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鬼灯夜猩々緋
『其の六』
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【定命享年十方暮】《鬼灯夜猩々緋》
「こういうワケさね。無理にこじ開けようとした樗蒲は、一瞬で黒焦げ。屍体は消炭……」
我楽がうなだれて、ポツリとつぶやく。
一気に酔いが醒めた酒席、ざわめく広間から誰かが叫ぶ。
「らしくねぇぜ、我楽! そんな物騒なハコ、斧で叩き割っちまえば済む話じゃねぇか!」
「まったくだぜ! なにをビクついてんだか、阿呆臭ぇ! 早くヤっちまえよ、六呂坊!」
六呂坊と我楽は肩を落とし、力なく返す。
「おのれらがあの場にいたなら、音寿と典錘がこの場にて、同じことを云ったんじゃろうなぁ」
「そして見事、瀕死の大火傷。止めを刺した俺ッチに……感謝でも、してくれたのかねぇ」
我楽の珍妙な化粧から、予想外の鋭い眼光で射られ、酔いどれどもは口をつぐんだ。
「それじゃあ、誰がどうやって、ねぐらまで運んで来たってんだ!」と、イラ立つ无人。
「赤い忌月のせいですな。今宵は〝鬼灯夜〟ですからね。ここへ誰かが運んだ時分は雲間に隠れ、夜空に月は出ていなかったはずですぞ」と、後ろ手を組み、横合いから悠然と現れた声の主は、弱冠ながら学者肌の博識ぶりで【打雷】の軍師と目される【掌酒族】の男。
その名も《黄泉漬き殉斎》である。眦の切れ上がった怜悧な黒瞳は、縁が金環の二重虹彩。鼻筋の細い白皙で、真一文字に閉じられた唇は薄い。波打つ癖毛を束髪にし、経帷子と袍衫、若松菱の陣羽織をかさねた、早熟の青年だ。六十過ぎから赤らむ高い鼻と、朱爪に縮毛が特徴の【掌酒族】は、名前通り杜氏の長命種で、典薬調合に長けた天才肌が多い。
しかも彼は、武術の面でも先の二人に引けを取らぬ使い手だ。
利腕に認可輪こそないが、九式外亜術十六派の三手を制し、【十徳劫派金剛杵術】雙独鈷杵の達人。さらに高位掌酒族にあって、唯一忌諱される暗殺方【毒熟しの禍族】の家柄に生まれついた彼は、医術や毒薬にも精通。本来は赤い爪色も、実際は毒を含んだ禍々しい黒爪である。一時は高官として出世街道に乗ったものの、禍族の出自がばれて御破算。
転落した進士の成れの果てだが、高位種族の傲慢な性質や自負心は、色濃く残している。
腰帯の【玉佩五条(国政中枢機関『劫初内』詰め高官が提げる五連の宝玉飾り、石の種類や形で経歴が判る身分証)】を捨てぬのも、栄華をきわめた時分の哀しい虚栄心だろう。
「なんじゃあ、殉斎! 勿体つけおって! 判っとるなら、早く核心を云わんかい! こっちは命懸けで、体を張っとるんじゃぞぉ!」と、六呂坊は流血した手を乱暴に振り回す。
彼は普段から、若年のクセに小賢しい殉斎を、こころよく思っていない。
「無知の無は、口をはさむな。私は五歳児に物事を説くほど、親切な話術を持ち合わせていない」と、いかにも見下した態度で、鼻を鳴らし、六呂坊のしかめっ面を睨む殉斎だ。
嫌っているのは、こちらも然り。彼らはまさに水と油。いがみ合うのは常である。
「なにを……このクソ餓鬼がぁ! 頭でっかちの、腰抜けの、青二才の分際で、生意気にも儂に、喧嘩を売るつもりかぁ! おぅおぅ、いい度胸じゃ喃! 喜んで買ったるわい!」
血の気の多い六呂坊が、自慢の天衝棒に手を伸ばそうとするのを、无人が押し止めた。
「赤い忌月にだけ反応する封印か。しかも、上蓋に刻まれているのは禁忌の逆神璽。つまりこいつは……【鬼篭柩】ってワケだな」と、顎をこすっては、何故かニヤつく无人だ。
「その通り。鬼に関しては御頭の方が詳しいでしょうな。釈迦に説法とならぬよう云いそえますと、これは《神籬守》が神事に用いる〝鬼饌の封箱〟でしょう。とくに鬼の禍力が強まる鬼灯夜忌月に晒された時のみ、平時にはなんの障りもない右旋神璽印が、こうして呪気を孕んだ封印の左旋逆卍に変化。開けようと触れる者、すべて焼き払う仕組みです」
薀蓄好きの殉斎が、柩の上蓋に描かれた白抜き【卍巴印】を指し示して、得意げに語る。
「……それじゃあ、中に入っているのは、本当に……本物の〝鬼〟なの? 嘘でしょ?」
