28 / 50
【昨日の友は今日も友】
『7』
しおりを挟むおお……痛ぇ。まさか、こんなに腫れ上がるとは、思いのほかだったぜ。
俺は、桶に張った冷たい氷水の中へ足を突っこみ、大きなため息をついた。
ここは、マシェリタの中心部から、北へ四キロほど離れた、オーヴェン通り西にある安宿の一室。
安宿とはいえ、金なし伝手なしの俺たちは、無駄づかいなどできないからな。
当然、数人ずつの同部屋だ。
ラルゥとチェル、それにアフェリエラの女三人のグループ。
ダルティフとオッサン、それにタッシェルの三馬鹿男のグループ。
そして、俺とナナシ、お前の部屋だ。
ナナシは、よほど疲れていたのか、部屋に入るなり、すぐさまベッドへ倒れこみ、寝てしまった。
お陰で俺は、自業自得のカッコ悪い足の負傷を、見られずにすんだ。
さてと、だいぶ痛みも引いて来たし、そろそろ寝るか……って、待てよ?
ナナシは女だったな。しかも、安宿の小汚い部屋に、せまいベッドがひとつきり……ま、まずい!
これは、どう考えたって、まずい状況だろ!
ま、仕方ねぇ……俺が床で寝れば、いいだけの話か。それにしても……俺はあらためて、ナナシの寝顔をのぞきこみ、じっくりとその造作を観察した。
可愛いな。初めて見た時から、そう思ってたけど、やっぱ可愛いよ、こいつ。
長いまつ毛、薄いまぶた、白くて瑞々しい肌、つややかな朱唇、華奢な手足。
栗色の前髪が額にかかって、殺されかけ、傷つけられ、声とともに、記憶まで失くした憐れな美少女の表情に、どこか儚げな陰影を落とす。
俺は我知らず、いつの間にかナナシの頬に、手をそえていた。
ピクリと、ナナシのまぶたが、動いたように見えた。なんで俺が、こうも甲斐甲斐しくこいつの面倒を見、気づかってやってたのか、ようやくわかったぜ。
つまり惹かれてたんだ。
そう思った瞬間、俺は足の痛みも忘れ、ベッドに上がると、ナナシの額に口づけしていた。同情からじゃない。
俺の想いが、そうさせた。だが、悪いことに俺の想いは、自分で考えていた以上に、強かったようだ。
俺はナナシの鼻先にも口づけし、ついには唇まで奪おうとした。しかも、俺の両手は、ナナシの細い体をまさぐり、徐々に下へ、下へ……。
ヤバい! 欲望が、暴走し始めた!
そう気づいた時は、もう遅かった。
「ナナシ……ナナシ……お前が、好きだ。お前の、すべてが知りたい……」
俺はナナシの上へ馬乗りになり、上着を脱ぎ捨てた。
そうしてナナシの唇へ到頭、自分の唇をかさねた。
甘い、やわからかい……しびれるような快感に、俺はすっかり忘我した。
ナナシの気持ちなど、まるで無視した挙句、眠り続ける少女を、卑劣にも襲おうとしていたんだ。
ところが、ところがだ……そんな折も折、騒ぎが発生し、俺を思い止まらせた。
「大変だぁ――っ! みんな、起きてくれぇ!」
ラルゥの声だ。
その大音声を聞くや否や、ナナシがパッチリと目を開いた。俺は一瞬で凍りついた。心臓は止まりそうになった。
そして、ナナシも大きな目を見開き、愕然と表情を強張らせている。
そりゃあ、そうだよな。半裸で、鼻息荒くして……すぐ目前に見たものが、そんな俺の姿では、もう一発でバレただろう。
俺がお前に、なにをしようとしていたか……おお! なんてこった、カリダ神! 俺としたことが、なんという過ちを!
ナナシの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。俺は、いよいよ自己嫌悪に陥り、項垂れた。
「ごめん……ナナシ、言いわけはしない。俺、お前を……その」
ナナシから身を離し、ベッドの隅に端座して、頭を下げる俺だ。
こんなことじゃあ、許してもらえないよな。もう、完全に信頼を失ったよな。嫌われて当然だよな。ところが!
そう思いながら、恐る恐る顔を上げた俺に、最初こそ戸惑った様子だったが、ナナシは涙をぬぐい、ニッコリと微笑んでくれたのだ!
俺のそばまでにじり寄り、俺の手を取り、優しい笑顔を、向けてくれたのだ!
こんな最低の俺に……こんな、タッシェルのことを非難なんかできない、最低最悪の俺に!
まるで天使のような笑顔を……ああ、ナナシ!
俺は、またしても激情に駆られ、ナナシをベッドに押し倒しそうになった。
「ナ、ナナシ……ナナシ!」
その時だ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です
堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」
申し訳なさそうに眉を下げながら。
でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、
「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」
別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。
獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。
『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』
『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』
――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。
だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。
夫であるジョイを愛しているから。
必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。
アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。
顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。
夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ガタリアの図書館で
空川億里
ファンタジー
(物語)
ミルルーシュ大陸の西方にあるガタリア国内の東の方にあるソランド村の少女パムは両親を亡くし伯母の元へ引き取られるのだが、そこでのいじめに耐えかねて家を出る。
そんな彼女の人生には、思わぬ事件が待ち受けていた。
最初1話完結で発表した本作ですが、最初の話をプロローグとして、今後続けて執筆・発表いたしますので、よろしくお願いします。
登場人物
パム
ソランド村で生まれ育った少女。17歳。
チャーダラ・トワメク
チャーダラ伯爵家の長男で、準伯爵。
シェンカ・キュルン
女性の魔導士。
ダランサ
矛の使い手。ミルルーシュ大陸の海を隔てて南方にあるザイカン大陸北部に住む「砂漠の民」の出身。髪は弁髪に結っている。
人間以外の種族
フィア・ルー
大人の平均身長が1グラウト(約20センチ)。トンボのような羽で、空を飛べる。男女問わず緑色の髪は、短く刈り込んでいる。
地名など
パロップ城
ガタリア王国南部にある温暖な都市。有名なパロップ図書館がある。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる