鬼凪座暗躍記

緑青あい

文字の大きさ
上 下
65 / 125
『食女鬼・後編』

其の弐 ★

しおりを挟む

「遅い……遅いではないか! かえでの奴めぇ! なにを、モタモタしておるのじゃあっ!」
 水路にはさまれた奥向きの涼殿すずどので、刺々しい罵声を放ったのは、菊花大夫きっかたいふである。
 落ち着かぬ様子で、イライラと床板を踏み鳴らし、まなじりを険悪に吊り上げる。すぐかたわらでは、彼女の根回しで、新たな面を得た《朱牙天狗しゅがてんぐ》が、別の女御にょうごと淫行に及んでいた。
 相手は《胡蝶こちょうの君》である。
 彼の【孕女鬼胎うぶめきたい】を受けてからというもの、腹の鬼子に急かされるまま狂乱した高位中臈ちゅうろうは、ひたすら男の精気もとめ、私娼以下の浅ましい痴態を演じている。
 胎内の鬼蛭子おにびるこをつつがなく育て、本当の赤子……皇帝の御胤を喰い殺し、不気味な鬼蛭へ変化させたあと、鬼神へ捧げるため、産み落とす。そう、鬼蛭子とは所詮、鬼神が喰らう生餌にすぎない。
 すでに四十八人目。男の精気も、ここにいる朱牙天狗から充分吸い取った。 
 残る懸念は、秘密の漏洩だ。女たちの狂乱を鎮めるには、それしか手立てがないと……再三再四、菊花大夫より命じられ、朱牙天狗はついに、男娼役を買って出た。相手は十二人の孕み女。
 いずれも、彼自身が加持祈祷と称し、鬼道術きどうじゅつへ貶めた帝の寵妃、御胤を宿した女御衆だ。
「あぁん、聖人さまぁ……もっと、精をくださりませぇ! 気持ちいいわぁ、この手に触れられるだけで……あぁあっ、狂い死にしそう!」
 甘え声で、朱牙天狗の胸に寄り添う胡蝶。彼の手は白肌をなめるようにすべり、豊満な胸を、そして【鬼胎】に依り、すっかりふくれ上がった腹を、丹念になでている。すでに半刻以上、そうしている。朱牙天狗は、修験装を解こうともせず、男女の交わりを行う気配も見せず、ただ女体をなで回すのみだ。
 なのに胡蝶は、それだけで、すでに四度も忘我している。
 胡蝶だけではない。彼は、他十一人の女御衆にも、同じ行為を繰り返していた。
 けれど、肝心な場面に来ると――『氷薙ひなぎさまにだけは、斯様な痴態を見せたくない。どうか、お許しくだされ』――と、丁寧に額づいて、別室へと締め出す朱牙天狗なのだ。
 しかも折角の生餌【鬼蛭子】は、発育不全でほとんどが流れた。行為後の朱牙天狗にそう告げられるや、菊花大夫は逆上した。すると朱牙天狗、悪びれもせず新たな生餌を孕む娘たちを、ここへ連れて来たのだ。それは何故か侍女『娘々にゃんにゃん』級の、【蔓草つるくさ】ばかりであった。中臈ほどではないが、いずれ劣らぬ美貌ぞろい。一体、いつの間に仕込んでおいたのか……【鬼胎術】をほどこした娘たちは、すでに皆、臨月間近と上出来だった。
――はぁ……御聖人さまぁ、気持ちいいっ!――
 食べ頃の娘を試しに一人、出産させた。
 朦朧もうろう状態で、娘々は白い裸体をくねらせた。
 朱牙天狗の肩へ、大胆にも両肢をかけた。
 胎動に打ち震え、激しく腰を振り続けた。
 やがて全開にした秘処が、ピクピクと痙攣し、ふくれた腹も大きく揺れ始めた。
 産道から、赤黒く不気味な魔物が這い出して来た。
――御聖人さまぁ! もっともっと、いっぱい開いてぇぇ! 早くかき出してぇぇ!――
 次に紹介された娘々も、やはり【蔓草】で、前より淫猥な欲求を叫んだ。
 さすがの菊花大夫も、呆れ果てる狂乱模様であった。次の娘も、その次の娘も、激しさは前以上……菊花大夫は、いささか食傷気味である。
 ぬるぅりと、孕み女から堕ろされた鬼蛭子は、すべて菊花大夫が処理した。
 どういう方法でかは、判らない。
 朱牙天狗が、先の中臈十一名で、出産光景をひた隠し、しくじったのと同様、彼女もそこは見せなかった。だが朱牙天狗にとっては、最早どうでもいいことらしい。
 今はただ、最後まで取っておいた胡蝶との淫猥な行為に、夢中である。
 菊花大夫は、胡蝶の嬌声を聞く内、徐々に憤怒が燃え上がった――〈薬湯をお持ち致しました〉――当時、新入り侍女として、氷薙に仕えていた胡蝶……実は、《綾羅りょうらの方》がよこした隠密【蔓草】とも知らず、氷薙は受け取ってしまった。
 彼女が差し出す、堕胎毒の椀を。
大姐たーじえ! どうか、お許しください! 私は本当に、なにも知らなかったのです!〉
