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『傷心』
其の弐
しおりを挟む「喂、朴澣! 今まで、どこに往ってたんだよ!」
「黙って姿を消されては、心配しますぞ、座長」
「困った奴じゃ喃! ん? なんじゃあ?」
『金袋だな。十万螺宜は固い……ハテ』
天凱府外れにある、毎度お馴染み三昧堂墓地は、六斎日の初更ということもあって、閑散と静まり返っていた。ここで待ち合わせた鬼業役者一味【鬼凪座】のメンツ――《夜戯れの那咤霧》《夜叉面冠者》《一角坊》《顰篭めの宿喪》は、ようやく現れた座長《癋見の朴澣》を迎え、御堂内部の質素な円座へ、勢ぞろいしたところだ。
長い間、待ちぼうけを喰わされ、だいぶイラ立っていた座員四名も、台座の上へドンと乗せられた革袋を見るなり、瞠目した。左半身が爛れた悪相琥珀眼の座長は、胡乱がる仲間たちへ、唐突に、奇妙な依頼を持ちかけたのだ。
「これが手間賃だ。上手く往ったら、さらに十万螺宜が入る予定だぜ。どうだ、乗るか?」
ニヤリと北叟笑む朴澣、顔を見合わす座員たち。
今回は、依頼主の姿がまったく見えて来ない。
「斯様な大金を、ポンと前払いするなんて随分、気前のいい依頼主ですね。何者です?」
道服姿の赤毛鬼面男に問われ、朴澣は肩をすくめた。
悠々煙管を吹かしつつ、言葉を濁す。
「そいつは、絶対秘密ってぇ約束でな。悪いが俺自身にも、はっきりと判らねぇんだなぁ」
座長の態度に、いよいよ首をかしげるのは、長身の【巫丁族】破戒僧だ。
疑念で胸がつかえ、自慢の造酒鬼瓢箪をあおる勢いも、常より乏しい。
「そんな、アヤフヤで胡散臭い仕事、よくも請ける気になった喃! 黙って出かけて往って、どこで誰と会って来たんじゃあ? よもや、女か?」
「喂、朴澣、らしくねぇぜ! 勿体つけた話し方ぁ、お前自身一番嫌うことじゃねぇか!」
『いかな事情があろうとも、依頼主の正体を明かしてもらわねば、信用できんぞ。朴澣』
【穢忌族】の美男喝食行者も、訝るような眼差しを悪相座長に向けている。黒光る八尺巨体の半鬼人も、いつになく及び腰で、誰も彼も皆、気乗りしていないのは明々白々だった。
「判じ物さ。ひとつ取っかかりをやろう。前々回の仕事と、かなり深い関係があるんだな」
朴澣は、真剣な眼差しで仲間たちを見回した。
「前々回というと……例の後宮食女鬼事件ですか? しかし、あの件は、すでに決着済みのはず……」と、疑問を投げかける夜叉面に対し、宿喪も同意してうなずく。
『何故、一年近く経た今、その事件をむし返すのだ、朴澣! どうにも、腑に落ちんな!』
二重に響く獣声はイラ立ち、ささくれている。
朴澣は北叟笑み、彼らの懸念を軽く去なす。
「依頼内容を聞けば、やる気になるさ。あの時の依頼人……卑族少女の《蛍拿》を覚えてるか? 彼女を後宮監吏『闈司』邸宅から、救出するのさ」
悪相座長の言葉通り、四人は《蛍拿》の名を聞いた途端、どよめき、過剰反応を示した。
「蛍拿……あの【戴星姫】だな!?」
「彼女を、『闈司』邸宅から……救出!?」
「なんと! そんなところに、捕まっとったのか!?」
『それでは……あの娘、まさか、朱牙天狗の仇討ちを!?』
ここに来てようやく、那咤霧、夜叉面、一角坊、宿喪の食指が動いた。
彼らにも、大体の事情が呑みこめたようだ。前々回、彼女の依頼を受け、《朱牙天狗》救出に後宮菊花殿へ乗りこんだ【鬼凪座】……やむを得ずといえども、聖人を死なせたことが、今も彼らにとって大きな痛手となっていた。
稀代の名役者、鬼業をも操る怪士一味が、初めて依頼を失敗した事件である。
「別れ際、あの思いつめた瞳……もう少し気にかけてやるんだったと、今じゃ後悔してるよ。蛍拿は、鬼業で操られ常軌を逸した朱牙天狗の名誉を、無慈悲に蹂躙した奴ら……また、自身の同朋【卑族】の無念を晴らすため、劫貴族皇帝への、復讐を目論んでたんだな。『戴星印』が露顕しやすいよう細工して、劫初内正門前広場で、ワザと騒ぎを起こしたのさ。すべては《千歳帝》に近づき、己の手で殺す計画だ。無謀だぜ」と、苦々しい表情で、蛍拿の悲壮な覚悟を慮る朴澣。彼は事件直後、【劫初内】正門前に設置された捨て札の罪状と、天狗面を思い返し、胸を痛めた。元はといえば、【鬼凪座】の失敗が原因だったのだが……御上は、後宮を【食女鬼】騒動で紊乱した〝国賊〟として、《朱牙天狗》の名誉を地に貶めた。ゆえに、夜仏山は入山禁止の忌地となり、あのような童謡が流行ったのだ。
以前、蛍拿自身が口にした通り、《朱牙天狗》は、肉親を、仲間を、故郷を喪い、生きる気力まで喪いかけていた卑族少女にとって、まさに〝現人神〟だった。
