定命享年十方暮

緑青あい

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鬼灯夜猩々緋

『其の十』

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定命享年十方暮じょうみょうきょうねんじっぽうぐれ】《鬼灯夜猩々緋ほおずきやしょうじょうひ
 
 
 
    一方で居室の二人も、緊迫の度合を増していた。

   蚊帳を吊った天蓋てんがい下のしとねで、己の咽に護身用の懐剣を当て、最期の抵抗を見せる花嫁。

   その様子を、静かに見据える赤毛の盗賊首領。

「近づくな! わらわは本気ぞ! これ以上、無体を働く気なら……わらわはここで、死ぬ覚悟!」

 青ざめた悲愴な表情。赤護符のはがれた額に浮かぶ、奇妙な左旋卍巴させんまんじどもえの朱印……そこに秘められた恐ろしい鬼業きごうを知る无人むたりは、憐憫の情をたたえた瞳で優しく姫君に問いかけた。

「なにがあったか、話してみろ。那由他なゆた

 見も知らぬ下賎の悪党に、いきなり名を呼ばれ、花嫁《那由他姫》は愕然となった。

「お前は……何故、わらわの名を知っているのじゃ?」と、震える声で問い返す。

   緋色の蓬髪ほうはつに、色黒で野性味をおびた顔立ち、威圧的な体躯、魔雙まそうの凶眼はまさに禍々しい盗賊のもの。だが彼女に向ける真剣な眼差しに邪気はなく、慈愛に満ちて澄んでいた。

   どこか懐かしさすら感じ、那由他の張り詰めていた気持ちが、わずかにゆるむ。

   その一瞬の隙を突き、无人が素早く、彼女の手から懐剣を取り上げた。

ああっ!」

〈しまった!〉と、己の油断を心底悔やみながら、无人に組み伏された褥の上、こうなったら、もういっそのこと、舌を噛み切り、自害しようかと覚悟した那由他だったが――、

「早まるんじゃねぇよ。あんたに死なれちゃあ、俺はくたみの爺さんに、申しわけが立たねぇ」

 意外にも无人は、彼女から懐剣だけ奪うと、すぐに体を離した。

   那由他は、またも男の口から出た名前に仰天、当惑するばかりだった。

「お前、何者じゃ? お前の名は……?」

 その直後、バンッと扉を蹴破る勢いで、居室に飛びこんで来た殉斎じゅんさい

   常に沈着冷静な彼が、息をはずませ血相変えて、大音声を放つ。

「御頭、一大事だ! すぐに来てください!」

   云うより早く、広間から凄まじい絶叫が聞こえてきた。居室の外が、異様なほど赤い。

「ここにいろ!」

   那由他にそう云いおき、慌てて広間へ飛び出した无人だが――、
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