定命享年十方暮

緑青あい

文字の大きさ
上 下
6 / 14
鬼灯夜猩々緋

『其の六』

しおりを挟む
定命享年十方暮じょうみょうきょうねんじっぽうぐれ】《鬼灯夜猩々緋ほおずきやしょうじょうひ




「こういうワケさね。無理にこじ開けようとした樗蒲ちょぼは、一瞬で黒焦げ。屍体は消炭……」

   我楽がらくがうなだれて、ポツリとつぶやく。

   一気に酔いが醒めた酒席、ざわめく広間から誰かが叫ぶ。

「らしくねぇぜ、我楽! そんな物騒なハコ、斧で叩き割っちまえば済む話じゃねぇか!」

「まったくだぜ! なにをビクついてんだか、阿呆臭ぇ! 早くヤっちまえよ、六呂坊ろくろぼう!」

 六呂坊と我楽は肩を落とし、力なく返す。

「おのれらがあの場にいたなら、音寿おんじゅ典錘てんすいがこの場にて、同じことを云ったんじゃろうなぁ」

「そして見事、瀕死の大火傷。止めを刺した俺ッチに……感謝でも、してくれたのかねぇ」

 我楽の珍妙な化粧から、予想外の鋭い眼光で射られ、酔いどれどもは口をつぐんだ。

「それじゃあ、誰がどうやって、ねぐらまで運んで来たってんだ!」と、イラ立つ无人むたり

「赤い忌月いみづきのせいですな。今宵は〝鬼灯夜ほおずきや〟ですからね。ここへ誰かが運んだ時分は雲間に隠れ、夜空に月は出ていなかったはずですぞ」と、後ろ手を組み、横合いから悠然と現れた声の主は、弱冠ながら学者肌の博識ぶりで【打雷ダーレイ】の軍師と目される【掌酒族さかびとぞく】の男。

   その名も《黄泉漬よみづ殉斎じゅんさい》である。まなじりの切れ上がった怜悧れいり黒瞳こくどうは、縁が金環の二重虹彩。鼻筋の細い白皙はくせきで、真一文字に閉じられた唇は薄い。波打つ癖毛を束髪にし、経帷子きょうかたびら袍衫ほうさん若松菱わかまつびしの陣羽織をかさねた、早熟の青年だ。六十過ぎから赤らむ高い鼻と、朱爪しゅづめに縮毛が特徴の【掌酒族】は、名前通り杜氏とうじの長命種で、典薬調合に長けた天才肌が多い。

   しかも彼は、武術の面でも先の二人に引けを取らぬ使い手だ。

   利腕に認可輪にんかりんこそないが、九式外亜術十六派くしきがいあじゅつじゅうろっぱの三手を制し、【十徳劫派金剛杵術じっとくごうはこんごうしょじゅつ雙独鈷杵そうとっこしょの達人。さらに高位掌酒族にあって、唯一忌諱きいされる暗殺方【毒熟どくこなしの禍族まがぞく】の家柄に生まれついた彼は、医術や毒薬にも精通。本来は赤い爪色も、実際は毒を含んだ禍々しい黒爪である。一時は高官として出世街道に乗ったものの、禍族の出自がばれて御破算。

   転落した進士しんしの成れの果てだが、高位種族の傲慢な性質や自負心は、色濃く残している。

   腰帯の【玉佩五条ぎょくはいごじょう(国政中枢機関『劫初内ごうしょだい』詰め高官が提げる五連の宝玉飾り、石の種類や形で経歴が判る身分証)】を捨てぬのも、栄華をきわめた時分の哀しい虚栄心だろう。

「なんじゃあ、殉斎! 勿体つけおって! 判っとるなら、早く核心を云わんかい! こっちは命懸けで、体を張っとるんじゃぞぉ!」と、六呂坊は流血した手を乱暴に振り回す。

   彼は普段から、若年のクセに小賢しい殉斎を、こころよく思っていない。

「無知の無は、口をはさむな。私は五歳児に物事を説くほど、親切な話術を持ち合わせていない」と、いかにも見下した態度で、鼻を鳴らし、六呂坊のしかめっ面を睨む殉斎だ。

   嫌っているのは、こちらも然り。彼らはまさに水と油。いがみ合うのは常である。

「なにを……このクソ餓鬼がぁ! 頭でっかちの、腰抜けの、青二才あおにさいの分際で、生意気にもわしに、喧嘩を売るつもりかぁ! おぅおぅ、いい度胸じゃのう! 喜んで買ったるわい!」

 血の気の多い六呂坊が、自慢の天衝棒てんつきぼうに手を伸ばそうとするのを、无人が押し止めた。

「赤い忌月にだけ反応する封印か。しかも、上蓋に刻まれているのは禁忌の逆神璽ぎゃくしんじ。つまりこいつは……【鬼篭柩おにごめひつぎ】ってワケだな」と、顎をこすっては、何故かニヤつく无人だ。

「その通り。鬼に関しては御頭おかしらの方が詳しいでしょうな。釈迦に説法とならぬよう云いそえますと、これは《神籬守ひもろぎもり》が神事に用いる〝鬼饌きせん封箱ふばこ〟でしょう。とくに鬼の禍力かりきが強まる鬼灯夜忌月に晒された時のみ、平時にはなんの障りもない右旋神璽印うせんしんじいんが、こうして呪気を孕んだ封印の左旋逆卍させんぎゃくまんじに変化。開けようと触れる者、すべて焼き払う仕組みです」

 薀蓄うんちく好きの殉斎が、柩の上蓋に描かれた白抜き【卍巴印まんじどもえいん】を指し示して、得意げに語る。

「……それじゃあ、中に入っているのは、本当に……本物の〝鬼〟なの? 嘘でしょ?」

 无人の背に隠れ、おびえた瞳で妖しい箱を見やる鵺雛ぬえびなだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈本編完結〉ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編として出来るだけ端折って早々に完結予定でしたが、予想外に多くの方に読んでいただき、書いてるうちにエピソードも増えてしまった為長編に変更致しましたm(_ _)m ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいです💦 *主人公視点完結致しました。 *他者視点準備中です。 *思いがけず沢山の感想をいただき、返信が滞っております。随時させていただく予定ですが、返信のしようがないコメント/ご指摘等にはお礼のみとさせていただきます。 *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

お嬢様として異世界で暮らすことに!?

松原 透
ファンタジー
 気がつけば奴隷少女になっていた!?  突然の状況に困惑していると、この屋敷の主から奴隷商人の話を勧められる。  奴隷商人になるか、変態貴族に売られるか、その二択を迫られる。  仕事一筋な就労馬鹿の俺は勘違いをしていた。  半年後までに、奴隷商人にとって必要な奴隷魔法を使えること。あの、魔法ってなんですか?  失敗をすれば変態貴族に売られる。少女の体にそんな事は耐えられない。俺は貞操を守るため懸命に魔法や勉学に励む。  だけど……  おっさんだった俺にフリフリスカート!?   ご令嬢のような淑女としての様々なレッスン!? む、無理。  淑女や乙女ってなんだよ。奴隷商人の俺には必要ないだろうが!  この異世界でお嬢様として、何時の日かまったりとした生活は訪れるのだろうか? *カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

異世界を【創造】【召喚】【付与】で無双します。

FREE
ファンタジー
ブラック企業へ就職して5年…今日も疲れ果て眠りにつく。 目が醒めるとそこは見慣れた部屋ではなかった。 ふと頭に直接聞こえる声。それに俺は火事で死んだことを伝えられ、異世界に転生できると言われる。 異世界、それは剣と魔法が存在するファンタジーな世界。 これは主人公、タイムが神様から選んだスキルで異世界を自由に生きる物語。 *リメイク作品です。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

エルネスティーネ ~時空を超える乙女

Hinaki
ファンタジー
16歳のエルネスティーネは婚約者の屋敷の前にいた。 いや、それ以前の記憶が酷く曖昧で、覚えているのは扉の前。 その日彼女は婚約者からの初めての呼び出しにより訪ねれば、婚約者の私室の奥の部屋より漏れ聞こえる不審な音と声。 無垢なエルネスティーネは婚約者の浮気を初めて知ってしまう。 浮気相手との行為を見てショックを受けるエルネスティーネ。 一晩考え抜いた出した彼女の答えは愛する者の前で死を選ぶ事。 花嫁衣装に身を包み、最高の笑顔を彼に贈ったと同時にバルコニーより身を投げた。 死んだ――――と思ったのだが目覚めて見れば身体は7歳のエルネスティーネのものだった。 アレは夢、それとも現実? 夢にしては余りにも生々しく、現実にしては何処かふわふわとした感じのする体験。 混乱したままのエルネスティーネに考える時間は与えて貰えないままに7歳の時間は動き出した。 これは時間の巻き戻り、それとも別の何かなのだろうか。 エルネスティーネは動く。 とりあえずは悲しい恋を回避する為に。 また新しい自分を見つける為に……。 『さようなら、どうぞお幸せに……』の改稿版です。 出来る限り分かり易くエルの世界を知って頂きたい為に執筆しました。 最終話は『さようなら……』と同じ時期に更新したいと思います。 そして設定はやはりゆるふわです。 どうぞ宜しくお願いします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...