「つまり、自分の正体を明かし、貞操を捨ててまで、後宮への再潜入を図ったと……なんという娘だ! 確かに【戴星姫】ともなれば、皇帝陛下の目に止まることはまちがいないでしょうが、国家の最重要人物を暗殺しようなどと、あんな華奢な小娘に、でき得る所業ではありません! あまりにも危険だ! 無謀すぎます!」
沈着冷静な夜叉面が、珍しく語気を荒げた。
異相修験者に寄りそう、健気な童顔が目に浮かび、常に平静な彼の心をかき乱した。
「ところが、だ。後宮へ乗りこむ算段で、一芝居打った蛍拿を、我が者にせんと企んだ奴がいた。十二守宮太保『闈司』姑洗太保の一人息子《董楚白》だ。そいつは、戴星姫を己の別宅に幽閉し、無理やりにも妻とする腹なのさ。それで今は、周囲の目から彼女を隠し、晴れの祝言を心待ちにしてるんだと。女好きの親父に似て、若君は相当な放埓者らしいぜ」
悪相座長がもたらした依頼は、いつも饒舌な四人を緘黙させ、重い空気で圧しつつんだ。
『皇帝に近づけぬでは、まったくの無意味だな』
「莫迦な真似を……貞操の捨て損じゃ!」
「だがこのまま、放っちゃおけねぇな! 戴星姫だろうと、そうでなかろうと、人種の垣根を越えて見た時、卑族ほど可愛い顔した女はいねぇよ! 高家の放蕩息子に、嬲らせとくにゃあ、あんまり惜しすぎるぜ! 蛍拿の美貌はとくに、だ!」
那咤霧は、早くも淫靡な光景を想像し、鼻息荒げて意気込んだ。夜叉面は、長嘆息する。
「いささか気鬱ですが、彼女には少なからず負い目がある……やりましょう。但し、依頼主と金子の出所だけは、是が非でも明かして頂きますよ、座長」
すでに四人の心はひとつだった。
しかし朴澣は、夜叉面の質問に対し、あえて嘘をついた。
「依頼主は……なにを隠そう、この俺なんだな。今まで方々金策に走ってたのさ。だから此度の仕事は、すまねぇが皆、俺のために頼むぜ」
深々と低頭する悪相座長に、目を丸くする座員四名。
だが、これ以上の問いかけは無駄だと、彼らも薄々気づき始めたらしい。
夜叉面、那咤霧、一角坊、宿喪は、声をそろえて【鬼凪座】座長に、恭順の意を示した。
『「「「承知!」」」』
――早速だが、夜叉面。お前にゃあ、董家の内情を探って来て欲しい。無論、蛍拿の様子と合わせてな。宿喪、お前も一緒に頼むぜ。侍女にでも化けて、上手いこと潜入してくれ。
「おまかせください。この『幻魔鏡』を用いて、董楚白に近しい人物へ化け、様子をうかがって見ます。万が一、楚白の暴虐が目にあまるようなら、お灸を据えてやりますか?」
――いや、その必要はねぇ。見守るだけでいい。なにがあっても、手出しはするな。
「……了解しました」
『吾は、新入り侍女ということで、裏方に回るが……それでいいな、朴澣』
――啊、そうしてくれ。女の噂話や、井戸端会議からは、思わぬ収穫が得られることも多いしな。お前には上手く立ち回り、そこへ喰らいこんで、楚白の母親の死に関する情報を得てもらいてぇ。高家の侍女連だし、むずかしいかもしれんが、ま、期待してるぜ、宿喪。
「儂らは、なにをする? このままでは、いささか手持ち無沙汰じゃ喃」
「そうだぜ、朴澣。それ相応の、役どころを用意してくれてんだろうな」
――一角坊には、楚白の友人連中を洗ってもらいてぇんだ。表の顔、裏の顔……日頃の行いや、気になる点なんか、なんでもいい。但し、できる限り詳細に。役はまかせるよ、坊。
「相判った。では……奴らの恩師にでも化けて、酒宴を開き……うむ、その手で往くか」
「だから、俺はって! なにすりゃあ、いいんだよ!」
――遊女。
「はぁ!?」
――楚白の父『闈司・姑洗太保』が懇意にしてる、遊女がいるそうだ。つまりお前にゃあ、遊郭に乗りこんでもらい、馴染みの太夫から、まんまと董朱薇を寝盗ってもらいてぇんだ。
「喂々……冗談だろ! いくらなんでも、寝盗るなんてのは、無理だぜ!」
――こういう時こそ、夜叉面頼みだろ? なぁ、稀代の操術『調香師』殿。手を貸してやってくれや。たとえば、『惑乱香粉』で相手の意識を操作するとか、いつもの手管でなぁ。
「そちらも、了解致しました。そういうワケですので、那咤。手を貸してあげますが、下手を打って看破されぬよう、心がけてください。それから、善からぬ欲心も抑えるように」
「うるせぇ、莫迦面! 俺の『触覚術』は、男にだって効くんだぜ! てめぇの手なんざ借りなくたって、上手くやりとげてみせらぁ! 朴澣も、俺をなめんじゃねぇってんだ!」
――哈哈、それじゃあ、皆の衆! 頼んだぜ!
「ところで、座長はどうするつもりじゃ?」
――俺か?
(一瞬の間を置き、朴澣は答えた)
「俺は……もう一人、気がかりな人物がいてな。そいつの過去について、調べてみるよ」
朴澣の差配で、四人の役どころが決まった。あとは銘々が、上手く演じるだけである。
翌日から早速、【鬼凪座】鬼業役者五人組による、大掛かりな芝居が幕を開けた。
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