无人の背に隠れ、おびえた瞳で妖しい箱を見やる鵺雛だ。
「こういうワケさね。無理にこじ開けようとした樗蒲は、一瞬で黒焦げ。屍体は消炭……」
我楽がうなだれて、ポツリとつぶやく。
一気に酔いが醒めた酒席、ざわめく広間から誰かが叫ぶ。
「らしくねぇぜ、我楽! そんな物騒なハコ、斧で叩き割っちまえば済む話じゃねぇか!」
「まったくだぜ! なにをビクついてんだか、阿呆臭ぇ! 早くヤっちまえよ、六呂坊!」
六呂坊と我楽は肩を落とし、力なく返す。
「おのれらがあの場にいたなら、音寿と典錘がこの場にて、同じことを云ったんじゃろうなぁ」
「そして見事、瀕死の大火傷。止めを刺した俺ッチに……感謝でも、してくれたのかねぇ」
我楽の珍妙な化粧から、予想外の鋭い眼光で射られ、酔いどれどもは口をつぐんだ。
「それじゃあ、誰がどうやって、ねぐらまで運んで来たってんだ!」と、イラ立つ无人。
「赤い忌月のせいですな。今宵は〝鬼灯夜〟ですからね。ここへ誰かが運んだ時分は雲間に隠れ、夜空に月は出ていなかったはずですぞ」と、後ろ手を組み、横合いから悠然と現れた声の主は、弱冠ながら学者肌の博識ぶりで【打雷】の軍師と目される【掌酒族】の男。
その名も《黄泉漬き殉斎》である。眦の切れ上がった怜悧な黒瞳は、縁が金環の二重虹彩。鼻筋の細い白皙で、真一文字に閉じられた唇は薄い。波打つ癖毛を束髪にし、経帷子と袍衫、若松菱の陣羽織をかさねた、早熟の青年だ。六十過ぎから赤らむ高い鼻と、朱爪に縮毛が特徴の【掌酒族】は、名前通り杜氏の長命種で、典薬調合に長けた天才肌が多い。
しかも彼は、武術の面でも先の二人に引けを取らぬ使い手だ。
利腕に認可輪こそないが、九式外亜術十六派の三手を制し、【十徳劫派金剛杵術】雙独鈷杵の達人。さらに高位掌酒族にあって、唯一忌諱される暗殺方【毒熟しの禍族】の家柄に生まれついた彼は、医術や毒薬にも精通。本来は赤い爪色も、実際は毒を含んだ禍々しい黒爪である。一時は高官として出世街道に乗ったものの、禍族の出自がばれて御破算。
転落した進士の成れの果てだが、高位種族の傲慢な性質や自負心は、色濃く残している。
腰帯の【玉佩五条(国政中枢機関『劫初内』詰め高官が提げる五連の宝玉飾り、石の種類や形で経歴が判る身分証)】を捨てぬのも、栄華をきわめた時分の哀しい虚栄心だろう。
「なんじゃあ、殉斎! 勿体つけおって! 判っとるなら、早く核心を云わんかい! こっちは命懸けで、体を張っとるんじゃぞぉ!」と、六呂坊は流血した手を乱暴に振り回す。
彼は普段から、若年のクセに小賢しい殉斎を、こころよく思っていない。
「無知の無は、口をはさむな。私は五歳児に物事を説くほど、親切な話術を持ち合わせていない」と、いかにも見下した態度で、鼻を鳴らし、六呂坊のしかめっ面を睨む殉斎だ。
嫌っているのは、こちらも然り。彼らはまさに水と油。いがみ合うのは常である。
「なにを……このクソ餓鬼がぁ! 頭でっかちの、腰抜けの、青二才の分際で、生意気にも儂に、喧嘩を売るつもりかぁ! おぅおぅ、いい度胸じゃ喃! 喜んで買ったるわい!」
血の気の多い六呂坊が、自慢の天衝棒に手を伸ばそうとするのを、无人が押し止めた。
「赤い忌月にだけ反応する封印か。しかも、上蓋に刻まれているのは禁忌の逆神璽。つまりこいつは……【鬼篭柩】ってワケだな」と、顎をこすっては、何故かニヤつく无人だ。
「その通り。鬼に関しては御頭の方が詳しいでしょうな。釈迦に説法とならぬよう云いそえますと、これは《神籬守》が神事に用いる〝鬼饌の封箱〟でしょう。とくに鬼の禍力が強まる鬼灯夜忌月に晒された時のみ、平時にはなんの障りもない右旋神璽印が、こうして呪気を孕んだ封印の左旋逆卍に変化。開けようと触れる者、すべて焼き払う仕組みです」
薀蓄好きの殉斎が、柩の上蓋に描かれた白抜き【卍巴印】を指し示して、得意げに語る。
「……それじゃあ、中に入っているのは、本当に……本物の〝鬼〟なの? 嘘でしょ?」
无人の背に隠れ、おびえた瞳で妖しい箱を見やる鵺雛だ。
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