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【やっぱ昨日の友は今日の敵】
『1』
しおりを挟む――で、二時間後。
「こんな杜撰な捜査があって、いいものでしょうか」
「まったくだのう。ロクに取り調べもせんと、牢屋へ放りこむなんて」
「だから、あの場で大暴れして、捜査官どもを皆殺しにすべきだったんだ!」
「まったくだ! こんな無礼なあつかいは、絶対に許容できん! あいつら全員、殺処分が相当だ! それなのに、お前たちと来たら誰も彼も怖気づきおって! 腰抜けどもめ!」
「「「うるさい、馬鹿侯爵!! お前にだけは、言われたくないわ!!」」」
「そうそう。捜査官に刃向かったりしたら、それこそ大罪人として処刑されるぞ」
俺たちは今、保安院に併設された堅固な石造りの牢獄に、幽閉されていた。
武器や携帯品は当然の如く没収され、忌々しい身体検査まで受けさせられた。それから、有無を言わさず、反論も抵抗もむなしく、この冷たい鉄格子の中に、放りこまれたワケだ。
唯一の救いは、かしましい仲間と、別個にされることなく、一緒だったってトコかな?
もっとも、俺にしてみれば、ナナシ以外のメンバーは、かえっていない方が、静かでよかったかもしれないんだけどな……それにしても、バティックの奴。なにを考えてんだよ。
俺たちはとにかく、ナナシまで牢屋送りにするなんて……こいつが、被害者の一人であることは、そもそもバティックが言い出したことなんだぞ? 可哀そすぎるじゃねぇか!
「そんなことより、旦那さま。まだ、話はつけてくれないんでちか?」
うっ……それを言うな! 俺だって、如何ともしがたかったんだ!
バティックと、話がしたいと懇願しても、捜査官はみんな、取りつく島もなし。
その上、チェルは、俺がナナシのことばかり心配するモンだから、すっかり機嫌を損ね、ふくれっ面をしている。
この分だと、そろそろ【言霊】を唱え始めそうだな。それがいつも、どんな結果を生んでるか、ナナシはまだ知らないだろ。舌足らずで噛むから、それはもう、ムチャクチャな大惨事を招くんだぜ? やっぱ、ここは俺がなんとかしないとな。
「あの、すんません」
俺は、牢役人の一人に、思いきって声をかけた。
「私語は慎め」
ほらな、けんもほろろ……それでも俺は、めげずに声をかけ続けた。
「だから、頼むよ。ホンの少しでいいんだ。バティックと話をさせてくれ」
「黙れ! 先刻から、バティック、バティック、と……我らが、カルディン保安院の副長官を、呼び捨てにした挙句、なんという不遜な口の利き方! 貴様、ただではおかんぞ!」
へぇ……バティックの奴、いつの間にか、そんなに出世してたんだ……などと、思っていたのも束の間。他の牢役人まで集まって来て、聞こえよがしに不穏なことを話し始めた。
「こいつの生意気な態度、腹に据えかねるな……引き出して、拷問にかけるか」
「ああ、それがいい。痛めつけてやるか」
「貴様……ザッカー・ゾルフと言ったな。外へ出ろ」
えぇえ!? そんなん、ムチャだろ! いくらなんでも、横暴すぎるぜ!
「馬鹿だねぇ、ザック。お役人に楯突くからさ」
「うるせぇ、ラルゥ! お前なんか、現場で捜査官を、殺そうとしてたじゃねぇか!」
「いずれにせよ、〝身から出たカビ・学名上真菌〟だ。素直に従えよ、ザック」
「身から出た錆だろ、オッサン! エラそうにふんぞり返ってねぇで、助けろよ!」
「ああ、それにしても、私の愛しいフィアンセ・アフェリエラは、どこへ消えてしまったのでしょう……今は、あなたのことより、そればかり気がかりで、なにも手につきません」
「確かに、それも気がかりだが……いつ、アフェリエラが、お前のフィアンセになったんだよ! 向こうにしてみりゃあ、いい迷惑だぞ! 大体、お前は結婚不可の神父だろ!」
「拷問なら、早くすませて、僕の食事の支度を急いでくれよ。腹が減って、死にそうだ」
「ダルティフ! 仲間の心配より、飯の心配か! お前、あとで後悔するなよ!」
「「「ザッカー・ゾルフ!! いいから、さっさと外に出ろ!!」」」
俺は牢役人の手によって、鉄格子の獄中から、無理やり外へ引きずり出された。
そんな俺の手を、ナナシが必死でつかんでいる。拷問と聞いて、いよいよ青ざめたナナシは、俺を連れて行かせまいと、牢役人の手に噛みつき、叩いたり、つねったりしている。
俺の胸は、じぃんと熱くなった。ナナシ……そこまで、俺のことを心配してくれるのか。
「このガキ! もう許せん! 一緒に連れ出して拷問だ!」
だが、怒り狂った牢役人は、ついにナナシの細腕をつかみ、俺もろとも牢から引き出した。今度は、俺が青くなる番だった。こんなか弱い少女に、拷問だって? とんでもない!
