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鬼灯夜猩々緋
『其の三』
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【定命享年十方暮】《鬼灯夜猩々緋》
「隣近所も冷てぇよなぁ。奴ら、俺たちが押し入る時の騒ぎで、とっくに気づいてたはずなのによぅ。てめぇんトコに火の粉が降りかかるまで、狸寝入りときたモンだ。哈哈哈」
「一族奉公人を残らず縛り上げ、しつこく刃向かう用心棒をタコ殴りにし、因業爺を見せしめにいたぶって、目ぼしい女を四、五人嬲り者にしても、まぁだ余裕があったからなぁ」
「ホント、笑えるなぁ。あの分じゃあ、いっそ二、三日居座ってても、誰一人訪ねちゃ来なかったろうよ。治安部隊の奴らも腰抜けぞろいだし、まさに俺たち【打雷】の天下だぜ」
山肌の横穴を利用して造られた楼閣は、高さ一丈で坪一町、せり出した高殿露台もある。
入り組んだ洞穴の奥行きは数多の房に分かれ、幔幕や雑多な盗品で飾られた石床広間には、仰々しい毛皮の絨毯が布かれ、そこには酒を汲み嗤う獰悪な男どもが四十人ほどいた。
あとは奥の房で休んでいるか、女と同衾しているか。
桟敷からは赤く燃え立つ武曲郷の街並みが、よく見渡せた。
夜空の鬼灯に伸びる黒煙。灰塵まじりの風……緋色の蓬髪をなびかせる【打雷】の若き頭目《鬼通夜の无人》は、高殿から望む凄惨な火難の光景に目を細め、酒盃をあおった。
【魔雙の瞳】と忌諱される鋭利な眼光は、右目が翡翠で左目が琥珀。小麦色の肌は精悍でたくましく、身の丈六尺。鍛えこまれた筋肉質の体躯をおおうのは、黒地腹掛、筒細袴に、皮背子と藍染単衣、毘沙門亀甲の丈長被風だ。共布でつつむ頭には『吽』の一字が刻まれた額当、武器を携帯せず、丸腰の軽装である。まくった右下膊には、腕輪の如き五彩色模様が入れ墨され、これは住劫楽土式武術【九式】の修得階位を表すもの。【認可輪(全九種で『兄、父、聖』の上段者にのみ与えられる免許証)】といい、利腕に授与されるのだ。
无人の利腕が物語る功力は、体術系六十四手中、四十八手を修めた【神体伎師】達人級。
五色体得者【五輪の聖】と、肩を並べる武術家の証である。
ちなみに九式最高【五輪の聖】のさらに上段者は、【霊大三公(初級『大司馬』左頬に紫璽印、中級『大司徒』両頬に紫璽雙印、上級『大司空』額に朱璽印)】と呼び、皇帝からじきじきに武勲と称号を下賜される。そして、武術家の最高到達点は《泰斗仙君》という。
ここまで昇りつめた者は武神と崇められ、人間国宝として特権を得られる。
だが住劫楽土の永い歴史の中、究極の《泰斗仙君》となれた者は、まだ四人しかいない。
なんにしても、歳若い无人が、八十余もの兇徒を、服従させる力の源がこれだ。
しかも无人は、功力以上に脅威的な、鬼業禍力をそなえている。
また【緋幣族(赤毛で長命な吸血種族)】の好戦的な血が、下層社会の悪党どもとよく馴染んだのだろう。卑劣な蛮行後、胴間声でにぎわう広間の饗宴を横目に、口の端をゆがめる无人。血糊の乾かぬ戦袍を少しも厭わず、むしろ心地よく感じ、グッと酒盃を空けた。
「隣近所も冷てぇよなぁ。奴ら、俺たちが押し入る時の騒ぎで、とっくに気づいてたはずなのによぅ。てめぇんトコに火の粉が降りかかるまで、狸寝入りときたモンだ。哈哈哈」
「一族奉公人を残らず縛り上げ、しつこく刃向かう用心棒をタコ殴りにし、因業爺を見せしめにいたぶって、目ぼしい女を四、五人嬲り者にしても、まぁだ余裕があったからなぁ」
「ホント、笑えるなぁ。あの分じゃあ、いっそ二、三日居座ってても、誰一人訪ねちゃ来なかったろうよ。治安部隊の奴らも腰抜けぞろいだし、まさに俺たち【打雷】の天下だぜ」
山肌の横穴を利用して造られた楼閣は、高さ一丈で坪一町、せり出した高殿露台もある。
入り組んだ洞穴の奥行きは数多の房に分かれ、幔幕や雑多な盗品で飾られた石床広間には、仰々しい毛皮の絨毯が布かれ、そこには酒を汲み嗤う獰悪な男どもが四十人ほどいた。
あとは奥の房で休んでいるか、女と同衾しているか。
桟敷からは赤く燃え立つ武曲郷の街並みが、よく見渡せた。
夜空の鬼灯に伸びる黒煙。灰塵まじりの風……緋色の蓬髪をなびかせる【打雷】の若き頭目《鬼通夜の无人》は、高殿から望む凄惨な火難の光景に目を細め、酒盃をあおった。
【魔雙の瞳】と忌諱される鋭利な眼光は、右目が翡翠で左目が琥珀。小麦色の肌は精悍でたくましく、身の丈六尺。鍛えこまれた筋肉質の体躯をおおうのは、黒地腹掛、筒細袴に、皮背子と藍染単衣、毘沙門亀甲の丈長被風だ。共布でつつむ頭には『吽』の一字が刻まれた額当、武器を携帯せず、丸腰の軽装である。まくった右下膊には、腕輪の如き五彩色模様が入れ墨され、これは住劫楽土式武術【九式】の修得階位を表すもの。【認可輪(全九種で『兄、父、聖』の上段者にのみ与えられる免許証)】といい、利腕に授与されるのだ。
无人の利腕が物語る功力は、体術系六十四手中、四十八手を修めた【神体伎師】達人級。
五色体得者【五輪の聖】と、肩を並べる武術家の証である。
ちなみに九式最高【五輪の聖】のさらに上段者は、【霊大三公(初級『大司馬』左頬に紫璽印、中級『大司徒』両頬に紫璽雙印、上級『大司空』額に朱璽印)】と呼び、皇帝からじきじきに武勲と称号を下賜される。そして、武術家の最高到達点は《泰斗仙君》という。
ここまで昇りつめた者は武神と崇められ、人間国宝として特権を得られる。
だが住劫楽土の永い歴史の中、究極の《泰斗仙君》となれた者は、まだ四人しかいない。
なんにしても、歳若い无人が、八十余もの兇徒を、服従させる力の源がこれだ。
しかも无人は、功力以上に脅威的な、鬼業禍力をそなえている。
また【緋幣族(赤毛で長命な吸血種族)】の好戦的な血が、下層社会の悪党どもとよく馴染んだのだろう。卑劣な蛮行後、胴間声でにぎわう広間の饗宴を横目に、口の端をゆがめる无人。血糊の乾かぬ戦袍を少しも厭わず、むしろ心地よく感じ、グッと酒盃を空けた。
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