 一命を取り留めた氷薙の病床で、いけしゃあしゃあと嘘を並べる胡蝶妹々めいめい白面はくめんは、まさに狡猾な女狐の物。氷薙は素知らぬフリで、寛大な微笑をたたえた。それからわずか十日あまりで、胡蝶は帝の寵妃へと出世。中臈『姐々じえじえ』の位に就いた。
 態度は横柄に、尊大になった。【蔓草】を駆使し、罠を張り廻らせた。
 同位の女御を、次々と謀略で蹴落とした。ついに、奸悪な性根を現した胡蝶だった。
 しかし今、目前の床板で、小汚い四十男に陵辱される二十歳の女体は、煌々と輝いていた。煽情的にうごめく裸体、妊婦と思えぬ凄艶さ。誇り高き高家出身の娘が、見るも無惨な醜貌の修験者に犯される……菊花大夫は、そんな尾籠びろうで、淫虐な狂態が早く見たかった。
「朱牙殿! いつまでも悠長に、愛撫を続けておらず、はよう胡蝶を犯せ! 鬼蛭に精気を与えるのじゃ! 急がねば、楓がいつ、ここへ現れるとも限らぬ! はよう犯さぬか!」
 菊花大夫の目は、邪悪な殺意で、赤く充血していた。なんとも凄まじい暴言だが、これを臈長ろうたけた美貌の女官が云うのだから、より一層、凄味が増す。
 菊花大夫には、もうひとつ気がかりなことがあった。
 楓に向けられた憤怒は、単なる嫉妬心。けれど最近の楓を取り巻く状況は、どうも解せない。不穏当な雲行きだ。
 第一に、新入り侍女《紅葉もみじ》の存在。第二に、これもまた新入り閹官えんかん夙泰善しゅくたいぜん》の存在。
 二人とも、後宮にいてはならない人物である。
 鋭敏な菊花大夫は、早くも二人のまとう危険臭を嗅ぎ分けた。一挙一動まで終始、眼を光らせていたのだ。楓をこの秘密部屋へ呼んだのは、その点を問いただすためもあった。
 ところが、焦れる菊花大夫をながめ、朱牙天狗はかすかに鼻で嗤ったようだ。
「いいでしょう、胡蝶は頂きますよ。斯様に若く美しい女子おなごを、無傷で返すつもりはない」
 朱牙天狗は腰帯を解き、くくばかまの裾を割り、己の一物いちもつを取り出した。
 菊花大夫は、奇妙な違和感を覚えたが、それはすぐ、胡蝶の絶叫へと呑みこまれた。
 まるで、断末魔の悲鳴だ。
「ひっ……ぎゃあぁぁあっ、はがあぁぁああぁぁぁうぅぅあぐっ、おぉぉおうぅうっ!」
「朱牙殿!? なにを……やめなさい! そんな声を出されては、気づかれてしまう!」
 さすがの菊花大夫も、胡蝶の慟哭には胆を潰した。
 朱牙天狗が腰を振るたび、胡蝶は声を張り上げ、かかとで床板を叩いて悶絶する。菊花大夫の叱責にも動じず、朱牙天狗は交合に没頭している。そうして吐精した途端、胡蝶は御殿中に響き渡るほどの雄叫びを放ち、ついには白目をむいて失神した。
 朱牙天狗が、女体から自身を引き抜いた瞬間、揚羽の腹は激しく痙攣し、ドバァッと大量の精血を吐き出した。
 いや、それはほとんどが、粘度の強い経血で、煮こごりに似た赤黒いかたまりを、数多く含んでいた。菊花大夫は、知っていた。これは……明らかに、堕胎時、子流れの特徴である。
「おおっ……これは、なんとしたことじゃ!」
 腰を抜かさんばかりに驚倒する菊花大夫へ、異相の天狗面男はこともなげに云い放った。
如何いかんせん、餌が悪かったようだ。鬼蛭子の口にゃ、俺の精気は合わなかったらしい。まぁ【穢忌族えみぞく】なんぞの精気じゃあ、食傷しょくしょう起こしても不思議はねぇよな。けど他の女御衆は、差し障りなくいつもの奉仕へ戻ってるし、胡蝶の場合……へへっ、こんなモンでいいよな」
「な、ん、じゃと……!?」
 真っ赤な天狗面、ボロけた蓬髪ほうはつ修験装、しかし、すっくと立ち上がった男は、身長も体躯も、声すらも、彼女が知る《朱牙天狗》とは、あまりにかけ離れていた。
 その上、劫族こうぞく出身のはずが、彼は自らを【穢忌族】と称したのだ。愕然と怪士あやかしの天狗面を睨み、退路を探す菊花大夫……すると、男は経帷子きょうかたびらを脱ぎ去り、自身の驚くべき秘密を露呈した。
「ああっ……そなたは!」
 朱牙天狗、であろうはずがない。
 男の精悍な肉体には、くまなく禍々しい経文字が彫られていたのだ。天狗面だけはそのままに、経文字裸体の【穢忌族】は、一気に菊花大夫へ飛びかかった。彼女は、逃げる間もなく組み伏され、襦裙じゅくんをむかれそうになった。
 必死に抵抗するも、男の魔手で胸をひとなでされた途端、誇り高き菊花大夫は、胡蝶の二の舞を演じていた。
「はうぅ!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...