「待ってくれ! 俺は、なにされたっていい! こいつにだけは、手を出さないでくれ!」
「そうだよ、ナナシは無関係じゃないか! 返しておくれ!」
「華奢な少年に暴虐をふるうとは、あまりにも無慈悲です!」
「ナナシは事件の被害者だぞ! 今すぐ、放してやらんか!」
「そんな貧弱な子供に拷問などかけたら、死んでしまうぞ!」
「ナナシたんは、旦那さまを助けようと思っただけでちよ!」
お、お前ら……俺の時と、全然、態度がちがうじゃねぇか! それでも、仲間か!
しかし、ラルゥが手を伸ばすより一瞬早く、牢役人は出入口の鍵を施錠し、急いで壁際まで下がった。ふぅ……と、大きく吐息する牢役人。多分、バティックから、こいつの怪力のことは、聞いているんだろう。まさに危機一髪ってな感じで、額の冷や汗をぬぐう。
「行くぞ」
だから、ちょっと待てって!
俺は、ナナシのためにも懸命に抵抗し続けたが、甲斐なく……屈強な牢役人に四人がかりで連行され、牢屋敷を出ることとなった。すまん、ナナシ! 俺のせいで、お前まで!
ところが、ところがだ! 牢役人に連れて行かれた先、拷問部屋にしちゃあ、ヤケに瀟洒で小綺麗じゃねぇか……と、思っていたら、扉を開けて、俺とナナシは吃驚仰天した。
そこで待ちかまえていたのは、なんと!
「バティック!?」
「やぁ、待っていたよ。ザック。それに、ナナシ君」
重役室とおぼしき整頓された部屋の中、大きな机の向こうで、皮張りの椅子に座り、俺たちを手招きしたのは、あろうことか、俺たちを逮捕したバティック捜査官本人だった。
俺とナナシは、顔を見合わせ、互いに不審そうに眉をひそめた。俺たちを連行して来た牢役人は、すでに退室している。だから俺はバティックの方へ詰め寄り、憤激を露にした。
「どういうつもりだ、バティック! 俺たちオモチャにして、遊んでんのか!」
「まさか。これも仕事の一環だよ」
バティックは微笑み、机の前の椅子を指差し、座るよう勧めた。だが俺たちは、簡単に従わない。すべての謎を種明かししてもらうまでは、あくまで全面対決する姿勢を見せた。
「なんで、俺たちを逮捕なんかしたんだよ! とくに、ナナシは……被害者側だって、知ってたはずじゃねぇか! 挙句、話もロクロク聞かねぇで、牢獄にぶちこむなんて……」
「まぁ、落ち着きたまえ。実は君と、ナナシ君だけに内密の話があって、呼び出したのだ」
「なんだって? 内密の話?」
俺の疑念は、ますます強まった。なんで、俺とナナシだけなんだ? 他のメンバーには、聞かせられないような、ヤバい内容なのか? それって一体、どんな内容なんだ? するとバティックは、俺の心裏を察知したかのように口端をゆがめ、立ち上がって話し始めた。
「実は、だいぶ難航したが、こちらもね。捜査の結果、ようやく核心が見えて来てね」
バティックの発言に、興味津々の俺。
ナナシも、不安そうな表情ではあるが、耳をそばだてている。
「それじゃあ、俺たちを逮捕したのにも、なにか意味があるんだな?」
バティックはうなずき、再度、椅子を指差し、俺たちを促した。
「うむ。二人とも、座ってくれ。それを今から、説明しよう」
俺たちは勧めに従い、椅子へ腰を下ろす。バティックは葉巻をくゆらし、室内をゆっくりと歩きながら、事件解決の糸口となりそうな、重大な捜査内容を、俺たちに打ち明けた。
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