなかった。だが朱牙天狗にとっては、最早どうでもいいことらしい。
今はただ、最後まで取っておいた胡蝶との淫猥な行為に、夢中である。
菊花大夫は、胡蝶の嬌声を聞く内、徐々に憤怒が燃え上がった――〈薬湯をお持ち致しました〉――当時、新入り侍女として、氷薙に仕えていた胡蝶……実は、《綾羅の方》がよこした隠密【蔓草】とも知らず、氷薙は受け取ってしまった。
彼女が差し出す、堕胎毒の椀を。
〈大姐! どうか、お許しください! 私は本当に、なにも知らなかったのです!〉
一命を取り留めた氷薙の病床で、いけしゃあしゃあと嘘を並べる胡蝶妹々の白面は、まさに狡猾な女狐の物。氷薙は素知らぬフリで、寛大な微笑をたたえた。それからわずか十日あまりで、胡蝶は帝の寵妃へと出世。中臈『姐々』の位に就いた。
態度は横柄に、尊大になった。【蔓草】を駆使し、罠を張り廻らせた。
同位の女御を、次々と謀略で蹴落とした。ついに、奸悪な性根を現した胡蝶だった。
しかし今、目前の床板で、小汚い四十男に陵辱される二十歳の女体は、煌々と輝いていた。煽情的にうごめく裸体、妊婦と思えぬ凄艶さ。誇り高き高家出身の娘が、見るも無惨な醜貌の修験者に犯される……菊花大夫は、そんな尾籠で、淫虐な狂態が早く見たかった。
「朱牙殿! いつまでも悠長に、愛撫を続けておらず、はよう胡蝶を犯せ! 鬼蛭に精気を与えるのじゃ! 急がねば、楓がいつ、ここへ現れるとも限らぬ! はよう犯さぬか!」
菊花大夫の目は、邪悪な殺意で、赤く充血していた。なんとも凄まじい暴言だが、これを臈長けた美貌の女官が云うのだから、より一層、凄味が増す。
菊花大夫には、もうひとつ気がかりなことがあった。
楓に向けられた憤怒は、単なる嫉妬心。けれど最近の楓を取り巻く状況は、どうも解せない。不穏当な雲行きだ。
第一に、新入り侍女《紅葉》の存在。第二に、これもまた新入り閹官《夙泰善》の存在。
二人とも、後宮にいてはならない人物である。
鋭敏な菊花大夫は、早くも二人のまとう危険臭を嗅ぎ分けた。一挙一動まで終始、眼を光らせていたのだ。楓をこの秘密部屋へ呼んだのは、その点を問いただすためもあった。
ところが、焦れる菊花大夫をながめ、朱牙天狗はかすかに鼻で嗤ったようだ。
「いいでしょう、胡蝶は頂きますよ。斯様に若く美しい女子を、無傷で返すつもりはない」
朱牙天狗は腰帯を解き、括り袴の裾を割り、己の一物を取り出した。
菊花大夫は、奇妙な違和感を覚えたが、それはすぐ、胡蝶の絶叫へと呑みこまれた。
まるで、断末魔の悲鳴だ。
「ひっ……ぎゃあぁぁあっ、はがあぁぁああぁぁぁうぅぅあぐっ、おぉぉおうぅうっ!」
「朱牙殿!? なにを……やめなさい! そんな声を出されては、気づかれてしまう!」
さすがの菊花大夫も、胡蝶の慟哭には胆を潰した。
朱牙天狗が腰を振るたび、胡蝶は声を張り上げ、踵で床板を叩いて悶絶する。菊花大夫の叱責にも動じず、朱牙天狗は交合に没頭している。そうして吐精した途端、胡蝶は御殿中に響き渡るほどの雄叫びを放ち、ついには白目をむいて失神した。
朱牙天狗が、女体から自身を引き抜いた瞬間、揚羽の腹は激しく痙攣し、ドバァッと大量の精血を吐き出した。
いや、それはほとんどが、粘度の強い経血で、煮こごりに似た赤黒い塊を、数多く含んでいた。菊花大夫は、知っていた。これは……明らかに、堕胎時、子流れの特徴である。
「おおっ……これは、なんとしたことじゃ!」
腰を抜かさんばかりに驚倒する菊花大夫へ、異相の天狗面男はこともなげに云い放った。
「如何せん、餌が悪かったようだ。鬼蛭子の口にゃ、俺の精気は合わなかったらしい。まぁ【穢忌族】なんぞの精気じゃあ、食傷起こしても不思議はねぇよな。けど他の女御衆は、差し障りなくいつもの奉仕へ戻ってるし、胡蝶の場合……へへっ、こんなモンでいいよな」
「な、ん、じゃと……!?」
真っ赤な天狗面、ボロけた蓬髪修験装、しかし、すっくと立ち上がった男は、身長も体躯も、声すらも、彼女が知る《朱牙天狗》とは、あまりにかけ離れていた。
その上、劫族出身のはずが、彼は自らを【穢忌族】と称したのだ。愕然と怪士の天狗面を睨み、退路を探す菊花大夫……すると、男は経帷子を脱ぎ去り、自身の驚くべき秘密を露呈した。
「ああっ……そなたは!」
朱牙天狗、であろうはずがない。
男の精悍な肉体には、くまなく禍々しい経文字が彫られていたのだ。天狗面だけはそのままに、経文字裸体の【穢忌族】は、一気に菊花大夫へ飛びかかった。彼女は、逃げる間もなく組み伏され、襦裙をむかれそうになった。
必死に抵抗するも、男の魔手で胸をひとなでされた途端、誇り高き菊花大夫は、胡蝶の二の舞を演じていた。
「はうぅ!」
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